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服を買いに行く

「ああミウ、こんな夜中に起こしてすまない」

 私は娘に謝罪した、

「夜中ってパパ、もう朝の8時だよ」


 朝の8時?

 私はこの部屋の大きな窓に目を向ける。

 この窓は日光が当たるとグレースモークに色が変わり、UVを100%カットする特殊なガラスで出来ているが、それでも外が明るくなっていることは確認できる。


 つまり5時間も眠っているわが娘を観察していたということか。

 やはり私は長生きし過ぎたせいで、時間の感覚がおかしくなっているようだ。


「そんなことよりパパ、また記憶が混乱していたでしょう?私のこと思い出した?」


「ああ、もちろんさ」


 私は記憶喪失でも認知症でもない。

 ただ記憶のストックが膨大過ぎるため、保存した記憶のファイルを探すのに時間がかかるだけである。


 私はこれまで生きて来て世界各国で何度も妻を持ち多くの子供を残したが、日本で妻にした女性はひとりだけで子供もこの娘、ミウただひとりである。


「家出してきたんだったな。ママはまだ怒っているのか」


「私はもう家出って歳じゃないんだけどね。ええもちろん怒っているわ。特にパパに対しては」


 確かにミウは見た目はミドルティーンだが、実年齢はもう26歳になるはずだ。彼女の肉体年齢が十代の半ばで止まってしまっているのは私のせいであるし、ミウの母親・・つまり私の元妻である桐島美咲キリシマミサキが私に対して怒っているのはそのことについてなのだ。


「しかしママが怒っているのは私に対してだけじゃあるまい」


「ええパパ。ママは私の新しい仕事にどうしも賛成できないみたいなの。だから口論になって家を飛び出しちゃった」


 ミウは子供のころから学校の成績が良く、私立の進学校から国立の医大に進み、つい最近まで総合病院に医師の卵として勤務していたのだが突然病院を辞めて新しい仕事を始めた。それがなんとまったく畑違いの探偵業というから、母親ががっかりするのも無理はない。


「パパもなぜ探偵などになったのかとは思うがね。ロンドン時代の友人に探偵が居たが・・」


「その話は何度も聞いたわ。あの世界一の名探偵でしょう?彼の助手は医者だったけど、私は医者より探偵の方が向いてると思うの。それも私にしかできないタイプの探偵よ。お医者さんは私じゃなくてもたくさん居るから」


「もう一度よく考えたほうがいい。パパの病院に来てもいいんだぞ」


「そのつもりなら最初からそうしてた。あのねパパ、私の人生ってこれからすごく長くなるんでしょう?パパのように。それなら仕事も勉強もいくらでも何でもできるじゃない。医学を学んだのは一時的な知的好奇心からだし、それはもう満足して今の興味は探偵なの」


 娘の人生の残り時間を異常に長くし、しかも見た目は永遠のティーンエイジャーにしてしまったのは私の責任なので、それを言われるとあまり強くは言い返せないのだ。


「だからその話はこれくらいにして、約束よ。今日は服を買いに連れて行ってくれるのでしょう」


 母親と喧嘩して着の身着のまま家を飛び出したミウは、当分私の家に居座るつもりなので着替えの服が欲しいという事だ。


「ああそうだったな。しかし服を買うならわざわざ出かけなくても百貨店の外商部を呼ぶぞ」


「何を言ってるの。私はわざわざパパと出かけたいんじゃない。だからさあ早く着替えて」


 あまり気が乗らない。

 私は人混みが苦手だし、それ以前に日中に外を出歩くのはもっと苦手なのである。

 私をモデルにした映画のように日光を浴びると灰になるほどではないのだが、太陽の光は私の活力を確実に奪うので嫌なのだ。しかし、娘と約束したからには仕方がない。私はあきらめてウォーキングクローゼットに向かう。


 私は身だしなみを整えるにあたって、とても困ることがある。

 それは私は普通の鏡には映らないということだ。私が不死になると同時にかけられた呪いのひとつなのだが、コーディネイトを確認するにしても、私が服を着るとその服自体が鏡に映らなくなるから困った呪いである。


 そこで私はヨーロッパのアンティークを探し回り、ようやく姿見大の魔鏡を手に入れた。

 私のクローゼットにはその魔鏡がセットされているのだ。


 魔鏡の前に立つと、鏡の中にはせいぜい二十代半ばの若造の姿が映った。

 自分で言いうのもなんだが、人間の女たちを惹きつける甘いマスクの持ち主である。

 しかし、私はこの若造の姿がとても嫌いである。

 深い人生経験をその顔に刻んだような大人の男になりたかったのに、二十代半ばで不死の呪いを受けた私には、永遠にそれは望めないのだ。



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