Memory 3. 今も目盛り“2”
「何にせよ、こいつは労働用アンドロイドとして作られたと思っていいわけか」
「ところがドッコイ、ことはそう簡単じゃない」
ジオは表情を一変させると、嬉しそうにクジョウの顔を覗き込んだ。
「どういうことだ?」
「こいつのフレームはフューチャーテックの戦闘用アンドロイドのフレームに酷似してる。まぁ、ファインメタルの前身がフューチャーテックであることを考えれば別におかしいことは無いんだが、しかし、何で旧式のフレームなんぞ引っ張り出してきたのかが分からん」
「ちょっと待て、戦闘用アンドロイドに労働用のシステムが入ってるのか?」
「それだけじゃない。最も不可解なのはフレームを構成する“骨”だ」
「骨?」
「そうだ。その骨の材質が異常に硬いということ以外全く分からん」
「普通使われないような特殊な合金ってことか?」
2人は俺の赤黒い骨に目を向けた。
「骨以外の関節や筋肉、臓器といったパーツは一般的な合金類で間違いないだろう。だが骨だけが分からない……金属と言うよりはもっと何か、宝石のような……」
その後もジオとクジョウは骨の材質について議論を重ねていた。
だが、クジョウにとってその話はそれほど興味を引くものではなかったらしく、何度か別の話題に話を切り替えようとしていたが、ジオはどうしても材質の話題から離れたくはないようだった。
俺としても知っていることがあれば2人に伝えようとは思ったが、いくらデータベース内を検索しても自身の材料に関するデータを見つけることはできなかった。
「もういい、分かった!とにかくこいつの頭の中は真っ白で、敵対的思考もなければ犯罪歴もない。戦闘向きの体を持った労働者ってことでいいんだな?」
クジョウが堪り兼ねたように言うと、ジオは「まぁ、そうだな」と興味なさそうに答えた。
それからクジョウは静かに何かを考えていたようだったが、しばらくして俺を見ながらこう言った。
「お前の目的の一つは達成できたな。ちょっと変わり者だが有能な技士はここにいる」
その言葉に反応したジオが「変わり者とはなんだ!」と口を挟んだが、クジョウはそれを制して話を続けた。
「それで、お前はどうしたい?――正直なところ、ここにお前の素性が分かる人間がいるとは思えないが」
そう言うと、クジョウは初めて会ったときと同様に、鋭い目つきで俺を見つめた。
「有能な技術者がいるならここに居させてほしいと思う。それに人が集まる場所ということは情報が集まる場所とも言える。一人で思案するよりは有益な情報が入手できる可能性が高い」
クジョウは俺の話を聞くと黙ってうなずいた。
「ここに居る以上、誰であろうと働いてもらう。お前、俺に従って仕事をする気はあるか?」
「人間に害を及ぼすこと以外なら喜んで」
俺がそう言うとクジョウは満足そうに何度もうなずき、いつの間にか奥に引き込んでいたジオを呼び出した。
「ジオ、今からこいつはここの一員だ」
そう言いながらクジョウは俺の手枷を解いた。
「このままじゃみんなが気味悪がる。急いで皮膚を付けてやってくれ。服は後で持ってくる」
ジオは人工皮膚を付けることがいかに面倒かをぼやいていたが、クジョウは気にする様子もなく小屋をあとにした。
俺としては骨や皮膚のことよりも早急に潤滑剤の補充を願いたかったが、今のジオにこの話を持ち出すことは自殺行為と判断し、彼の機嫌が回復するまでは黙っていることにした。
◇
2日後、有機質の皮膚で全身を覆われた俺は、クジョウがくれたあまり上等そうには見えない服を身に着けて小屋の外に出た。
ジオが言うには完全な皮膚の定着にはまだ時間がかかるため、もう一日二日は急激な運動を控えた方がいいとのことだった。
俺は人間と遜色ない外見を得た両手をまじまじと眺めると、頭から垂れ下がる焦げ茶色の髪の毛を両手でかき上げた。
