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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第四章 封樹に咲く童景

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第八十五話 未知を描く時の色

 ――魔石。それは、魔族が残した最期の痕跡。

 魔力結晶の総称。


 強者であるほど、純度と密度の高い希少な魔石を宿すことが多い。

 その石は、砕いてしまえば、綺麗な光彩になって、大気の魔素に紛れて消えてしまう。


「ララちゃん、それって……」


「月華夢幻に埋め込んだ、故郷を奪った赤い悪魔のもの」


 私の掌の上で、鈍く光る赤い石。

 属性もなく、魔力量が多少高いだけの魔石。

 それには、奪われた命の重さに見合う価値はない。


 過去の過ちを繰り返さないために、私が持ち続けている、ただのガラクタ――。


 魔石は、魔力を宿す。

 魔導石は、その流れを形にする。


 武具や魔道具に組み込まれた魔石は、力を引き出すための核となり、魔導石は、回路や素体として、その力をどこへ、どう流すかを決める。


 砕くのか、削るのか。

 単体で使うのか、組み合わせるのか。


 それは理論だけでは決まらない。

 職人の感覚と、積み重ねられた経験が、形と性能を決定づける。


 反発する属性は、時に力を失い、同じ属性は、過剰なほどに増幅される。


 その差は、ほんのわずか。

 けれど、そのわずかが、生と死を分ける。


 魔法を組み合わせる感覚も、魔石と魔導石を扱う技術も、才能や努力だけでは辿り着けない領域が、確かに存在している。


 魔導研究者の夢を思えば、時間はいくらあっても足りない。

 今は、それよりも――。


「冥の街、魔族たちが住む場所に行くんだなって……」


 そう思ったら、少し落ち着かなくて、私は、この赤い石を眺めていた。


「複雑な気持ちになるよな……」


 不器用なニアが、寄り添おうとしてくれる。


「いつもお気楽などこぞの精霊とは違うんじゃない?」


 お姉ちゃんが、わざと軽く茶化す。

 本当は分かってる。

 感の鈍いニアに代わって、過去に踏み込みすぎないよう、気遣ってくれているのだ。


 それでも、私は――。




 霧が包む街に戻った私たちは、冥の街、クロノハデスに向かう前に、しばらく休養を取ることにした。


 境界を越える前に、まだ意味を成さず文字置換できなかった本を読むため、大書庫アーカ・ルミナへと足を運んでいた。


 まだ最後まで触れられないその本。

 新たに触れられた頁には、精霊の刻印が示す意味が記されていた。


 天へ移り住み、循環の流れを見守るようになった一族――ルナリア。

 彼らの願いは、再び災厄の争いが起こらないように、同じ過ちを繰り返さないように世界を導くこと。


 天冥の(ジュ)の頂を超えた、遥か天空に移り住むという、壮大な計画。その結末までは、記されていなかった。


 それでも、ティラミスに住むルナリア族の天才科学者、ストロー博士の言葉が、その先を示していた。


 太陽ではなく――月。

 影から世界を支える存在。


 光精霊と月の理を持つ祖先が描いた絵空事は、夢物語では終わらなかった。


 私が目指す魔導研究者への道に、確かな光を差し込む古代の記録。胸が高鳴らないはずがない。



 本を読み終えたあと、大書庫の休憩室で、私はこれまでを思い返していた。


 今まで戦ってきた魔族。

 魔石を複数宿していた魔物もいた。


 意思を持たないはずの下位の魔物が、人や精霊と同じような感情を、もし持っていたのだとしたら――。


 その魔石は、いったい何なのだろう。




「三人とも待った?」


 一緒に来ていたフィリエルが、顔を出す。


「全然待ってない」


「本気か? ララは本に集中してたから分から……」


 そう言いかけたニアに被せるように、私がもう一度言う。


「全然待ってない」


「ララちゃんの言う通り」


