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俺の村で起こった話  作者: なつみかん
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再会

1994年8月10日 水曜日

突き刺さる蝉の鳴き声の中、俺は三年ぶりに実家の最寄駅に降り立った。三年前、高校を卒業した俺はこの地を離れT県U市にある大学に進学した。U市の駅前はそれなり発展しているものの、15分も歩けば田畑が広がり地元とさほど変わりがないように思えた。しかし実際帰省してみると、田舎度がかなり違う事を実感させられる。

大学生になって人並みに彼女ができたり、生活費を稼ぐためのバイトや実験実習に追われ、入学してからコレまでこの地を踏む事はなかった。俺は昔と変わらない村並を懐かしみながら実家の方へと足をすすめていた。

そしてもうすぐ自宅に着こうかという時、「カーン」という甲高い2スト特有のエンジン音が俺の横を通りすぎた。


(NSRか…… 渋いな)


そんな事を考えながら走りすぎた車影を追っていると、そのバイクが急に道路脇に停車し、バイクを降りた男がメットを脱ぎながら俺のところに歩み寄ってきた。


「K! 暫くぶり!」


声をかけてきたのはT。

Tが高校卒業後地元に就職したのは知っていたが、中学卒業以来すっかり疎遠になっていたので話をするのも6年ぶりくらいだった。久しぶりの再会に色々話したい事はあったが、Tは用事の最中という事で、二言三言言葉を交わしその晩Tの家の前で会う約束をして別れた。


夕方、ひぐらしがなきはじめた頃、俺は家を出てTの家を目指し歩きはじめた。するとその前方から短パンにアロハというラフな姿でふらふらと歩いてくる男の姿が見えた。


「おせーよ」


Tの一言目にデジャヴを感じる。


「ああァ?! 時間通りだろ」


このやりとりにTも昔のことがフラッシュバックしたのか、どちらからとも無く笑いがおこった。


「なぉ、飯まだだろ? ラーメン亭でも行こうぜ!」


ラーメン亭とは近所にあるラーメン屋だ。当時この辺りは飲み屋といえる店はなかった。だから普通のラーメン屋でも夜は居酒屋と化していた。まぁ、基本ラーメン屋なのでつまみとなるようなものは焼き鳥や餃子、ラーメンのトッピングのようなものしかないのだが……

俺たちは店に着くと古びたアルミの引き戸を開けて中に入った。盆前ということからか客は席数の半分程度しかいない。ゆっくり話をするにはちょうどいい混み具合といえる。


俺たちは奥の座敷に上がり焼き鳥と餃子を注文すると、先にやってきたビールで乾杯し再会を祝した。お互いの近況報告から始まった話題は、次第に小中学の思い出話に変わっていった。そこそこ酔いもまわり懐かしい昔話で盛り上がってきた時、Tは急に真顔でテーブル中央に乗り出してきた。


「そういえば、キツネ覚えているだろ?」


周りに聞こえない程度の声。

様子からしてあまりいい話では無いと感じた俺は、Tのそばまで身を乗りだし小声で返答する。


「ああ、あの不良だろ? 中学ん時も殆ど噂きかなかったし、随分と大人しくなったって話だよな……」


そう言いかけると、Tは目を細めて話を続けた。


「アイツ、一ヶ月くらい前に死んだらしいぜ。自分の部屋で首吊ってるのを妹が見つけたんだとよ」


「マジ?! でも、アイツ自殺なんてするような奴か?」


俺はつい大きな声が出てしまったことに気づく。そしてあの夜のキツネの姿を思い出し、「ふぅーっ」と大きく息を吐いて、グラスのビールをクイと一飲みした。


「でもまぁ…… ありえなくはないか」


俺はたった今自分が発した言葉を取り下げ、更に言葉を続けた。


「でもアイツ、妹なんていたんだな?」


そういうとTはキョトンとした目を俺に向けた。


「ああぁ?! 小学校のころ同学年にRっていただろ。そいつだよ」


「まぢ?」


俺は再び驚き目を丸めた。

彼女は生まれつきの知的障害をもっていて小学校卒業後どこか他の市の学校に進学したときいた。俺は小学校卒業以来会ったことがない。しかし六年間を共に過ごしたRが、身内の自死を発見したところを想像すると何とも言えないモヤモヤが胸の奥に現れた。それを払拭するようにテーブルの餃子を一つつまんで口に放り込むと、天井を見上げ流し込むようにビールをあおった。


