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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
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Memory 1. 朽ちたのに、立つ

 自身の存在を初めて認識したとき、俺はスクラップの山に埋もれていた。


 なぜ突然起動したのかは分からないが、イニシャライズ処理の結果、身体に可動上の不具合が無いことは確認できた。


 ただ、潤滑剤の残容量が2割を僅かに下回っているようで、可動制御部から警告通知が届いている。


 まだしばらくは問題無いだろうが、早期に補充しないと今後の行動に支障が出てしまう。


 しかも俺の体は本来、有機質の皮膚で覆われているはずなのだが、センサーの反応では外面に皮膚の存在は確認できず、その皮膚を維持するための血液浄化装置と血流ポンプも停止しているようだった。


 何はともあれ広域的な状況確認と行動の自由を確保するためにも、俺は圧しかかる邪魔な鉄くずをかき分け始めた。



 瓦礫の山から這い出してきた俺を見るなり、少し離れた場所でゴミ漁りをしていたスカベンジャーの一人が、まるで墓から蘇ったゾンビでも見たかのような奇声を上げた。

 

 なるほど、確かに人工筋肉とフレームむき出しのアンドロイドがゴミ山から這い出してくればそういう反応もうなずける。


 俺はそのスカベンジャーに余計な恐怖心を与えないように、その場から動くことなく大声で呼びかけた。


「驚かせて申し訳ない。俺に敵意はない。何かの手違いで遺棄されていたようだが、今目覚めたところなんだ」


 スカベンジャーの男は驚きながらも、俺の言葉を聞いて徐々に冷静さを取り戻したらしく、足元のゴミを蹴り飛ばしながら悪態をついた。


「ふざけんなよバカ野郎がっ!心臓が潰れるかと思ったぜ!」


「本当にすまない。それで、ここは一体何という場所なんだ?」


「何という場所だ?」


 男は馬鹿にしたように笑い出した。


「見て分からねぇのかロボ公、ここは“ゴミ捨て場”って言うんだよ。まぁ、俺にとっちゃ職場とも言うがな」


「ゴミ捨て場は分かっている。俺はここの地名が知りたいんだ」


「地名だぁ?知るかよそんなもん。あー、仕事の邪魔だからもう黙ってろ!」


 男はそう言うと、どこかへ消えろといった体で手を振り、俺を無視してまたゴミ漁りを始めた。


 スカベンジャーがいるということは近くに人間の集落があるのだろう。俺は男にそこまでの道案内と集落での紹介役を依頼しようと考えた。


 しかしそれを有り体に伝えたところで、この手の人間が素直に協力してくれるとは思えない。


 俺は先ほど目に入った物が男の好意を得るために役に立つと考え、再びスクラップの中に身を押し込んだ。



「忙しいところすまない」


 しばらくして、俺は再び男に声を掛けた。


「なんだ、うるせぇ野郎だな!邪魔だって言ってるのが分からねぇのか?」


 顔を向けることなく男は不機嫌そうに答えた。


「悪いが、近場の集落まで俺を案内してくれないか?」


 男は驚いたように顔を上げた。


「はぁ?何でオメェを案内してやんなきゃいけねぇんだよ!静かにスクラップになってろポンコツ野郎!」


「案内してくれれば、お礼にこれをやる」


 俺は先ほど機械から抜き取った部品を男に見せた。


「……なんだそりゃ?」


「エンジェルテック社製のj7プロセッサと128PB(ペタバイト)のEIMMメモリモジュールが2枚だ。もちろん壊れてはいない」


「j7?……はぁっ?!マジかオメェ」


 男はそれまでの緩慢な動きとは打って変わり、大急ぎでスクラップの山を駆け上り俺のそばまで寄ってきた。


「そいつを――俺にくれるのか?」


 男は俺の手に持つ物を確認すると、今にもそれを奪い取りそうな勢いで凝視していた。


 物の価値が分からないスカベンジャーなら面倒だと心配したが、それは杞憂きゆうだったようだ。


「案内してくれるならな」


 俺は手を握り、プロセッサ類を男の目から隠した。


「お、おう。いいとも、いいとも。俺について来いや!」


 男はうれしそうに答えると、軽快にスクラップの山を下って行った。


 俺はその後をゆっくりと追いかけたが、男は余程早く謝礼が欲しいのか、時折振り返っては俺を手招きで呼び寄せた。



 荒れ地を越え、川を一つ渡り、男の職場からそれほど離れていない場所にその集落はあった。


 そこは近くの森に沿うように作られた場所であり、周囲を雑多な金属と木材で作られた防壁に覆われていた。


 防壁の内側には丸太で組まれた簡素な物見やぐらが3基立っているのが見えるが、奥の方に1棟だけあるコンクリート造りの建物以外には背の高い建造物は無いようだった。


 集落の周囲に人の姿は見られなかったが、防壁内から立ち昇るいくつかの煙が、そこで生活する人間達の営みを端的に物語ってるように思えた。


「俺だー、開けてくれぇ」


 男はゲートらしい大きな鉄格子の前に立つと、集落の中に向かって呼びかけた。


 すると、諸肌を脱いだ体格のいい男が鉄格子の内側に現れ、驚いたように俺を見ながらスカベンジャーの男に話し出した。


「おいポール、なんだそのアンドロイドは?まさかゴミ捨て場から拾ってきたのか?」


「そのまさかだよ。まだ動くのに捨てられちまったらしい。中に入れてやってくれねぇか、ガストン?」


 ガストンはいぶかしげに俺を見回しながら「ダメだ、ダメだ。そんな素性も分からんやつをここに入れるわけにはいかねぇ」と、冷たく言い放った。


 ポールは肩をすくめながらこちらを向くと、手の平を差し出して俺に言った。


「だとよ、残念だったな」


「謝礼は俺が中に入れてからだ」


「あーん?!」


 ポールは恨めしそうに俺をにらんでいたが、すぐにゲートの方へ向き直ると、報酬目当てにガストンの説得を開始した。


「そんな冷てぇこと言うなよ。考えてもみろよガストン、こいつだって気が付けば捨てられて一人ぼっちだったんだぜ?可哀そうじゃねぇか。お前だって初めてここに流れ着いたときのことは覚えてるだろ?一人ぼっちは辛かったよな?寂しかったよな?こいつだって同じさ。まぁ、ロボットのこいつにそんな感情があるのかは分からねぇけどな……でもよ、きっと気持ちは一緒だと思うぜ。俺には分かるんだよ、こいつの気持ちがさ」


 マシンガンのように放たれるポールの援護射撃にガストンは食傷気味の様子だったが、そんなことなどお構いなしにポールの口上は続いた。


「それにこいつは悪いヤツじゃねぇ、それは俺が保証する。第一、こいつがいれば色々役に立つと思うぜ。なんせロボット様だ。小難しい計算だの力仕事だの何でも手伝ってくれるぜ、なぁ、オイ」


 そう言うとポールは俺の方を見た。勝手なことを言う男だと呆れながらも、俺はひとまず頭を縦に振っておいた。


 ガストンは俺を見たまま何かを考え込んでいる様子だったが、「ちょっと待ってろ」と言い残し集落の中へと消えていった。


「まぁ、ざっとこんなもんだ」


 ガストンが見えなくなるとポールは俺の方を向き、顔をニヤつかせながら得意気に右手を差し出した。


「中に入れてからだ」


 こんな男が知り合いにいると見張り役も大変だなと、俺は他人事ながらガストンという男に同情をしていた。

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