廃屋探索
今回は俺(K)と友人Tの身に起こった体験について語らせてもらう。
俺が子供の頃住んでいたところは、まぁまぁな田舎で、近くに駅があり国道も通っている割には高校生になるまでコンビニも無いようなところだった。
だが昔ここには大きなお城があったらしく、村内にはいくつかのお堀がありザリガニや魚釣りをすることができ、それほど退屈したことはなかった。これはそんな子供時代に起こった話だ。
小学五年生の夏休み。茹だるような暑さの中 昼飯を食べ終えた俺は友人のTと堀に釣りに出かけた。暫く釣場を散策した俺たちは、木陰になっている場所を見つけ陣取ると早速釣り糸を垂らした。
泳ぐ魚は何匹も目視できているのに、水面に立ったウキはピクリともしない。水温が高く魚の食いつきも悪くなっているのだろう。俺達はこの動きの無い退屈な時間に飽きて、昨日見たアニメの話をし始めていた。
そんな時、道路向かいにある茂みから三人の中学生くらいの男たちが出てくるのが見えた。そいつらは俺らより2、3つ年上なのだが、よく問題を起こしていることで名をしられているいわゆる不良という奴だ。奴らが小学生の頃、俺はそのうちの一人と殴り合いの喧嘩をしたこともあって極力顔を合わせたくは無い。俺は気付かないふりをして、すぐさま水面のウキに視線を移した。そんな俺の事情など知らないTは奴らに目を向けたままだ。その視線に気づいた三人はニヤニヤしながら俺たちの所に近づいてきた。
「なぁ、お前ら。そこの建物に入った事あるか?」
そう言って今出てきたばかりの茂みに顔を向けた。釣られるように俺たちもその方向に目を向ける。すると草木が生い茂る雑木林の中に古びた白い建物があるのが見えた。何度もここに来たことはあるが、俺は建物の存在に気づかなかった。形状からして普通の住宅でない事は遠目からでも想像できる。
「ないよ」
Tがそういうと、奴らの1人がまたもニヤニヤしながら抱えたものを目の前に出してきた。俺は「早くどっかに行ってくれ」と思いながら興味無さげにそれに目を向けたが、Tは吸い込まれるようにそいつが持っているものを見ていた。
それは液体の入った茶色の小瓶、変わった形のハサミと銀の指輪。それと何冊かのエ○本だった。
「あそこは昔医者だったんだが、そこの息子が事件起こして夜逃げしたんだとよ。家ん中はその時のまんまで、他にも色んなものがあったぜ」
そういって見せびらかすだけ見せびらかすと、そいつらは満足げに戯れあいながらその場から去って行った。面倒事にならなくてホッとしている俺の隣で、男たちが立ち去った後もTは建物の方をジッとみていた。
「なぁ、Tはあの建物のことは知っていたのか?」
俺は問いかける。
「ああ、知ってはいたよ。Kんちの近くに引っ越す前はこの辺に住んでいたからな。親からは絶対に近づくなって言われていたから入った事ないけど……」
俺は「フゥン」とテキトーな相槌を打つと、竿を持ち上げ針に練り餌をつけた。
「なぁ…… 俺たちも行ってみないか?」
何となくそんな事を言い出すような気がしていた俺は大きくため息を付くと、付けたばかりの餌を水に投げ入れ竿を置いた。
「いやだよ。親に入るなって言われてるんだろ? それにそんな事を学校にバレたらまぢ怒られるよ」
「バレなきゃいいだろ。もう少し暗くなってからだったら絶対わからないって」
こうなるとTは止まらない。強引に話を進められ、その日の晩に忍び込むこととなってしまった。
19時。俺は親に「Tの家で花火してくる」と言って家を出た。すると玄関前には既にTの姿があった。
「お前んちの前で待ち合わせじゃなかったのか?」
