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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
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Memory 4. 刻まれて

 この集落に身を寄せて1年ほどが過ぎた。


 相変わらず自分自身の出自に関することは分からないままだが、もうそんなことがどうでもいいと思えるほど、ここでの生活は充実していた。


 仕事は人間にしてみれば重労働ばかりだが、アンドロイドの俺には全く苦はない。


 ここに来た当初は24時間年中無休で作業をしていても構わないと伝えておいたのだが、どういうわけか毎日9時間ほどで作業を止められてしまう。しかも5日働いたら2日は仕事をするなと言われる始末だ。


 現場監督に話を聞くと「クジョウの指示だ」と言うので、一度クジョウの元に出向いたことがあったが、クジョウは俺の疑問にこう答えた。


 「俺はAIを持つアンドロイドを人間として扱う。人間である以上休息は必要だ。だからつべこべ言わず休めるときに休め」


 クジョウの言っていることは半分も理解できなかったが、ボスがそう言っている以上、俺にはその意に従う義務があった。


 もっとも、その休息時間とやらのお陰で集落の人間達とも友好関係を築くことができたし、“小さな同居人”との時間を確保できているのも事実だった。



 その日、俺は朝から防壁の延長工事を行っていた。


 最近になって浮浪者の受け入れが頻繁に起こり、現状のままでは近い将来居住区域が不足する恐れがでてきたらしい。


 そのためクジョウと集落の上層部が話し合い、敷地を増やすために防壁を延長し、既存区域の再開発を行うことが決定した。


 一部の住民からは「浮浪者の受け入れを今後拒絶すべきだ」との意見も出たが、クジョウと上層部は反対意見をはね除け、集落全員でこの一大事業に取り掛かることとなった。



 昼休みとなり、俺はジオの小屋へと向かった。ここにくれば決まって何かしらの仕事を頼まれるからだ。俺は休んでいるよりも何か作業をしている方が好きだった。


 小屋に入ると、ジオが「いいところに来たな」と、いつものセリフを言う。ジオに歓迎されない日は無かった。



 夏も中盤を過ぎたはずだが依然として暑い日が続いていた。


 夜は幾分過ごしやすくはなっていたが昼間は未だに太陽の力が衰えず、降り注ぐ恵みの光が容赦なくむき出しの鋼材を焼き上げ、集落全体がまるでオーブンレンジのようだった。


「暑いな畜生!」


 堪り兼ねたジオは汗まみれのシャツを机の上に脱ぎ捨てた。


「こう暑くてはメシも喉を通らん!」


 そう言いながら、ジオは食べかけのサンドイッチをムシャムシャと食い続けた。


 俺はそんなジオを気にすることもなく、頼まれた金属部品のサビ取りを続けた。



 ジオが食事を済ませ、浴びるように水を飲むと「ご苦労さん、そろそろいいぞ」と言った。


 内部タイマーを確認すると確かに休憩時間も終了間際だった。俺はジオに「また来る」と言って小屋の外へと出た。


 センサーを確認すると、外気温は36℃ほどあるようだ。


 人間にはさぞこたえるだろうなと考えながら、俺はゲートへと向かった。



「だから、誰に会いたいんだ姉さん?」


 ゲートではガストンと来訪者が鉄格子を隔てて会話をしているようだった。


 遠目で確認する限り相手は女性のようであり、淡く黄金色を宿した透き通るような髪を肩口まで伸ばし、その長身によく映える白いドレスのような服を着ていた。


 こんな場所に随分と不釣り合いな姿だなと思いながらゲートに向かって歩いて行くと、女は俺の存在に気づいたらしく、こちらの方に顔を向けた。


 女は再びガストンと言葉を交わしていたようだが、ガストンはそれを拒否しているように見えた。


 ところが次の瞬間、女はまるで飴細工のように鉄格子を押し広げると、当たり前のように集落の中へと踏み入ってきた。


 突然の事態に唖然としていたガストンだったが、すぐに我に返ると、急いで女を制止した。


「お、おい待て!何して――っ!」


 言葉の途中でガストンは腹を押さえたまま悶絶した。


 突然放たれた女の拳をみぞおちの下に受け、集落一の筋肉男は唸るような声を上げながら地面へと崩れ落ちた。


「てめぇ、何のつもりだ?!」


 そばにいた男が声を荒げて女を捕まえようとするが、女はつかみかかる手を軽くかわすと、左手で男の喉元を締め上げた。


 男は両手で女の左手をつかみ、なんとか拘束を解こうともがいている。


 周囲に居た別の住人達もその明らかな異常事態に大きくざわめき始めていた。


「やめろ!」


 俺は声を上げながら女のそばに走り寄った。


 女はつかんでいた男の手を離すと、幾分顔を強張らせながら俺のほうに目を向けた。


「この集落に何の用だ」


 俺が聞くと、女は黙ったまま俺の全身を見回した。そして一拍置くと女は語りだした。


「私はエデン……一緒に来て」


 俺は突然の言葉に戸惑った。


「どういう意味だ?」


「一緒に来て」


 エデンと名乗る女は刺すような視線をこちらに向け、同じ言葉を繰り返しながら俺に近づいてきた。


 俺はそこで初めてこの女がアンドロイドであることを知った。


 基本的にアンドロイドは固有の識別信号を発している。しかしそれは非常に微弱な電波のため、ごく近くまで接近しないと受信することはできない。


(NRNタイプ1B2……NRNということはニューロン社製か……と、いうことは世界が崩壊する前の機体ということか?)


