02
「ふーん。瑠衣ちゃんも、そこのおじょーさまと『契約』したんだー?」
「こ、小鳩……ちゃん」
現れた二人のうちの一人、宇佐宮小鳩は、瑠衣の知っている人物だった。この学校の生徒で、瑠衣と同じクラス。しかも、常日頃から瑠衣のことを精神的にも物理的にも追い詰めて嫌がらせをしていた……端的に言うと、瑠衣にとってのイジメっ子だった。
「いいえ! まだ完璧に『契約』したわけじゃないわよ! だってソイツら、『契約』を完成させるための口づけを、まだ終えてないんだものっ!」
その小鳩の隣には、マリーと同じくらいに場違いにドレッシーな格好をした少女がいた。
「つまりつまり……既に小鳩と主従の『契約』を終えているこのセーラ様の、敵じゃないってことよ!」
セーラと名乗ったそのお嬢様は、マリーと瑠衣に向かって両手をかざして、こう叫んだ。
「受けてみなさいっ! これが私……『悪役お嬢様』の、淑女能力よっ!」
「ひっ⁉」
彼女の言葉から何かものすごい攻撃が来ることを予想して、とっさに両腕でガード態勢を作る瑠衣。
ポト……。
「え?」
しかし、そのとき彼女が予想していたような痛みや衝撃は、特になかった。起きたことと言えば、何か小さな物が天井から落ちてきて、瑠衣の右肩に乗ったくらいだ。ゴミか何かだと思って無視しようとしたのだが……そのゴミからこんな「声」が聞こえてきたので、それは出来なかった。
ケロケロ。
「へ……?」
瑠衣はゆっくりと、肩の上に顔を向ける。すると、そこにいたのは……。
ケロ。ケロケロ。
「う、う、う…………うっぎゃーっ!」
そこにいた緑色の小さなアマガエルを見るなり、瑠衣は図書室の窓ガラスが割れるかと思うほどの絶叫を上げて、取り乱してしまった。
「ぎゃーっ⁉ ヤダヤダヤダ、ムリムリムリーっ! 取って取って取ってー! 誰か、取ってー!」
「ちょ、ちょっと何なの? いきなり、そんな大きな声をだしたりして……」
突然のその様子に、さっきまで落ち着いていたマリーも驚いている。
「それが、何だって言うのよ?」
「わ、私、ダメなんですぅー! こ、これ、は……カ、カエルは……」
「ダメ?」
「カエルだけは、どうしても苦手で……。この、ヌメヌメしてる感じとか、ぎょろぎょろした目とか……と、とにかく全部ダメなんですぅーっ! だ、だから、早く取って下さいってばーっ!」
「……」
情けない叫び声をあげて、震えている瑠衣。その姿は、初対面のマリーからみてもあまりにもブザマだ。
それでもマリーは、呆れるような表情をつくりつつも、
「分かったわよ。取ってあげるから、もう少し落ち着きなさいな。貴女はもう私のメイドなのだから、いつまでもそんなことでは……」
なんて言いながら、瑠衣の肩の上に乗っているアマガエルを払い除けた。
一方の相手は、
「オホ……オホホ……オーホッホッホーッ! 見たかしら⁉ 驚いたかしらっ⁉ 思い知ったかしらーっ⁉ これが、『相手の嫌いな物を作り出す』という『悪役お嬢様』の淑女能力! その名も、『敵者生存』ですわーっ!」
「わーい。ネーミングセンス、くそださーい」
「そうでしょう、そうでしょう! ワタシのこの最強最悪の能力の前では、もはやソイツは無力な赤子同然というわけよっ! オーホッホッホーッ!」
自分の思い通りの展開になって相当調子に乗っているらしく、小鳩にバカにされていることさえも気づかない敵の淑女。ひとしきり残念な高笑いを繰り返していた彼女は、そこでまた瑠衣たちに手をかざして叫んだ。
「さあ、まだまだいくわよーっ! 喰らいなさーい、『敵者生存』っ!」
そのセーラの動作に合わせて、天井や壁、あるいは何もない空中から、無数のカエルが現れる。カエル嫌いの瑠衣は、さっきよりも更に大きな悲鳴を上げてしまう。
「ひ、ひぃぃーっ!」
その拍子に彼女は足を滑らせて、床に倒れてしまった。
「あ、あわ……あわわ……」
顔を歪め、体を震わせ、目には涙を浮かべている瑠衣。そんな彼女にむかって、カエルたちがぴょんぴょんとジャンプしながら向かってくる。
「や、やだ……。やだよぉ……。カ、カエルは……カエルだけはぁ……」
「えー、瑠衣ちゃんってこんなものが嫌いなのー? ザコすぎぃー」
哀れな瑠衣の姿を、指を差して笑っているイジメっ子の小鳩。
「次でトドメよっ! 覚悟しなさい!」
また手を構えて、自分の能力を使おうとしているセーラ。
「や、やめ……やめて……」
もう悲鳴をあげる気力もなくなって、ひたすらに首を降っている瑠衣。
そんななか、
「瑠衣! ここは一旦退くわよっ!」
主のマリーがそう言って、床に倒れた瑠衣の手を引いて、彼女を立ち上がらせた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ⁉ 逃さないわよっ⁉」
図書室の奥へと撤退しようとするマリーと瑠衣を、セーラがまた自分の能力を使って妨害しようとする。しかし、
「しゃらくさいのよっ!」
マリーは、自分たちに飛びかかってくるカエルたちを細身の腕であっさりと払い除ける。そして、セーラたちの死角となる本棚の後ろ側へと逃げていってしまった。
「ぷぷ、結局逃げられてるしー」
「う、うるさいわよ、小鳩! って、っていうかアンタはワタシのメイドなのだから、もっとワタシに敬意を持ちなさいよ!」
「はいはいー。…………あー、うっぜぇな」
「こ、こらっ! 小鳩ーっ!」
マリーたちをすぐには追わずに、のんきにそんな口論をしている敵ペアのセーラと小鳩。
この図書室の出入り口は、さっきセーラたちが入ってきた一箇所だけだ。それはつまり、マリーたちにはもう逃げ道なんてないということを意味している。だからその二人は、すでに自分たちの勝利を確信していたのだった。