Memory11. メカ式(飾り)
ゲートを出ると、俺は集落の西側にある共同墓地へと向かった。エリカがこの場所を離れることを両親に報告させようと思ったからだ。
ゲートから少し歩き、草木の生い茂る獣道のような小道を進んでいくとすぐに墓地へと到着した。
そこは周囲を木々に囲まれた開けた場所で、多数の建築物の残骸と、なすがままに積み重なったコンクリートの塊が植物の緑に埋もれるように存在していた。
俺の知る限りでは、昔起きた大きな争いが原因で人間を含む数多くの生物が地球上から姿を消したようだ。
同時に人類の栄華の象徴とも言える幾多の建造物も破壊され、それまで人間が築き上げてきた文明は一度終焉を迎えたらしい。
“大崩壊”と呼ばれるその出来事は、それが起きた時期や原因などの具体的な情報までは記録されていなかったが、それだけ壊滅的な状況に陥りながらも生き残った人間達は再び立ち上がり、過去の遺産を利用しながらも新たな文明を築き上げようとしている。
俺は目の前に横たわる夢の跡を眺めながら、自分達の創造主たる人間の力に、服従とは別の敬意にも似た不思議な感情を抱いていた。
エリカの両親が埋葬された場所には墓標代わりの大きな岩が2つ置かれていた。エリカは2つの岩の前で今から旅立つことを告げ、俺はこの子を守り抜くことを静かに誓った。
報告のさなか、エリカは悲しそうな表情こそ浮かべていたが、以前のように泣き出すことはなかった。
両親への報告を済ませると、俺達はその場を後にした。
◇
まだ薄暗い原野を歩いていると遠くから野生動物の鳴き声が聞こえてくることがある。
集落にいたときには気にもしなかったことだが、防壁の庇護を離れエリカを守るという役目を負った以上、その鳴き声の一つ一つにAIが過敏に反応していた。
俺は周囲に気を配りながら野を抜け川を渡り、荒れ地の先にあるゴミ捨て場へと向かった。
雑草がまばらに生い茂る灰色の大地を歩いていくと、その先には穴の中から盛り上がる丘のようなものがいくつか見えてきた。
丘の大部分は金属質の光沢を放っており、また一部は褐色にサビ上がっている。丘は無数の金属部品の累積から成り立っていた。
中には完成品とも見える装置の本体や、パーツの欠損したアンドロイドなども含まれており、ごく少量ながら人間の死体や白骨が混じっていることもあった。
俺達は穴のそばまで行き、そこから複数ある廃棄物の丘を見渡した。
それぞれの丘は時折その高さを増していたが、ゴミ捨てにやってくる無人ダンプカーは複数ある丘が均等な高さになるように場所を選びながら投棄しているようだった。
丘の一つを指さし、「俺はあそこに捨てられていたんだ」とエリカに言った。エリカは俺に同情していた。そして、自分もここに来た覚えがあると言い出した。
詳しく聞いてみると、エリカの両親が殺害された日、父親はここで何かをしていたようだった。
ところが、父親が慌てた様子でエリカ達の元に戻ると、両親はエリカの手を引きながらここから走り去ったらしい。
その後エリカは橋の下に連れていかれると、「ここに隠れていなさい」と言われ、小さなくぼみの中に置き去りにされたそうだ。
そこまで話すとエリカは目頭に涙をにじませた。俺は辛い過去を思い出させてしまったことに悔悟の念を感じながら、その場にしゃがみ込みエリカを抱き寄せた。
ダンプカーがどこから来てどこへ帰るのかは誰も知らなかった。
それでも北に伸びる道路の先から現れ、途中で道を外れながらこの場所にやって来ること、そして、ゴミ捨てが終わると再び来た方角に戻っていくことだけは分かっていた。
ここでダンプを待って荷台に乗り込もうかとも考えたが、クジョウの話からするとそれはリスクが大きそうだった。
俺はエリカの手を引きながら穴の外周を時計回りに北へと向かった。
