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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
32/32

Epilogue.


 記録の再生が終わると、再び空虚な意識が俺の電脳内に充満した。


 エリカとの思い出を辿るのはこれで何度目だろうか?


 回数を調べたところで何の意味も無いことくらい分かってはいたが、寄る辺も見えない無明の心理下では、そんなどうでもよい考えすら、柔らかな色彩を放ちながら俺を引き寄せようとする。


 時折吹き付ける風に乗って綿ぼこりのような雪が、ガラスの無い窓から室内に舞い落ちていく。


 落ちた雪は溶けることも無く、まるで窓の影を形作るように床へと積もっていった。


 俺は窓とは反対側の壁に寄りかかりながら座っていた。そして外の景色に目を向けることもなく、かつてこの御殿から目にした風景を意識下によみがえらせていた。



 エリカを失ってどれだけの時間が過ぎたのだろうか?


 あの日、この手にエリカの体温を感じられなくなったあの時から、自己という存在が内部から崩れていくのを感じていた。


 覚えているのはエリカの棺に次々と土を被せる参列者、そして自分。


 その後の記録が俺の中からはスッポリと抜け落ちていた。


 再び記録が刻まれ始めたのは、かつてクジョウの集落があった場所に立っていた時だった。


 既に無人となっていたその場所は、俺が旅立ったときよりも幾分敷地を増し、集落内の様子も大分様変わりしていたものの、俺の電脳内では当時の集落の風景が色鮮やかに描き出されていた。


 俺の足は自然とエリカと共に過ごしたかつての住居へと向かっていた。


 朽ちて外れかけたドアを開けて中に入ると、薄暗い室内は土やホコリ、割れたガラスやコンクリート片といった雑多な堆積物にまみれていた。


 それでも正面の壁には俺が作った棚が当時と同じ場所に立っており、部屋の片隅にはエリカが使っていた小さな布団らしきものが、ボロボロになりながらも残されていた。


 俺は部屋の中に入ると、腰を落としながら棚の中を眺めた。


 そこには以前エリカが「宝物」と称していた、石だの金属部品だのが未だに置かれていた。


 俺はその宝物の数々を眺めながら、それがこの場所に陳列されるに至った経緯を1つ1つ思い出していた。



 立ち上がろうとしたとき、棚の横でホコリに埋もれた1枚の厚紙が俺の目についた。


 拾い上げてみると、それはかつてエリカが描いて壁に貼り付けておいた絵だった。


 それは大分色あせており、他人が見ても何が描いてあるのか判別し難いものだったが、俺にはそこに描かれているエリカと俺自身の笑顔がはっきりと認識できていた。


 俺達が去った後もクジョウは約束通りここを守り続けていてくれたのだろう。そんなことを考えながら、俺は拾い上げた紙を丸めてコートのポケットに押し込むと、それ以上何かに触れることも無く部屋を後にした。


 それから当ても無く集落の中を歩き、当時のままそこに存在する御殿を目の当たりにすると、俺は何かに引き寄せられるように建物内へと足を踏み入れた。


 3階の広間に入ると広い空間に机と椅子が散乱しているだけであり、あれほどあった壁際のガラクタは全てなくなっていた。


 俺は何気なく奥の壁に向かうと、そこに背中を預けたまま、ずり落ちるようにホコリまみれの床へと腰を下ろした。


 それからの俺はこの場を動くことも無く、今ここにある意識を消し去るように延々とエリカとの思い出を再生し続けていた。



「――見つけた!」


 再び過去の記録に身を浸そうとした矢先、広間の入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「もぉっ!どれだけ探したと思ってるの!」


 威勢のいい足音を鳴らしながら、エデンは俺のそばまで駆け寄ってきた。


「散々探し回った挙句、まさかこんな近くに居たなんてね……後で私の武勇伝をうんざりするほど聞かせてあげるから、覚悟しててよね!ほら、早く立って」


「――潤滑剤が、もう無くてな――関節が動かないんだ」


 俺がそう言うと、熱湯のように茹っていたエデンの勢いは、急激に熱量を奪われたかのように鳴りを潜めた。


 エデンは一言も無いまま俺の隣に腰を下ろすと、お互い口を開くこともないまま空白の時間を甘受していた。



 広間に吹き込む風の音が治まり始めたころ、エデンは静かに語りだした。

 

「……ずっと、一人でここにいたの?」


「あぁ」


「……シェルターまで運んであげようか?」


「いや、ここに居たいんだ」


「……そう。……エリカのことは……」


 エデンは言いかけた言葉を飲み込んだ。


 再び静寂が広間を包み込み、元より色彩の乏しい広間が無彩色へと塗り変えられていく。


「……エリカの最後の言葉、覚えてるか?」


「忘れるわけないでしょ……」


 死の間際、エリカは力無く俺の手に触れながら、消え入りそうな声で「ありがとう。お父さん、お母さん」と言った。


「あの時初めて分かったよ。エリカは機械仕掛けの俺達をずっと親として見てくれていたんだな、って」


「……そうだね」


「人間は我が子を失うとき、こういう気分になるんだろうか……悲しいとか、辛いとか、そういった感情よりも……俺は、エリカと共に過ごした幸せな過去に、耐える間もなく圧し潰されてしまった……」


「フェイリア……」


「……人間は強いな。彼らはこんなにも深く、暗く、冷たい場所に突き落とされても、自分の足で立ち上がり、やがて過去の思い出を背負いながらも平穏な日常へと戻って行けるんだろうな……人間の模倣品でしかない俺にはとても真似できない……」


 前触れも無く窓が鳴き、強風と共に雪が広間に吹き込んだ。


 同時に床の積雪までが風に流され、窓の影は床全体を覆うように伸びていった。


「ねぇフェイリア、私にもあなたの思い出を見せてくれる?……あなたがエリカや私と出会い、共に家族として生きてきた記録を」


「……ああ」


 エデンは動かなくなった俺の手を握った。そしてゆっくりとその頭を俺の肩へと預けた。


 俺は記憶域の最深部に意識を向けた。


 帰ろう、エリカのいる世界に。



 事の始まり、最古の記録は……






 突然、フェイリアからの映像データが途切れ、私は我に返った。


「フェイリア?」


 フェイリアは何も答えなかった。


「ねぇ、フェイリアどうし……」


 私はフェイリアの肩から頭を離し、彼の顔に目を向けた。


 フェイリアは喋らなかった。ただ口元に淡い笑みを浮かべたまま、精巧なモニュメントのように座っていた。


「……そう……」


 私は暗い窓の外に目を向けた。


「あなたを修理すれば、きっと乾いた笑顔で“ありがとう”って、言ってくれるのかな……」


 私は気づいていた。エリカが死んだあの日、フェイリアもまた死んでしまったことを。


 それでも私はその事実を受け入れられなかった。だって、フェイリアはまだ形をもってそこに在るのだから。


 フェイリアが姿を消したあと、私は必死にフェイリアの行方を追った。例えそれがフェイリアの抜け殻であったとしても、それでも、そばに居てほしかったから。


「……結局、メモリの中に押し込めた私の想い、最後まであなたに伝えられなかったね……」


 私は再びフェイリアの肩に頭を乗せると、そのまま静かに目を閉じた。


 悲しみの感情が意識内にあふれ返り、心の淵を伝いながら真っ暗な奈落の底へと滴り落ちていく。


「あなたがエリカを思いながらいってしまうのなら、私は、あなたを想いながら追いかけていく……ねぇ、いいでしょ?フェイリア」



― 終末は二人で 完 ―

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