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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第三章 舞い落ちるひとひら

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第八十一話 魂の還る場所

 丘の斜面に出た、その瞬間。

 視界は、ひらけた。


 (サエギ)るものがなくなった。

 ……というより、景色そのものが、広大な闇の中で静かに還っていくようだった。


 空が近く、地が低い。

 森の影に閉じ込められていた夜が、いま、澄み渡る。


 風が谷をなぞり、森を抜け、空へ舞う。

 何も留めず、何も選ばず、ただ、導くように――世界をなぞる律動が、私たちの感情に波を立て、震えを落としていく。


 無音と沈黙が重なり合う夜の台地。

 ここでは、星々の光さえも、宙の彼方に霞んでしまうようだった。



 広大な空を巨大な月が満たしていた。


 ――神秘的。

 それ以外の言葉は、心からは浮かばなかった。


 幻想に支配されたこの場所に、青白く冷たい月光が、こうこうと降り注ぐ。

 闇の深さを際立たせる灯りは、同時に、ほんのりとした暖かさを帯びていた。


 ……()()

 私は――違う。

 ここにいる全員の身体が、目の前の光景に、自由を奪われていた。


 丘を登り切ったその瞬間――。

 一面に咲く色とりどりの花々。

 その周辺に、透き通るような純白の光彩が、静かに明滅している。


 まるで覚えがあるかのような、懐かしさを感じる風と光の共演。

 ここに集まる光も風も、過去の痛みも――すべてこの場所に戻っていくかのようだった。


 これって、どこかで……。


「ララちゃん……。いこう――」


 考えかけたその瞬間、お姉ちゃんの手が差し伸べられた。

 私は、温かなその手を取って、奥の暗闇に一歩、また一歩と足を踏み出した。



 岩肌の空洞を抜けると、遂に丘の頂上に辿り着く。

 ――そこは、断崖絶壁(ダンガイゼッペキ)だった。


「おい、ここだけ……なんか雰囲気違くねぇか?」


 ニアがつぶやく。


 確かに、この場所だけが、世界のリズムを微かに変えている。


「ねぇ、ほら……目の前。古い石碑、文字が見える……?」


「え? な、何……?」


 大樹から射した一条の光を閉じ込めた三つの天冥の証が、静かに共鳴を始める。


「気を付けろ!?」


 ニアの言葉とは裏腹に、不思議と恐怖はなく……。

 代わりに、世界の吐いた長いひと息――深い呼吸の息吹が聞こえた気がした。


「大丈夫だよ、ニア。落ち着いて……」


「うん……。ラクラスの言う通り。魂を視る者なら、きっと感じられる……はず」


「どういう意味だ? フィリエル……」


「この国の根に沈んでいた穢れ……封印の残響。フィリエルはそう伝えたはず」


 共鳴した証はやがて一つに重なり――石碑の中に溶け込んでいく。


「文字……?」


 森と渓谷で見た、あの断片と同じ。

 そうじゃない。もっと前に――。


「わかった……!」


「「ララ(ちゃん)?」」


 お姉ちゃんとニアの声が重なる。


 そういうこと、だったんだ……。


「お姉ちゃん、ニア、この地の秩序を、思い出してみて」


「ララちゃん……、気付いたの……?」


 そうだよ、お姉ちゃん。


 境界を越えた先――。

 嘆きの谷。願いの森。祈りの峡谷。

 そして、この再生の丘。


 ここは、死と再生が交互に()()場所――私たちは浄化と穢れの循環を、肌で感じてきたんだ。


 霧と月の白。魔術と精霊。

 フィリエルとクラウディアの導き……。

 リエージュが『魔石』と『記録』の国になった理由。

 すべてが、この地の秩序として根付いていた。


「ずれているもの――その正体はフィリエルが言っていた『時間軸』……」


 さすがお姉ちゃん。察しが良い。


「だから、『この世に存在していないもの』は文字に置き換えなんてできない」


「じゃぁ、目の前の石碑は……?」


 ニアが興奮混じりに声を震わせた。


「ニア……、古代文字で唯一読めたものは?」


「あぁ……、そうか……!」


 アーカ・ルミナで唯一置換できた文字。

 それは、『古代ルナリア』の祈りの言葉。


 “ 魂は光に()()、穢れは眠りへと帰す ”


