誰かに支えられているあなたへ
1200字(Word換算) お題:ドーナツ屋 アルバイト ○(ネタバレ)
昼下がりのドーナツ店には、かなりの客が残っていた。
客足が少ない時間帯だと思って寄ってみたものの、空になった皿をテーブルに置いて「上司はあの子に気がある」だの「隣の奥さんが浮気している」だのと、生産性のない世間話を永遠と繰り広げている人間があまりにも多かった。
俺はそんな低俗な感性に興味を持つことは一生ないだろう。
結が会計を済ませると店員が店の端にある二人用の席を案内した。
「こちらのお席をどうぞ」
「ありがとうございます」
筋肉質の男性店員は丁寧に椅子まで引いていき、見かけによらず紳士的だった。まぁ、さすがに俺の椅子は引いていかなかったが。
俺と結が腰を下ろすと、結は申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「ごめんね、注文長引いちゃって」
俺は問題ないと首を振った。
結は早速オールドファッションにかぶりついた。五回ほど咀嚼するとカフェオレで一気に流し込む。彼女の喉はドーナツを嚥下し、小さな膨らみが上から下へと流下する。小柄な彼女はほっそりと痩せていて、吹いたら飛んでいきそうなほど空疎に見える。しかし、それが見た目だけであることを俺は誰よりも知っている。
結の桜色の唇を舌が這いずり、オールドファッションのかすを舐め取る。
「私ね」
話を切り出す彼女は、いつになく力強い眼差しで自分の手を見ていた。
「いつか、誰かの心の支えになれる人間になりたいの。今はどうしてもリンタローやみんなに支えられて生きている。でもだからこそ……支えられてしかいない私だからこそ、なにか他の人の役に立てることがあるはずなんだ」
俺は結がなにを言いたいのか、その言葉の真意を全て押し測ることはできなかった。むしろ全てをわかった気になる方が失礼だと感じた。ただ結の苦悩、結の希望、結の行動、それらを一番近くで見てきたのは間違いなく俺だ。
俺は目を細め、彼女の意思を受け取るように美しい濃褐色の瞳を見つめて、彼女の手に触れた。
「ありがと……やっぱりリンタローは優しいね」
結は手を伸ばして俺の頭に手を置くと、わしゃわしゃと掻きむしるように頭を撫で回してきた。正直ぼさぼさになるので毛並みに沿うように撫でてほしいが、彼女の満足そうな顔を見るとなにも言えなくなる。
その後数分間、俺と結は言葉を交わさなかった。
入店時にはほぼ満席だった店内も、今や空席の方が多くなっていて、絶え間なくレジ打ちをしていたアルバイトらしき青年も手持ち無沙汰になっている。
結は残りのオールドファッションを再びカフェオレで流し込んだ。
「じゃあ、行こっか」
そう言うと結はリードを持って立ち上がった。
俺はその動きに合わせるように結の前を歩き、先導する。
「ごちそうさまでした」
目の見えない結が黄色い点字ブロックを頼りにレジに向かって挨拶をしたので、俺も呼応するように
「わんっ!」
と尻尾を振りながら鳴いた。
俺たちは自動ドアをくぐり、木の葉が舞っている秋めく空の下、帰路へと歩みを進めた。