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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第一部 夢探し編 - 第二章 闇に架かる月
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第九話 闇に潜む影

 時刻は二時を二十分程過ぎようとしていた。


 私とリニスは時折お喋りをしながら事が動くのを相変わらず待っていた。

 隊長達はまだ戻ってこない。


「このまま、何事もなければいいね」


 リニスはずっと私に身を寄せたまま。不安が強いのだと思う。


「そうだね。今回の任務、私は戦闘に相性が良さそうだから、困ったら頼ってね」


 少しでもリニスが安心できるように、私は声を掛けた。


「うん。ありがとう。私のことも頼ってよね。私達、仲間だし、親友なんだから」


 リニスは少し笑ったが、まだ不安げに見える。


「ありがとう。傍に親友がいて、本当に心強いよ」


 私は笑みを浮かべる。けれど胸の奥では、冷たい針のような不安が小さく突き刺さっていた。


 魔力制御しているので、本当の私の実力にはまだ気付かれていないはずだ。

 でも、今回ばかりは、いつでも本気を出せるようにしておこう。


 目の前の親友と絶対に生きて帰る。ルシリアとも同じ約束をした。

 約束……。抗わずに後悔するなんて、もう二度としない。


(リニス、何かが近付いてくる)

(えっ、何?)


 リニスは気付いていない。知らせておいて正解。


(敵かもしれない。声を出さずに)

(分かった)


「誰!?」


 気配を感じ、身構える。


「ただいま。お、起きてたか。マストと一緒に今戻った」

「ラクラスさん、おはようございます」


 気のせい……?


(リニス、なんかおかしい。隊長とマストから距離をとって。そして私から離れないで)

(傍にいるね。ラクラスも気を付けて)


「こんばんは。同じ隊だね。二人ともよろしく」


 二人を見たところ、特に異常な気配は感じない。


 一瞬、首筋を撫でるような冷気を感じた。

 小さな疑念が胸をかすめる。いや、まさか……。

 気のせいだと押し込めようとした瞬間、今度は針のような視線が背中を貫いてきた。

 確信に変わった。これは――敵の気配。


「おぅ。頼むぜ!」

「こちらは異常なし。そちらは?」

「周囲の隣隊を回ったが、同じく何もなし」


 寄り道してて遅かっただけ……?

 一瞬だけ、胸の奥に絡みついた黒い糸がふっとほどけたような気がした。

 でも、その安堵は砂の城のように脆く崩れ、再び鋭い疑念が血を逆流させる。


 !!

 ――やはり、何か感じる。それも、よくない気配で間違いなさそう。


(リニス、何か感じた? これ、恐らく、危険な気配)

(ごめん。さっきと同じ。私にはわからない。でも、気を付ける。ラクラスのそれは外れるわけがないから)


(リニス、あと五メートル。十メートルは距離をとっておいた方がいい)

(分かった)


 知らない人影――いつの間に? この人が敵……?


「兵隊さん、助けてください」


 知らない人影は、急に現れては声を発するなり隊長達へ助けを求めた。


 よく見ると、いつの間にか一匹の魔物、キラーラビットが助けを求めた男を追いかけている。

 キラーラビットはどこにでもいる低級魔物。ある程度逃げて距離を取りさえしていればそのうち野に帰っていく。倒すのも簡単。そんな低級魔物を人が恐れる光景。


 冷静なら、それだけでも何かがおかしいと察しが付く。

 加えて、魔除けの結界も張り、探索魔法まで仕掛けておいたのに反応もなかった。


 そもそも厳戒態勢が敷かれているこの空間に、私たち以外の誰かが紛れ込んでいるなんて、それ自体が一番不自然だ。


「何だキラーラビットか。そんなのお安いご用です」


 ニコラス隊長の返事を待たずして、マストが答える。


 マストは周囲の警戒もせずにそのまま早々とキラーラビットの方へ意識を向ける。

 そして、マストがキラーラビットに攻撃をしようとしたその時。


「マスト、駄目。その人は……」


 次の瞬間、生温かい感触を肌に感じる。

 赤い雨――鉄の匂い。


 遅かった……。


 キラーラビットは、いつの間にか姿も形も消している。


「よぅ。またせたな」

「今の対応を見ると、誰か内通者を使って今日の事を知っていたみたいだね」


 距離にして十メートル前方、先程までキラーラビットに追われていた男が立っている。

 男の右手には鋭利な三日月型の刃物があった。

 それは赤黒い光を帯び、まるで血と闇を吸い上げる生き物のように脈動していた。

 見ただけで、喉奥に冷たい鉄の味が滲む。

 何かを斬るというより、『命を摘み取る』ためだけに存在する道具――そんな悪寒が背を走った。

 その刃からは二者の魔力の残根がまだ微かに感じ取れる。


 この男の今までの動きは完璧に追えている。そこで何が起こったか視認できている。

 マスト達を刹那に仕留めたのは間違いなく目の前の男。


 私が二人を救うにはほんの少し届かなかった。それだけが悔やまれる。


 この男は危険。ルクス達でさえ苦戦は避けられない強さだと推し量ってよさそうだ。

 そんなことはどうでもいい。リニスだけは絶対に殺させない。


(リニス、無事? 今の位置から動かないで)