(この髪の毛というものは結構邪魔だな……)
実際、俺の髪は肩にかかる辺りまで伸びていた。
体裁を整えるだけならばこんなに長い髪は必要ないのではなかろうか?俺はそんな疑問を感じながらも、クジョウに会うため、ジオに教えてもらった場所を目指して歩き出した。
それほど広くはない集落のため道に迷う心配はなさそうだったが、移動中、周囲の人間達が何か珍しい物でも見るような様子でこちらを観察してくることが多く、俺は付けてもらった皮膚に何か不都合でもあるのではないかと内心疑問を抱いていた。
ジオの小屋からバラックに囲まれた道を真っ直ぐに抜け、集落の中央にある広場から森側に向かうと、そこには周囲の建造物とは違い、比較的原形を留めた3階建ての大きな建物があった。
ジオによるとそこは“御殿”と呼ばれており、クジョウの住居兼、集会所の役割を果たしているらしい。
俺は入り口付近にいた男に自分の名前とクジョウに会いに来た旨を伝えると、男は「確認する」と言って建物の中へと消えていった。
俺はその場に1人残され、手持ち無沙汰のまま男が戻るのを待った。
広場の方に目をやると、2人の中年女性が沢山の子ども達を連れてあちらこちらを歩き回っている姿が見えた。
子ども達は女性2人の指示に従っているようだったが、時には女性の目を盗んであらぬ方向に駆けていく姿もうかがえた。
そんなときは女性の一方が慌てて子どもを連れ戻し、何事かを言い聞かせているようだった。
なるほど、こうして大人の人間から様々な指導を受け、いずれはこの子ども達も大人として新たな子ども達を指導していくのだな、などと人間の営みに感心していると、先ほどの男が入り口から顔を出し「入れ」と言って俺を手招きした。
階段を使って3階まで上がると、男は扉を開き中へ入るように言った。俺は男に案内の礼を言うと、扉を開け、部屋の中へと歩み入った。
そこは開放的な大広間となっており、中央には長机と椅子がいくつか並べられていたが、明らかに床面積に対する配置物の量が釣り合っておらず、この広い空間を持て余しているようにも見受けられた。
窓のある壁際には様々なガラクタが積まれていたが、何のために置かれているのかは見当もつかない。まだジオの小屋にあった鉄くずの山の方が理解できるとさえ思えた。
「フェイリアか?」
椅子に座っていたクジョウが笑顔で俺のそばへと歩いてきた。
「あんたとジオのおかげだ。礼を言う」
俺は軽く頭を下げた。
「なぁに、その分これから存分に働いてもらうさ。……しかし、お前、いい男になったな。まぁ俺の若いころには及ばんが」
一瞬クジョウが何を言っているのか分からなかったが、すぐに俺の外見を称賛しているのだろうと理解した。
それと同時に、ジオが皮膚の貼り付けに失敗したのではないか?という密かな懸念も幾分和らいだ。
「ありがとう。それで、俺は何をすればいい?」
「そうだな、お前はアンドロイドで力もある。主に土木関係の仕事を任せたいと考えているが、どうだ?」
「お安い御用だ」
「ははは、ここに居る連中にお前の部品を煎じて飲ませてやりたいよ。みんな力仕事は嫌がってな……まあ仕方ないと言えば仕方ないんだが……そんなわけで人手が足りなくて困っていたところなんだ。正直助かるよ」
そう言うとクジョウは笑いながら俺の肩を叩いた。
「人も増えてきたんで、今は水道の拡張に力を入れているところだ。現場監督に紹介するからついてきてくれ」
クジョウは広間をあとにすると、足早に階段を下って行った。
俺はジオに激しい運動は避けろと言われていたことを敢えてクジョウに伝えなかった。
なぜかはよく分からないが、俺のAIはこれ以上無為に時間を過ごすことに対して激しく抵抗しているようだった。