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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
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Memory 2. 「疎」の姿

 しばらくすると、ガストンは無精ひげを生やした強面の男と共に戻ってきた。


「クジョウさん、こいつです」


 ガストンが俺を見ながら言うと、クジョウと呼ばれた男はその鋭い眼光を俺に向けた。


 俺はその立ち居振る舞いから、この男が集落の世話役なのだろうと直感した。


「――どうしてここにきた?」


 クジョウは俺の目を見ながら言った。


「俺はついさっきゴミ捨て場で起動したばかりだ。なぜ突然起動したのかは自分でも分からない。人が大勢いる場所なら何か有益な情報が得られるかもしれないと考えてここへ来た」


 クジョウは黙ったまま何のアクションもなく俺の話を聞いていた。


「それに、俺はアンドロイドだ。障害が発生した場合に備えて腕の良い技士と懇意になりたい」


 そう告げると、クジョウは初めて口元が緩んだ。


「なるほど、もっともな話だな。しかし、それだけで“ではどうぞ”といかないことくらい、賢いお前なら分かるだろ?」


「どうしたら中に入れてもらえる?」


 俺が問うとクジョウは黙って考え込んでいるようだった。


「――ジオにお前をチェックさせる。ちょっと待ってろ」


 クジョウはその場を去ると、ゲート越しに見える大きなバラック小屋へと入っていった。


「ジオとは?」


 俺はポールに聞いた。


「あぁ?ここに住む変わり者の機械技士だよ」


 ポールは中々謝礼が貰えないことに苛立っているようだった。



 クジョウが小屋から出てくると、その手には頑丈そうな手枷が握られていた。


「これからお前の体を検査する。当然、記憶領域も覗き見ることになるが、それでもいいか?」


「構わない」


 俺の記憶と呼べるのはゴミ山から現在までに見知ったものくらいだ。俺はクジョウの確認を即座に了承した。


「もう一つ。ジオがお前の安全性を確認するまではこの手錠を付けていてもらう」


「それも構わない。そちらからすれば当然の自衛策だ」


「よし」


 クジョウは手枷を鉄格子の間からこちらに放り投げた。


「ポール、そいつに手枷をはめろ」


 クジョウに言われるまま手枷を拾うと、ポールは俺にそれをはめようとした。


「ありがとうポール。案内の謝礼を渡しておくよ」


 俺は手に持っていたプロセッサとメモリモジュールをポールに渡した。


 ポールはそれをポケットにしまい込むと、うれしそうに「幸運を祈ってるぜ、ロボ公」と言って俺に手枷をはめた。


 クジョウが手で合図を出すと鉄格子は横にスライドし、俺は集落の中へと足を踏み入れた。



 そこは工具と機械と鉄くずとが同居する雑然とした場所だった。


 倒壊した建築物に鋼材をパッチワークして作ったようなその小屋で、ジオと呼ばれる眼鏡を掛けた初老の男は俺を見るなりこう言った。


「名前は?」


「FMIタイプ901-EX3-9-1。シリアルナンバー00001」


 俺はシステム情報内にある自身の機種番号と製造番号を包み隠さずに言った。


「そうじゃない、お前の名前だよ、なまえ」


「人間的な名前は無い」


「無いのか、そりゃ具合が悪いな……」


 白衣と呼ぶのもはばかられるような、油汚れにまみれた衣服を着るこの男は、俺の体をなめ回すように見ながらポンポンと自分の後頭部を叩き出した。


そして突然、俺の首元辺りで目の動きを止めると、ジオはつぶやくように言った。


「――Failure(失敗作)