(大丈夫……でも……怖い)

(任せて。絶対に守る)

(分かった。お願い……)


「そんなこたぁ、どうでもいい話。お前らはここでまとめて死ぬだけ」

「目的は? 私達のところに来たのは貴方ひとり?」

「人の苦しむ姿を見るのは、退屈な舞台に一滴の色を差すようなものさ」


「そう。じゃぁ、貴方は用済み」


 貴方は運が無かっただけ――。

 もう、貴方の強さは十分に見極めた。私の見立てに狂いはない。

 この程度なら魔力制御のままでも十分だ。


「……。おぃ。お、俺の左右の腕がない……。冗談……だろ??」

「氷になって地面に落ちていると思うけど」


 見知らぬ男の魔力流が鈍くなるのを私は捉える。

 私の言葉の意味を悟って、戦意が喪失でもしたのだろうか。

 戦意喪失のように感じるけど……。


 何か釈然としない。色んな意味で手応えに違和感がある。

 目の前の男は本当に人間?


「貴方はマストと同じ。彼等への攻撃に移る前に、私への警戒を怠った。貴方の攻撃が二人を捉えた、その一瞬。私の攻撃も、貴方に届いていた」


「お、おぃ。こんな怖え奴がいるなんて情報聞いてねぇよ。わ、分かった。話すよ。話す。悪かった。なっ。俺は死にたくねぇ」


「もう遅い。貴方は私達の仲間を既に二人も奪っている。それだけでも許せない罪。

そして貴方は、その血を浴びても笑っていられる――そんな者を生かす理由なんて、どこにもない」


「なっ、待ってくれよ。俺には家族がいて金がいるんだ。仕方なかったんだよ。な? わかるだろ?」


 男の私に対する態度は急変。同情でも誘いたいのだろうか。

 そんなことで心を乱していたら、私はとうにここにはいない。

 それくらい最初から理解して欲しい。


「今度は両足首から下を落した。これで身動きが取れないでしょ。このままここに置いて行く。私に敵意を向けたことを反省するといい。患部は氷漬け。氷が溶けない限り血はでないから安心して」


(残酷なところを見せたね。こうすることがリニスを守るのにいいと思ったから)


(気遣ってくれてありがとう。完全に敵わない相手に出会って動揺していただけ。こういうケースもいつか起こるって想定していたから。それが戦うということだから……)


(うん……)


「助けて。頼む……」

「私には貴方の事情なんて分からない。だからどうでもいい」


「そんなに怖くて冷たい目で俺を見ないでくれ。答えるから。あんたのいう通りだ。内通者から情報を得た上で敢えてお前達をこの場に誘い込んでいる。俺は内通者が誰かなんて知らねぇ。なんか実験するなら大勢いた方がいいからって雇い主がいっていたけど、おらぁ下っ端だから何もしらねぇんだ」


(リニス、この男やっぱり様子が変。警戒を怠らないで)

(分かった)


「それで? この隊には貴方一人できたの?」

「あぁ、そうだ。間違いない」


「で、雇い主は誰?」

「本当に知らねぇんだって。な?」


「そう。もういい」


 魔導書の影も形も見えない。本陣は別にある。

 他の部隊も気になるし、そろそろここを離れたい。


「ほら、ちゃんと話したぜ。な、助けてくれ」


 地面に転がる男は尚、助けを求めてくる。

 でも、それは叶わない話。


月花(ゲッカ)夢幻(ムゲン)


「冗談はよせって……。今、このまま置いて行ってくれるっていっていただろ」


「黙って。生かすか殺すかなんて話はしていない。『生きてこのまま』なのか、『死してこのまま』なのかは私が決める。後者ならこのまま置いて行く意味がない。説明はこれで足りる」


 私は冷徹な眼差しを男に向け、殺気を静かに纏う。


 ――氷華(ヒョウカ)


