第05話:ギリギリの勉強会
家に帰ると、見慣れない靴があった。いやたしかにまだ見慣れないと言えば全部見慣れないのだが、そういう意味ではないことは察してほしい。
「おかえりー、たくみん」
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま」
「たくみん遅かったねー。何してたの?」
「ちょっと用事があってね」
「ふーん」
「それより、誰か来てるの?」
「あ、私の友達だよ」
「風香の友達か。なるほどね」
「一緒に勉強することになったの。お兄ちゃんも、一応挨拶しとく?」
「じゃあ、一応」
そう言われ、風香の部屋に向かった。
「おまたせ、心ちゃん。この人は、さっき言ったお兄ちゃん」
「四月一日 心です。はじめまして」
短く白い髪の毛に、慎ましやかな胸。身長は、140cm後半くらいだろうか。床に脚の短いテーブルを置き、ノートを広げていた。
「兄の拓海です。よろしく」
「あのー、いきなりで申し訳ないんですけど、"お兄さん"って頭いいほうですか?」
心の「お兄さん」という言葉に、風香が反応した。
「俺? 俺は……」
「お兄さん!?」
普段そこまで声が張るほうではない風香が、少し大きな声を出した。
「ちょ、どうしたの、風香?」
「いや、心ちゃんがお兄さんとか言うから」
「だめ?」
「いやその……なんといいますか……」
「……ははーん。わかった風香ちゃん。自分のお兄さんがとられたくないんだー。風香ちゃんの"お兄ちゃん"だもんねー」
「そんなことないもん! お兄ちゃんなんてどうでもいいもん!」
あれ? 今なんか傷つくことを言われた気がする。そんなわけで、俺は少しの間固まっていた。
「わかったよ。私は先輩って呼ぶからいいよ。別にこだわりがあるわけじゃないし」
「そう。……よかった」
「『よかった』って、やっぱり私の呼び方気にしてるんだー」
「違う! 今のは……そう。わかったって言ったの!」
「はいはい。それで、話戻しますけど、先輩って頭いいですか?」
「俺? 俺は勉強がどんくらいできるかって意味だと、偏差値70くらいはあるかな」
「へぇ!? ななな70!? うちの学校で!?」
「お兄ちゃんってそんな頭よかったの!?」
「頭いいっていうのはちょっと……。少しだけ勉強ができるだけだよ」
「先輩、その発言がすでに頭いいんですよ。じゃあ、そんな先輩に頼みたいことがあるんですが……」
「なに?」
「勉強を教えてもらえないかなーと」
「いいよ」
「ほんとですか!? ありがとうございます! じゃあ理科の課題があるので、それをお願いします。」
「了解」
「えーと、ここなんですけど……」
そう言われ、俺は彼女の横に座った。
「(ちょっとお兄ちゃん! 距離が近いって!)」
「どれどれ……。えーと、この問題ね?」
「はい」
「まず、今出てる値を考えて、分からないところをXと置いて、方程式を解いてく」
「あー、なるほど!」
「(もー! どーしてこの距離でなにも気にならないの!?)」
「まずここの範囲を抑えとかなきゃいけないのは前提なんだけど、数学の知識もちょっと使わないといけない問題だね。難しいとこ解いてるな」
「たしかに、ちょっと難しいです。でも、先輩の説明のおかげでわかりました! ありがとうございます!」
「俺は大したことは教えてないよ。それより、今ので理解できる心ちゃんは偉いね。ちゃんと勉強してるんだ」
「えへへ……そんなことないですよ……」
「(あー! もう照れちゃってるし!)お兄ちゃん! 私も教えて」
「ああ、いいよ。どこ?」
そう言って俺は、円のように丸い小さなテーブルの周りを中心角160°ほどの扇を描く形で移動した。
「ここ」
「え? これってだいぶ基礎のとこだけど……」
「いやその、私文系だから……」
「わかったよ。じゃあまず、一番最初のとこから説明するね。まずこれは、計算を簡単にするために、結構実際の物理法則とは違う条件で計算してるんだ。そうすると……」
「(あれ? 風香ちゃんも大概だけど、もしかして、先輩も先輩で結構シスコン?)」
俺と風香は視線を感じ、心ちゃんのほうを向いた。
「「どうしたの?」」
あっ。シンクロした。
「いやー、なんでもないですよ。ただ、仲がよろしいなーと」
「そんなことないもん。お兄ちゃんなんか、虫けらみたいなもんだもん!」
あれ? やっぱり「気がする」じゃ済まないな。かなり酷いことを言われたぞ。しかもさっきに増して辛辣だ。
こうして、色々あったが、大きな問題は起こらずに、勉強会は終わった。
「今日はありがとう、風香ちゃん」
「いいよ、全然」
「先輩もありがとうございました。また来させてもらいますよ!」
心ちゃんはそう言って、笑顔を見せた。なんだろうか、この、人を嫌に感じさせない素敵な笑顔は。
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