 魂を視るもの、クラウディアが求めていた答え。

 すべてが、ここで繋がった。


 届かなかった祈り、叶わなかった願い。

 過去の傷みが、今、この地に残されたんだ……。


「残されたのは魂の痕跡……。この地は『記憶と魂の回廊』――」


 お姉ちゃんの言葉に、私はフィリエルにそっと確認する。


「ねぇ、そうでしょ? フィリエル――」


「…………」


「……魂は光に還り、眠りの夜に残ったのは、この地の傷みだけ……」


 小さな沈黙のあと、彼女が返した答え。

 それは、確かに――私たちが求めていたものだった。



 ――空気がほどけ、層がほどけ、世界の境界が音も無く溶けていく。


 柔らかく、暖かい大樹の光が広がる。

 ずれていたリズムの最後の一欠片が、光の波に満たされていった――。


 その光が差す中――。

 ひとひらの白く淡い光を纏う花びらが、空からふわりと舞い降りてくる。


 光はやがてニアの両手に集まり、そっと形を変え――。


「魔石……?」


 魔石がニアの手に収まると同時に、この地を覆っていた異常な空気が、神聖で優しい気配に満ちていく。


 やがて光は落ち着き、ニアの精霊核に導かれるように、淡い光だけが呼応する。


 ――間違いない。

 光と闇が、ここで繋がったことを、胸の奥で静かに感じた。


 フィリエルが言っていた古い光精霊の記録。

 その伝承が甦った。そうとしか、思えなかった。


「なぁ……、なんか、落ち着くな――」


 ニアは、不思議そうな顔で魔石を眺めている。

 さっきまでの動揺は、跡形もなかった。


「ララちゃん、これはきっと精霊からの贈り物だよ」


 ニアの穏やかな笑顔に、口元を弾ませて喜ぶお姉ちゃん。


「なぜ、そう思うの?」


「アーカ・ルミナで見た大樹の記憶。精霊が司っていたもの――感情と調和、そして生命」


「そう……だね。でも、どうして贈り物なの?」


「こんなに優しく、そっと空から現れて……ニアの穢れまで浄化してくれるのなら――贈り物でしかないよ。かつてこの地で温かな心を通わせていた人々の祈りや願いが、奇跡を起こしたんだ」


「そっか……。私も、そう信じたいな」


「フィリエル、この石って何?」


 お姉ちゃんが聞く。


「『浄化の魔石』……この地の眠りを覚ます、始まりの鍵――」


「だから、ニアの穢れに呼応していたんだね」


「――そう。ラクラス……、石碑の文字も、読めるはず」


 石碑に視線を向けると、文字が浮かび上がる。


 “ 再生の時空(トキゾラ)が満ちるとき―― ”

 “ 天、地、冥 ”

 “ 眠れる刻印が未来を描く ”


「……眠れる刻印? 未来……?」


「ララ、この手の紋章……!?」


 浄化の魔石を手にしたニアの手の甲に、光の刻印が浮かぶ。


「天……、精霊の刻印……。冥への橋渡し」


 フィリエルはそれだけ言い、視線を丘の下の暗闇に落とした。


「なら、冥に向かうしかないな。フィリエル、案内よろしくな。おぃ、行くぞ! ララ。それと、そこの……、なんだ、メル……ト」


 ニアが照れながら言う。


 その姿に、お姉ちゃんの顔が、いつも以上に輝いていた。

 思わず嬉しそうに笑みを弾ませる――そんな表情が、私の胸に深く刻まれた。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

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最新話まで読ませて頂きました。 心に響く作品をありがとうございます。 これからの展開も目が離せません。 素敵な作品をこれからも楽しみにしてます♪ 明帆さん、ありがとうございます。
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