「目が逝ってるって。お前らよってたかってだな……」


 ぶつぶつ言いながらも、いつの間にか、そこには温かな空気が流れていた。


 感情の少ないフィリエルも、心なしか表情が緩んでいる。


「フィリエル。ところで、ソラノアは?」


「クローディアと話があると言われた。街の結界に生じていた歪みが消えたと、感謝された」


 あの時のことを思えば、ソラノアがフィリエルを気遣ったのだと分かる。


「これで、ひとまず安心。でも、まだ終わったわけじゃない」


 フィリエルとお姉ちゃんが頷く。

 ニアだけが、少し場違いな顔をしていた。


「なんだ、二人じゃないといけない話か?」


 そのニアから、悪気もなく、核心を突く発言が飛び出した。


(わわッ……)


 お姉ちゃんが慌ててニアを諭す。


「フィリエル、この子に悪気はないんだ。ごめんね」


「あ、あぁ、悪かったな……」


 不思議そうな顔をしながら、ニアが謝る。


 フィリエルは、一瞬表情を変えただけ。

 けれど、すぐにいつもの彼女に戻る。


「気にしてない。ソラノアはフィリエルにだけ優しい。幼いころからの仲だから」


「なんだ、好きなのか?」


「こら、ニア!」


 フィリエルは、真っ赤になったまま動かない。

 どうしていいか分からないようだった。


 しばらくして、落ち着きのない声で、言葉を落とす。


「ソラノアは、いつもフィリエルを助けてくれる。だから、尊敬している。でも、過保護。ただ、特別なだけ」


 未整理な言葉。

 それが、彼女の心の揺れを、そのまま映していた。


 きっと、フィリエルは自分の心に気付いていない。

 距離が近すぎて、幼馴染とはそういうものなのかもしれない。


 私とお姉ちゃんは、顔を見合わせるだけにした。


「えっと……、フィリエル。よかったら友達になってくれないか? 巫女やってたら、友達もなかなかできねぇだろ?」


 慌ただしく動く周囲の心に無頓着なニアが話題を変える。

 偶然にしても、このタイミングに出た言葉は助け舟になった。


 ニアにも、色々思うことがあるのかもしれない。

 それでも、私は、そのままでいいと思えた。


「分かった……。よろしく」


「ありがとう……。仲間っていいよな!」


「フィリエル、ニアはこんなだから、誰かが導かないと迷子になっちゃうから頼んだよ」


「フィリエルに任せるといい。導くのは得意」


 フィリエルは誇らしげだ。

 感情に乏しいと思っていた彼女が、もう、そうは見えなかった。


 普段は甘いものに目がないフィリエルと、空気が読めない鈍感なニア。

 一方は静かで、一方は賑やかだけど、バランスがとれていて、どこか似ていて、一緒にいると心地が好いのかもしれない。


「振られなくてよかったね、ニ・ア」


「なんとでも言え」


 勝ち誇ったようにニアは胸を張っていた。

 やっぱり、どこかフィリエルと雰囲気が似ている。


 満面な笑みのお姉ちゃん。

 さぞかし嬉しかったのだろう。


 フィリエルには、ソラノアやクラウディアが付いている。私たちの知らない一面もまだあるはず。

 それなのに、お姉ちゃんは、敢えてそのことをニアに伝えなかった。


 ニアと戦った時に知った、彼女の孤独な生い立ち――劣等感。私たちはそれを知っていて、共に支え合ってきた。


 過去を越え、自分の意思で世界を広げていく闇精霊の少女が、ここにいる。


 私やお姉ちゃんがいなくなったあとも、今のニアなら、きちんとやっていける。自分の道を、もう歩き始めている。


 先へ進めなくなれば、あの子の未来も、ここで終わってしまう。


 最初から覚悟はできている。


 この地に住まう魔が、たとえ悪だったとしても――。

 それでも、私たちは止まらない。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

― 新着の感想 ―
フィリエルとニアいいコンビですね♪ やりとりにほっこりしました。 また更新おまちしてます。
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