俺がそういうと「あんまり遅いから迎えに来た」という。約束の時間は19時…… 俺んちとTの家は目と鼻の先なので、殆ど待たせてなどいない。どれほどTはこのイベントを楽しみにしていたのか?俺たちは少し涼しくなった薄暗い夜道を、昼間行った釣場近くの建物を目指して歩き始めた。
15分程してその場所に到着した。
道路から見る茂みのなかの建物は、昼と違った不気味な雰囲気を醸し出している。建物どころか茂みに踏み入れることさえも躊躇ってしまう程だ。
「なぁ、本当に入るのか?」
俺がそういうと、Tは挑発するかのように俺の顔を覗き込み鼻で笑って見せた。
「もしかして怖いの?」
その言葉に軽くイラッとしながら、子供らしい恥ずかしくなるような虚勢を張ってみせた。
「い、いや、別に怖かねぇよ。でもこれって不法侵入だろ?見つかったら怒られるどころじゃすまないぜ?」
「ふぅ…… だから暗くなってから来たんだろう?」
そういうと、二の足を踏んでいる俺を横目に茂みの中に足をすすめていく。さっきまで聞こえていたひぐらしの鳴き声も止み、風に吹かれた草木の音だけが耳に入ってくる。中には入りたくない。だがここに1人で居続けるのはもっとごめんだ。ここまで歩いてきて放出された汗は、いつのまにか冷たくなっていた。俺は平静を装いながら駆け気味でTに追いついた。
「何だ、来ないのかと思ったよ」
Tは悪戯っぽく言う。
「……んな訳ないだろ」
明らかに虚勢とわかるそれにTはクスリと顔を緩めた。長い間放置されて伸び放題の庭木に囲まれたその空間は、夜の闇よりも深く、暗いというより黒い。その中にありながら白く浮かび上がる建物。壁に這うつたがひび割れのように見える。その前に立った俺たちは息を呑んだ。
「ヤバいな、コイツ…… 」
人の侵入を拒むような、それでいて引き込もうとするような雰囲気に二人の足が止まった。
「Tよぉー あいつらが持ってたエロ本が欲しいんなら買ってやるからよ。マヂ、帰んねぇ?」
そう言いながらも、目の前の白い建物から目が離せないまま立ち尽くしている。
「ああぁ? 誰がそんなもんほしいって言ったよ」
「えっ? 違うの?」
そんな会話に恐怖感が緩んだのかTは入口に向かって歩き出した。入口でドアノブに手をかけゆっくり回しながら引いてみると、キツいと思われたドアは意外にもあっさりと枠から離れた。Tは意外そうな顔で俺の方を見る。
「昼間の奴らが開けたからだろ……」
俺がそう言った時、中から勢いよくドアが開き、何かが飛び出してきた。俺は後ろに飛び退き、Tは吹き飛ばされて地面に尻をついている。
「キツネ?」
飛び出してきたのは昼間の中学生、三人のうちの一人。俺はそいつの釣り上った目と、人を小馬鹿にするような態度からそう呼んでいた。そいつは俺たちに目もくれず手足をバタつかせ、今にも泣き出しそうな顔で道路のほうに走っていった。
「あいつまた来てたのか? ……にしても、あいつが一人だけって珍しいよな」
俺はキツネの後ろ姿が見えなくなるまで目で追った後、Tの方に視線を戻すとすでに起き上がり懐中電灯で屋内を照らしていた。あの怯え切ったキツネを見てもTの気は変わらないらしい。
あたりを見回しながら慎重に中へと足を進めるT。俺もポケットから駄菓子屋で買った小さな懐中電灯を取り出すとTの後に続いた。そこには10畳ほどのタイル敷の広間があり、いくつかの長椅子が置かれている。
左奥には受付だったと思われるカウンターも見え、床は積もったホコリが蹴散らされいくつもの足跡がついていた。だが廃墟にありがちな落書きなどは無く、内装も殆ど壊れた感じは無い。
「あいつらが言っていた通りあんまり荒れて無いな」
ボソリと呟く俺の声が聞こえなかったのか、何の相槌もないままTは奥の扉に光を当てている。そこは配置からして診察室といったところか?