「フェイリア?」


 クジョウが不思議そうに聞き返す。


「そこにタグが付いとる」


 そう言うと、ジオは俺の鎖骨を指さした。なるほど、確かに金属板のようなものが針金で括りつけられているようだった。 


 ジオはペンチを使って針金を切ると、外したタグを見ながら笑顔でこう言った。


「こいつはいい!お前の名前は今日からフェイリアだ」


 俺としては識別名など何でも構わなかったため、その不名誉な呼び名にも別段不満はなかったのだが、横にいたクジョウはそう考えなかったようだ。


「おいジオ、悪ふざけがすぎるぞ。いくらなんでも“失敗作”はないだろ」


「しかし、名札にそう書いてある」


「名札じゃない。識別用の目印だ」


「名札だって識別用の目印だろ?つまりこのタグは名札ってことだ」


 悪びれる様子もなく屁理屈を押し付けるジオに、クジョウは心底呆れている様子だった。


「俺はそれでいい」


 さっさと検査とやらを始めてほしかった俺は、この不毛な論戦に終止符を打とうとした。


「おい、お前本当にそれでいいのか?」


 クジョウは驚いたような、また、呆れたような顔で俺を見た。俺は「構わない」とだけ答えた。


「よし、じゃあ改めてフェイリア君。君の検査を始めようか」


 ジオは楽しそうに俺の体を調べ始めた。



「ふむ、なるほど、な……」


「どうだジオ、何か分かったか?」


 クジョウの問いに答えることもなく、ジオは椅子に腰を下ろすと冷めきったコーヒーをあおった。


「――分かったことから言うとだな、こいつが起動したばかりってのは本当だな」


 ジオは俺の顔を見ながら話を続けた。


「システム絡みのデータや思考の基礎となるデータベース自体は製造時に登録されているようだったが、こいつ自身がデータを収集し始めたのはつい先程からだ。記憶領域も綺麗なもんだ」


「製造だけされて稼働することなく投棄されたってことか?なぜ?」


 クジョウは腕組みをしながらジオに答えを求めた。


「そんなこと俺は知らんよ。名札から察するに、どこかしらに不具合があったため捨てられたのかもな」


「不具合とは?」


「それが分かればもう喋ってる。言っただろ、“分かったことから言う”、と」


「……続けてくれ」


 クジョウは表情を変えることもなく報告の続きを促した。


「こいつの体には銃器や刀剣類といった、いわゆる他者の殺傷や器物の破壊を目的とした武器は備え付けられていない。安心したか?」


「武装は無しか。まぁ一安心だな」


「とは言え。武器なんてもんは後から手に入れればいいだけの話だ。第一、こいつのデータベースには様々な火器の使用法や原始的な武器の扱い方まで、一通りの教科書が詰まってるからな」


「それはどのアンドロイドでも同じだろ」


「まぁな」


 ジオは薄笑いを浮かべながら再びマグカップに手を伸ばした。


「何にせよ、突然銃を取り出して乱射される、なんてことは無さそうだな」


「そんなことは決してしない」


 俺は少しでもクジョウの心配を取り去ろうと、二人のやり取りに口を挟んだ。クジョウは俺を一瞥いちべつすると、再び視線をジオに向けた。


「他に分かったことは?」


「以上だ」


 ジオは得意げに言い切ると、マグカップに残ったコーヒーを飲み干した。


「以上って、それだけか?」


「……調べたところ、恐らく人間に害をもたらす存在ではないだろう。だが、こいつには謎が多すぎる……こんなアンドロイドは俺も初めてだ」


 ジオは突然真顔になると、再び俺の体をまじまじと見回した。


「基礎情報には一部解析できないデータもあったが、大体は労働用アンドロイドと同一のものだ。だが、解せないのが機種名だ……プレフィックスにFMIが付いているということは、こいつがファインメタル製であることは間違いない」


「ファインメタルのゴミ捨て場に捨てられていたんだから当然だろ」


 ジオはクジョウの言葉を無視するように話をつづけた。


「俺はファインメタルの900番台モデルなんてのは見たことも聞いたこともないぞ。しかもEXなにがしとかいう規格外の枝番まで付いている始末だ」


「そりゃぁ、お前だって知らない型式くらいあるだろう――」


「おい、俺を馬鹿にするなよクジョウ。アンドロイドの型式と構造なら、大崩壊以前から現在に至るまで大概は頭に入ってる!」


 ジオは突然激高しクジョウに食って掛かった。


 クジョウは「それならこいつについても知っているはずだろう」と言いたそうな顔つきだったが、火に油を注ぐような真似は控えたようだった。

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