 データベース内の情報によれば、ニューロン社は過去に存在した軍用アンドロイド専門の製造メーカーだが、世界の崩壊と同時に組織が消滅してしまったと記録されている。


(軍用アンドロイドということは戦闘型の機体か……旧世代のものとはいえ厄介だな……)


 俺はエデンが接近するのと同じ距離を後退した。


 エデンはそんな状況に頓着すること無く歩を進め、俺は何の対応策も考えつかないままズルズルと後退を続けていた。



 後方に小さな廃屋を控え、退路の変更を余儀なくされたとき、突然、先ほどの男がエデンの背後に勢いよく組み付いた。


 突然のタックルに驚きながらも、エデンは倒れることなくその場に踏みとどまった。


 そして、組み付く男に目を向けると、無言のままに右肘を振り上げた。


(まずい!)


 俺は咄嗟に身構えると、そのままエデンの左頬を狙って拳を振るった。


 鈍い音と共に人工皮膚に覆われた金属の質感が俺の手に伝わる。


 エデンは殴られた方向に大きく上半身をひねらせると、まるで糸が切れた人形のように動かなくなってしまった。


 俺と男は警戒しながらエデンの様子をうかがった。



 ややあって、エデンは正面に向き直ると、無表情ながらも先程までとは違った雰囲気で俺の顔を凝視した。


「……すごい」


 つぶやくように言うと、エデンは瞬時に俺の両肩をつかんだ。


 そして、組み付いた男を気にすることなく、俺を背後の建造物へと叩きつけた。


 その瞬間、劣化していたコンクリートの壁面は倒壊し、俺の体は建物の中へと倒れ込んだ。


 俺は体中に降り注いだコンクリート片や鋼材を払いのけながら、すぐに起き上がろうと四苦八苦した。


 ところが、もがく俺を押さえつけるようにエデンが馬乗りで圧し掛かってくる。


 その右手には鋭い金属片が握られていた。


「見せて」


 エデンが金属片を振り上げた瞬間、俺は両手でそれを防ごうとした。


 容赦なく振り下ろされる金属片が右の前腕に当たり、裂けた皮膚から勢いよく血が噴出する。


 それでもエデンの手は止まることはなく、狂ったように俺の両腕を刻み続けた。



 エデンは手に持っていた金属片を放り捨てると、俺の右腕を両手でつかみ、乱暴に皮膚を剝ぎ取った。


「きれい……」


 フレームが露出した俺の腕を見つめたまま、エデンは動きを止めた。俺はその間にエデンの右腕をつかむと、一気に自分の左側へと押しのけた。


 エデンは這いつくばるような姿勢で床に倒れ込んだが、それでも俺の右腕から目を離すことはなかった。


 俺はすぐに起き上がると、エデンの後頭部をつかむなり渾身の力で石造りの床へと叩きつけた。


 2度、3度と叩きつける度に低い金属音が屋内に響き、装飾性の無いコンクリートの床が徐々に朱色へと染まっていく。


 俺は一際強くエデンの顔を床に叩きつけると、先ほどまで彼女が振るっていた金属片を拾い、首の関節部分を狙ってそれを突き立てた。


 一瞬、全身を震わせた後、エデンは伏せた体勢のまま完全に動きを止めた。


 俺は突き刺した金属片を握ったまま、動かなくなったエデンを見つめていた。


 気が付けば集落の住人達が遠巻きに屋内をのぞきこみ、無言のまま俺とエデンを見つめている。


 俺がその場を立ち上がると、住人たちは一斉に身を強張らせた。


 周囲の空気が妙に重く感じられ、俺はそれ以上動けずにいた。


 クジョウ達が慌ただしく駆けつけてきたのはそのすぐ後だった。


 クジョウは崩れた廃屋の中に俺とエデンの姿を見つけると、ヨロヨロと立ち上がりかけていたガストンから事の詳細を聞いているようだった。


 そして、周囲の住人を押し退け俺の元へ駆け寄ると、大声で「よくやってくれたフェイリア!お前が襲撃者からここを守ってくれたんだな!」と言い、血まみれの俺を強く抱きしめた。


 沈黙していた住人達の間に小さなざわめきが起こり、心なしか、俺は周囲の空気が少し軽くなったように感じた。

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