 血さえも凍らせる氷の華。散り際は美しく。


 男は既に氷塊。大した氷魔法ではないけれど、この程度の相手にはこれで十分。

 私は男に容赦する気も、男の存在全ての跡形も残すつもりはない。

 相手に手の内をあまり見せないようには気を付ける。


 これで終わり――。


 手にした鎌で氷塊を切り刻む。

 男には鎌の残像なんてもはや見えていない。

 例え見えても一閃した程にしか思わなかっただろう。


 それが実力差。


 これで一応第一戦は終わり。

 空には雲がかかり、月明かりは細い糸のように私達を照らしていた。

 その光は、これから起こる戦いを遠くから静かに見守っているようにも感じられた。


「リニス、怪我はない?」

「うん、怪我はないよ。ありがとう。ラクラスは本当に強いね。戦いも、心も」


「リニスも頑張ったよ。念のため、治癒魔法をかけておくね」


「怪我してないから大丈夫だよ」


「じゃぁ、おまじない」

「もぅ。心配性なんだから。じゃぁ、お願いします」


 ………。


「なぁんてな。芝居は終わり」


 リニスに魔法を掛けるため、氷塊があったところに背を向けた瞬間、倒したはずの男が私達の会話に割って入ってきた。


「う、嘘。何で生きているの……?」


 リニスが驚愕(キョウガク)の顔をしたまま立ち尽くしている。


「貴方はアンデッドでもないね。最初から違和感があり過ぎた」


 私と実力差は明白、イーリスの話が正しければ、マスト達が標的にされた瞬間決着が着いている。

 更に言えば、念には念を入れて鎌に月の浄化の魔力を纏わせて斬撃までして、その線を確かめている。


「ほぉ。街の雑魚が寄り集まっただけかと思っていたら、少しは骨がある奴がいたんだな」


 ビュゥ―。ゴオォ……。

 風が一瞬強く吹く。第二戦前の合図をしたかのように――。


「少しは驚いた?」

「余裕だな。お前は背後を取られているんだぞ」

「背後にいるくせに未だに攻撃が私に届いていないことが答えでしょ」

「いってくれる」


(ラクラス、助けて……)

(リニス?)


(キラーラビットに不意を突かれて態勢を崩された。態勢を整えてキラーラビットを仕留めようにしても攻撃が当たらない。動きが変)


「リニスに今何を?」

「俺のもう一人の仲間があんたの仲間に攻撃しただけのこと」

「仕方ない。圧氷」


 正体不明の敵が固まっていることを確実に確認して、私は直ぐ傍にいるリニスに駆け寄る。

 そしてリニスを襲った? 男が仲間と表現した魔物『キラーラビット』を消し去る。


 いつの間に現れたのだろう。気配がまるで感じられなかった。


「凍らせて動きを止められるのは読んでいたから驚かんよ。お前は少し前に、ここにいたキラーラビットが消えたと思っただろ? その通り。幻影魔法で召喚した兎だからな。囮にでも攻撃にでも使えるし、幻影を現したり、消したりも自由。便利なもんさ」


「私も、氷漬けにしたところで貴方が意識を失わないだろうと予想していた。だから、氷の密度を上げて貴方が動けないようにすることを優先した」


「ご丁寧なことを。そんなことをしても無意味だがね」

「そう。なら意味がないとだけ覚えておく。ところで、幻影魔法って魔力の気配が消せるの?」

「ご名答。悟ったようだな。なかなか優秀。()()()()()()()


 今、男の魔力の流れが鈍くなったように……。

 そういうことか、幻影は実体のない影だが、触れれば錯覚として実体感を持たせることができる。

 しかし、外から魔力の気配は感知されない。

 だから、魔力の流れなんて読めるわけがない。


 突発的に生じる魔力の気配は、術者が幻影に直接指令を与える瞬間や、幻影生成時に一瞬だけ現れる。しかしそれ以外では外部からは一切感じ取れないよう制御されている。


「見事幻影の原理に気付いたお前には、褒美にいいことを教えてやるよ。幻影を媒介にして魔力を直接対象に侵入させ、即死攻撃や支配を仕込むとしたらどう思う?」


「どういうこと? リニスは大丈夫?」


「俺はな、幻影も使えるが、生体を生きたまま操ったり、死者を操ったりもできる。しかも、相手に触れるだけでそれができるんだよ」


「リニスに外傷がないということは……」


「そういうことだ。態勢を崩させた時に触れさせてもらった。お前には俺の力が通用しないようだから、可能な限りの仕事をしたまでだ」


 キラーラビットに態勢を崩された瞬間、あの男はリニスに素早く接触していたのだ。


「ラクラス……。私はアンデッドになっちゃうの? それとも生きたまま操り人形にされてしまうの?」


 リニスの声は震え、細く、小さく、冷たい霧の中に溶けていくようだった。


「私が救う。何があっても、必ず」


 私は一歩、前に出る。足元の空気が細かく震え、指先に冷たい魔力がまとわりつく。


「救うだって? ハッ、滑稽だな」


 男は喉奥で笑いを漏らした。

 こんな絶望。普通なら男の言葉は正しい。普通なら。


(リニス、聞いて。さっきの治癒魔法に、月の浄化結界を仕込んでおいたんだ)

(え……?)