「それにしてもよ、キツネって昔は何だかだと問題起こしてたんだろ? そんな度胸ある奴にみえなかったよな」


俺のその言葉にTは納得する様に頷く。


「まぁな。あの夜あんなとこでキツネに会ったことすら信じらんねぇ」


Tは興奮気味にいうと、荒々しく焼き鳥を頬張った。その後、二人の会話に幾秒かの空白ができ、二人は同時にグラスのビールを口にした。


「まぁ、確かにそれも腑に落ちねぇことではあるんだけどよ……」


俺はそこまで言いかけて、一瞬の戸惑を挟んで言葉を続けた。


「あん時お前、何であんなにあの廃屋に行きたがったんだ? 別に怖いもの好きってわけでもなかっただろ? それに親に絶対近づくなって言われてたんじゃなかったか?」


するとTはおもむろにポケットからタバコを取り出して咥え、ライターで火をつけた。そして大きく吸い込んだかと思うと、テーブル下に向けて煙を吐き出した。俺が問いかけて十数秒…… なかなか返答は返ってこない。そしてもう一度タバコを咥えると、すぐにその火を灰皿でもみ消した。

俺は黙ってその様子を眺めている。


「あの日、あいつが…… 俺たちに見せたモノ覚えているか?」


Tは絞り出すように言葉を紡いだ。


「ああ、エロ本だよな」


「まずそれかい!!」


Tは空かさずツッコミを入れた。

そう言われて俺は記憶を辿り、当時のことを思い出してみる。


「あとは、変なハサミと何かの瓶じゃなかったか?」


そういうと、Tは少しガッカリした顔を浮かべる。


「もう一つあったろ?」


そう言われて、再び記憶のなかの映像をリピートするが、Tのいう「もう一つ」が見あたらない。そんな俺を黙ってみていたTだったが、痺れを切らし大きなため息と共に、自らその答えを口にした。


「指輪……」


「ん?」


Tの答えが全くピンとこなくて、もう一度聞き返した。


「指輪だよ」


「指輪? んなもんあったか?」


俺がそういうとTは脱力したように肩を落とし、さっき灰皿でもみ消した吸い殻を拾い上げもう一度ライターで火をつけ口にした。


「あったんだよ」


そう言って消しモクを噴かす。

俺はグラスに残ったビールを飲み干した。テーブルの皿には既に食べ物は残っていなかった。何か注文しようかとメニューに目を移す。


「なぁ、そろそろ店出ねぇ?」


Tはそう言い出した。まだ飯らしい飯も食ってないし、ビールももうちょい飲みたいところだ。しかし何か言いたげなTをみて仕方なく同意し会計を済ませ店を出た。

それ程店に長居してはいないのに、外はすっかり暗くなっていた。空を見上げると、街の明かりがないからかU市よりもたくさんの星が見える。俺は何処に向かって歩いているのかわからないまま人気のない村道を歩くTについていった。


「Kはいつまでこっち居んの?」


Tはそう聞いてきた。


「十五日だよ。大学は九月頭まで休みなんだけどバイトあるしな」


「やっぱ大学って休み長いんだな」


そう言って、またもポケットからタバコを取り出し吸い始めると、空に向かって煙を吐き出した。


「……で?」


なかなか本題を切り出さないTに、たまらず問いかけた。


「ああ、さっきの話だよな」


俺は頷く。Tはポケットからちいさな巾着袋を出して俺の前に差し出した。


「何だよ、コレ?」


渡された巾着の閉じ紐を解き、手のひらの上で袋を逆さにした。黒みがかった塊が掌の上に転がり落ちる。金属である事は認識できるが、この星あかりでは形状までは視認できない。だが話の流れからそれが何であるかはだいたい想像がついた。


「指輪か?」


そういうとTは口の中の煙をドルフィンリングのように円く吐き出した。俺は通りの住宅から漏れる明かりに照らしてその姿を確認しようとしたがよくわからない。


「アレな、俺が持っているそれと同じだったんだよ」


「アレ?」


「キツネが廃屋から持ち帰った指輪だよ」


ちょうど電信柱の街灯に差し掛かった俺は、ようやく掌の塊を観察する事ができた。


「銀製か…… それにしても変わった形だな」


それはシルバーアクセサリーでは見た事がないデザインで、表面に何かの紋様のようなものが刻み込まれている。


「こんなデザイン見たこと無いだろ?」


「まぁ、確かに見ないデザインなのはわかったけどよ…… だからなんだっていうんだ?」


そう言いながら俺は指輪を巾着に戻してTに返した。その問いかけに答えるでもなくTはタバコをふかしている。

俺たちは村の中心に置かれた公民館グランドの脇を通り、村内に幾つかある堀の一つまでやってきていた。堀のふちに植えられた桜の木にはワイヤーが張られ、灯りのない提灯がぶら下がっている。お盆の時に行われる灯籠流しに向けての準備なのだろう。