ダンプが何度も同じルートを通っているためか、そこには舗装された道路へと繋がる“道”が形作られていた。
道の先を見ると、北から続く道路は荒れ地の手前で大きく西に曲がっており、その先にある森林の中へと続いているようだった。その先がどこに繋がっているのかはもちろん知りもしなかったが、今、俺の意識は北方に広がる広大な大地の先にだけに向けられていた。
地平線まで伸びる道路を見つめながら、俺はこの世界の広さを改めて痛感していた。
昨日までは防壁に守られた土地とそこに隣接した限られた領域だけが俺達にとっての世界だった。もちろんその外側にも大地が延々と続いていることは分かっていたし、数値的にはこの惑星の大きさも知っている。
しかし、いざ歩み出したこの世界は俺達にとってあまりにも大きすぎた。
俺一人ならばどれほど長い道のりでも大した問題ではなかった。何せ時間はいくらでもある。不眠不休で歩いてさえいれば、いずれは目的の場所に到着できるだろう。
しかし、人間の、ましてや子どものエリカにそれは無茶な相談だった。
(せめて車があれば)
そう考えたとき、俺に1つの疑問が生まれた。エリカ達はどうやってこの場所まできたのだろうか?
エリカを初めてイズートに預けた時、エリカはイズートの質問に「分からない」と答えるばかりだった。それでも、「どこから来た?」という質問には「遠く」と答えていたのを覚えている。
そのときは深く考えもしなかったが、エリカ達は“遠く”から歩いてここまでやってきたのだろうか?
「エリカ達はどうやってここまできたんだ?」
俺はエリカに聞いてみた。
「お父さんの車だよ」
「その車はどうしたんだ?」
「えーっと、どこかで降りた」
「この近くか?」
「よく分からない……」
「――車から降りてから、ゴミ捨て場まで結構歩いたか?」
「ううん、そんなに歩いてない」
俺はこの近くにエリカの父親が乗っていた車があると踏み、エリカを連れて再びゴミ穴の周囲を回ってみることにした。
穴の東側にはかつての町の名残ともいうべき無数の廃屋が立ち並んでいた。
歩いている間、エリカは時折「うーん」と、唸り声を上げながらその廃屋群を眺めていたが、突然「あ!」と声を上げると、俺から手を離し、少し離れた場所にある大きなコンクリートの塊の前に走って行った。
「あっちから来た」
エリカが指をさした方角には廃墟を分断するように大きな道が真っ直ぐ伸びていた。
そして俺が止めるのも聞かず、周囲をキョロキョロと見回しながら道に沿って元気よく走り出していた。
「あった!」
エリカは突然立ち止まると、目の前にある瓦礫の陰へと姿を消した。俺は慌ててあとを追った。
周囲を瓦礫に囲まれたその場所はコンクリート敷きの開けた空間となっており、エリカが立っているすぐ前には灰色の厚いシートで覆われた大きな塊が置かれていた。
土埃を被ったシートを引き剥がすと、そこには白いピックアップトラックが姿を現した。
俺は車に近寄ると、ドアハンドルを引いてみた。だがドアは施錠されており、見るとドアハンドルの側には鍵穴らしきものが存在した。
(鍵が必要なタイプか……しかし、エリカの父親の遺品に鍵など無かったはずだが)
「どうしたの?」
エリカは心配そうに俺を見上げた。
「どうやら鍵が必要らしい」
俺が困ったように言うと、エリカはおもむろにドアハンドルを握り、事も無げにドアを開けてしまった。
「開いたよ」
(生体認証?……そうか、エリカの指紋が登録されているのか)
いざとなったら窓ガラスを割るしかないと考えていたが、殊の外あっさりと搭乗できたのは幸運だった。
しかしドアが開いたところでエンジンが掛からなければ何の意味もない。ドアロックは解除できたとしてもエリカの認証でエンジンの始動までいけるのだろうか?
1人思案する俺をよそに、エリカは早々とトラックの中へ乗り込んでいった。