(加えて、私の闇の加護も重ねた。だから、奴の力は通らない)


(ラクラス……そんな……)

(ごめん。黙ってた。でも――これが私)

(……どんな秘密でも構わないよ。私はラクラスを信じてる)


(ありがとう。リニスは恐怖の演技を続けていてね)

(……演技、続けるね)


 リニスがぎゅっと唇を噛み、再び小さく震えたふりをした。


「いくら貴方の核を探しても見つからないわけだ。目の前の貴方自体が幻影なのだから」


 アンデッドなら核があるはず。だが、幻影には核自体が存在しない。……だから私があの男の核を探しても見つからなかったわけだ。


「そういうことだ。だから、さっき俺を粉砕しても手応えがなかったはず。凍らせた大気を砕いただけなんだからな」


「マスト達は貴方の遠隔魔法攻撃で斬殺されたってことだね」


 誰かが幻影を遠隔召喚しているなら、粉砕前の幻影だった男がいっていた一人でこの場所に来たという言葉も正論。


「正解だ。あんな瞬時に殺れたのも幻影を使えたからに過ぎない。実体であれだけの動きができるとすればそれは化物に他ならない」


 幻影は、観察者の先入観さえ操る化け物だ。

 そして、外からは魔力の気配さえ感じさせない――それが最大の脅威。


「化物……」


 私が男の幻影を粉砕したときに化物じみた動きをしている。

 でも、それについて相手が触れてこないのは不自然。

 幻影ではそこまではわからないのか……。

 この点は、一応抑えておこう。


(ラクラスはちゃんと血の通った温かい女の子だからね。独り言が聞こえちゃって)

(リニス。ありがとう)


「色々教えてくれてありがとう。貴方のお陰で色々理解できた」

「構わんよ。礼には及ばない。お前らはここで果てる運命。冥土の土産と思ってくれていい」


「それなら、ついでに教えて欲しいことがある」


「なんだ? この男の性格のことか? 最近殺した男の姿を使った余興だよ。渾身の演技をしたにも関わらず、お前達にはあまり好評ではなかったみたいだが……」


「そんなことどうでもいい。私が聞きたいのは、貴方は、死者も操れるらしいけれど、なぜマスト達を操らないのかということ。生命真理の魔導書の所持者である貴方が近くにいないから?」


「操っても操らなくてもお前に対して同じこと。彼等では役不足。無意味なことはしない。それに……、いや、もう直ぐ分かることだ」


 私は、一瞬だけ視線を横に流す。


「それに? 聞くだけ無駄だね。私達に無意味なら、他の隊でなら意味があるということ?」

「当たり前だ。そうでなければ俺達の正体を晒す危険を冒してまで、わざわざお前達をこの場所に招き入れていない」


「命を犠牲にする実験なんて許されるはずがない。私達が必ず阻止する。生命真理の魔導書もこちらへ渡してもらう」


「不可能だ。第一、お前達は私の元にさえ辿り着けない」

「そんなの戯言に過ぎない」


「光の護符が偽物で、俺がお前らの部隊に同様の幻影達を遠隔召喚すればどうなる」

「まさか!?」


 内通者によって光の護符に細工がされているとみるべき。

 考えていた最悪の事態が起こってしまった……。


 リニスが受けたような遠隔攻撃を広範囲でできるってこと?

 これは想定外。どうにかしないと甚大な被害がでる。


 触れるだけで対象を操れるのでさえ厄介。でも、それは今回使われない。

 生命真理の魔導書の実験が目的。なら、当然、本命は即死魔法とアンデッド召喚。

 遠隔即死魔法が使えて、倒した相手がアンデッドとして召喚される。


 そんな恐ろしい現実が目の前で起きているかもしれない。

 これほど広範囲に同時攻撃できるとしたら相手は相当な強者。


「お察しの通り。そうそう、幻影魔法って本当に便利でな、遠隔地にいる幻影達からその場の様子を把握することもできるんだぜ。空から全体を見渡して、交戦が確認できたらそこに幻影を送り込むって方法も使えるしな」