「なぁ、この医者ってどれくらい前までしてたんだ?」
俺はTに聞いてみる。
「さぁな。少なくとも俺がここから引っ越す時にはしていなかったな」
Tがうちの近所に引っ越してきたのは、俺たちが小学校に上がる時。……ということは確実に四年以上前ということになる。
「……にしても、さっきのキツネは何をあんなに慌ててだんだろうな」
「さぁな」
Tは診察室と思われる奥の扉を開け、ライトを照らしてひとしきり眺めるとすぐに閉じた。興味をそそられるものがなかったのだろう。そして再びフロア内を照らしたとき、受付の隣にもう一つのドアを見つけTのライトが止まった。
「ああ、そこにもドアがあるな」
そういう俺の言葉を聞かないまま、Tはドアを大きく開けてライトを照らした。そこにあったのはフローリング敷の廊下とポーチ。奥にはダイニングと思われるところが見える。明らかに医院の施設では無い。
「ここって住居の方じゃね?」
「だろうな。行ってみるか……」
Tは何故こっちに興味を持ったのだろう。俺たちが中に入ると廊下の先には真新しい沢山の足跡が付いている。
「あいつら、こっちにも来たんだな」
俺がそういうと、Tは小さくため息をついた。
「そりゃそうだろ。普通に考えて医者にエロ本がある訳ない」
「まぁ……そうか。……ってか、やっぱエロ本が目当てか?」
「ちげーよ」
何か喋っていないとこの雰囲気に耐えられないと思った俺は、わざとそんなチョッカイをだしてみた。そんな時、前を歩いていたTが立ち止まり廊下を照らした。俺はTの肩越しに照らされたところを覗き見る。
「その部屋…… 入っているな」
これまでのドア前にも部屋に出入りした足跡はあった。しかしTが照らしたその部屋には中に向かう足跡しかついていない。俺は唾を飲んだ。
Tは静かにドアノブを回したあと勢いよくドアを開けた。だが部屋の中は静まりかえっていて、廊下にあった足跡は中にはついていない。
「ホール……か? さっきの待合室と同じくらいの広さか?」
「住宅にこんな何にも無い部屋があるって不自然だよな」
「いや、夜逃げした時、荷物持ち出しただけじゃねぇ? ……で、コレからどうすんの?」
そういうとTは部屋の中をライトで照らしながら見回すと、二つのドアが目に入ってきた。配置からして一つは隣の部屋に続くドアだろう。この部屋に入った足跡の主はそこから出ていったと思われる。
Tは迷わずもう一方のドアに向かい歩き出し、蹴破るようにドアを開ける。
「うわっ!!」
Tは中を見るなり声をあげ部屋の外に飛び退いた。首を傾げる俺の前で深呼吸をすると、意を決したようにライトを照らしながら中に入っていった。
俺はTに続いて部屋にふみこむ。……と、その瞬間俺は動きが止まる。息をするのも忘れ、瞬きもできないまま目の前の光景に硬直した。
正面に馬鹿でかい仏壇。いや祭壇というべきか、これまで見たことがない形状の儀式めいた造形物が鎮座している。しかしそれよりもこの異様さを際立たせているのはも天井から垂れ下がった無数の人毛、そしてコンクリート敷の床に埋め込まれたフック。
「サバトの現場か?」
Tのそんな声で俺はようやく息をするのを思い出した。それと同時に異臭が鼻を通り抜け喉の奥に侵入してくるのを感じた。とたんに胃の中の物が込み上げ、部屋をの外で夕食との感動の対面することとなった。これほどの異常な匂いと光景であるにもかかわらずTは一人で室内に残っている。奴は前からどんな事にも動じない図太さはあったが、この状況下に居続けられる神経ってどんなのだろうと思えてくる。
部屋の外で胃の中のものを全て吐き終えた俺は、口をのごいながら恐る恐るTの居る部屋の方に目を向けた。それと同時にに「ガタン!」と何が倒れる大きな音が聞こえた。俺は口を服で押さえながら部屋に駆け込んだ。そこには倒れた祭壇とその前で立ち尽くすT。
「お前がやったのか?」
俺がそういうと、Tはそれに答えるように倒れた祭壇をつま先で何度も蹴り飛ばし、祭壇を形作っていた木片を部屋中に散乱させた。気づくとTの荒い息遣いが俺のところまで聞こえてくる。
「なにもそこまで壊す必要ないだろ?」
Tは息を弾ませながら懐中電灯で破片が散らばった部屋の床を照らしたあと舌打ちするのが聞こえた。
「なぁ、今日のお前変だぜ。だいたい急にこんな肝試ししようだなんて……」
「別に肝試しのつもりはねぇよ」
そう言われて俺は首を傾げる。
「じゃあ、やっぱりアイツらが持ってたエロ本?」
「違うって言ってるだろ」
俺は部屋の入り口からその様子を眺めていると、落ち着きを取り戻したTは俺のところにやってきて「帰ろう」と一言。結局Tは何がしたくてこの建物に来たかったのか分からなかった。
そしてこれが後々俺たちにどんなことをもたらすのか、この時は知る由もなかった。