ここまでくるとTが向かう場所も想像できた。俺は子供の頃に遊んだ公民館の遊具や何度となく釣りに訪れた堀を眺めながらノスタルジーに浸っていた。ふと一軒の見慣れた家屋の前に差し掛かる。


(Y子の家…… ここに来るのも久しぶりだな)


Y子は俺が中学の時好きだった同級生。中二の時、同じクラスになってから意識しはじめ、その姿をいつも目で追うようになった。気が付けば俺の中でY子の存在が大きくなものになっていたのだ。当時はY子に会えないものかと用もないのにこの辺りを自転車で走りまわっていた。

家の窓から漏れる明かりと時折見える人影……

いつしかそれが気になって家の窓から目が離せないでいると、


「残念ながらY子はそこにいないぜ」


その言葉に心臓が飛び出しそうになるのを感じながら、首がネジ切れるような速さでTの方に振り向いた。


「なっ……何を?!」


取り乱す俺をTはニヤニヤしながら見ている。


「中学んときお前、Y子のこと好きだっただろ?」


「だ、誰がそんな事を言ったんだよ?」


取り乱す俺にTは呆れた表情を浮かべ話出す。


「誰も言ってねぇよ。つかお前見てりゃわかるだろ。それにお前が中学ん時目指してた高校ってY子が入った高校だよな。わかりやす過ぎるわ」


確かに目指しはしたが結果的に俺はY子とは違う私立の高校へ進むこととなった。俺は何か言い返そうとするも言葉が見つからない。


「……で? Kは今彼女いんの?」


「いるよ。同じ大学の……」


そういうとTのからかい顔は消え笑みが浮かんだ。


「それはよかった。てっきり今も引きずっているのかと思って心配したぜ。それにY子は高校卒業して間もなく結婚したんだよな」


「そ、そうなのか……」


正直俺は高校生になってからも暫くY子のことを引きずっていた。今のTの話にも少なからずショックを受けている。俺は自分の動揺を悟られまいと、同じ質問をTに投げかけた。


「そういうTはどうなんだよ?」


そう聞かれてもTは表情ひとつ変えない。


「ああ、いるよ。中学んときお前と同じクラスだったMと付き合ってる。Mはいま婦警をやってるんだ」


「まぢ? MってW高校だったよな。あんな進学校に行って大学行かなかったのか?」


中学時代、Mの成績は学年でもトップクラスで、県内屈指の進学校に入った。そんなMがTと付き合っていることにも驚いたが、地元で警察官になっていたことに更に驚かされた。


「つかさ、お前とMの接点が全く想像できないんだけど…… 中学ん時Mと話すらした事無かっただろ?」


「まぁ、そうだな。それはおいおい話すとして……」


Tは加えていたタバコを足で揉み消す。


「見えてきたぜ」


そういうTの視線の先には、10年前のあの日、俺たちが釣りをしていた場所があった。堀の淵はコンクリートで整備され木陰を作っていた木の下にはベンチが置かれている。

そしてその向かい…… あの時あった鬱蒼としげるあの雑木林は無くなり、奥にある家々の灯りが見わたせるようになっていた。


「あの密林無くなったんだな。廃屋も……」


俺はかつて廃屋があった場所に目を向けながらTと並んで歩いている。


「ああ、俺もいつ取り壊したのかは知らねぇんだけど、三年くらい前に何気ここ通ったら更地になっていた」


「あのままっていうのは防犯的にも良いこと無いだろうからな……」


近づくにつれハッキリ見えてくる土地に違和感を感じた俺は気付けば小走りになっていた。更地の前で立ち尽くす俺の隣に、歩いてきたTも立ち止まった。俺はチラリとTに視線を移し、すぐに何も無いその地面に目を戻した。


「おい、本当にここなんだよな?」


「ああ」


Tはそう言って俺と同じ場所を見下ろしている。


「な、何だよこれ……」

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