「私達は貴方達の手のひらの上で遊ばれていただけなんだね」

「舞台の上で愉快に踊ってくれたな、観客席から……ッ、見ていて、あぁ……滑稽だったよ!」


「実体を持つ仲間もいることは分かっている。複数の強者がいるはず――」

「お前は本当に賢いな。俺の同志が幻影みたく弱いわけがなかろう」


「目的は何?」


「それくらい教えてやろう。秘属性(シークレット)研究にサンプルが欲しい。生命真理の魔導書は死者の魔力を汚染して新たな魔力結晶体を創る秘術。つまりだ、魔力の再結晶化に伴って新たな属性を得たアンデッドが誕生したなら、シークレットに関するヒントが得られるかもしれないだろう」


「シークレットは、生まれた時に与えられた運命属性に突然追加で新たな属性を得ることによって強い力に目覚めるのが自然。後天属性を得る仕組みを人工的に創出できたとして、強大な力を得られるかどうかなんて分かるわけがない。だから倫理的に秘属性研究が禁止されているのに、貴方達はその力を得て何がしたいの」


「それこそお前に答える必要なんてない」


「そんなことのために命を軽く扱うなんて狂っているとしか思えない」

「なんとでもいえばいい。どうせお前も含めて皆俺たちの実験道具なのだから」


 道具。酷い物言いだけど、こんなことでいちいち感情的になっていてはいけない。

 悪者なんてこんな物言いなのが既定路線。


(リニス、そろそろここを離れるよ。でないとこいつの仲間やアンデッドになっているだろう元仲間達に囲まれて危険に晒される)


(うん……。私達大丈夫だよね? 目の前の現実があまりにも現実離れしていて怖い)


 私の胸が強く波打つ。呼吸が細くなる。


(生きて帰るって約束したよ。これから、さっきまで仲間だった人達と戦うけど、躊躇していたら私達が同じ運命を辿ることになる。それだけは避けないと)


(そうだね。相手は魔物。そこは割り切れるから安心して)

(分かった)


「私も貴方も目的はそろそろ果たしたでしょ? 倒せない貴方とこれ以上話をすることも、相手をすることも無いと思うけれど」


「そう来ると思っていたよ。この会話は、俺からすればただの時間稼ぎ。お前からしたら情報収集。利害は互いに一致していた。違うのは、お前達は自らが展開した次元フィールド、疑似空間の外に情報を持ち出せない。だが、俺達は実験成果を外に持ち出せる。更に言えば俺達は排除した邪魔者達も(しもべ)にできる」


「貴方達は私達が止めて見せる」


「何と思おうがそれは自由。もう直ぐ結果が真実を物語ってくれよう。お前は賢い。目の前の少女を救ったことは褒めてやろう」


「治癒魔法に細工したことを、わざわざ教えてあげる必要なんてなかった」


「どこまでもお前は抜け目がない。じゃぁ、そんな賢いお前に新たな情報をくれてやろう。生命真理の魔導書って奴は、別に即死魔法で対象を殺らなくてもアンデッドを創れる代物でな、ほら、こうやって」


 ニコラスとマスト……の姿を模した魔力結晶が突然現れた。


「これが、アンデッド召喚……」


 黒い魔力光を纏い、赤い目をした人型の魔力体がこちらの様子を伺っている。

 魔物とは比べ物にならな禍々しい魔力の流れを持っているのも召喚された瞬間に捉えている。核の存在も確認できる。


「死者の肉体や、その場に残る魔力の残根さえあれば、こいつはそれをアンデッドに変えてくれるというわけさ」


 悪い意味の情報が一つ増えてしまった。


(リニス、この召喚は幻影の男からの挑発。一掃を合図に第二戦が始まる)

(どういうこと?)


(私が瞬時に倒せる相手をわざわざ召喚するのは無意味と言っていた幻影の男がなぜそれをしたか。それは、そいつらを倒す瞬間に私達がこの場を去るためのきっかけを相手から提供されたということ)


「誘いに乗らざるを得ないね」


「せいぜい俺達を楽しませてくれ。今の召喚を同時に他所でも行った。この意味の説明はいらないな」

「必要ない」


「そうそう、お前達の仲間達の安否について。事実は敢えて伏せておこう。わざわざ俺がいわなくても気にしているだろうが、親切としてお前達にそこを意識するように仕向けておくとしよう」


(リニス、そいつの言葉は無視していい。それよりも、私に掴まって。掴まったら全力でその手を離さないように体勢を整えて)


(ラクラス、どうするの?)

(アンデッドと幻影を一撃で消す。即座に離脱して仲間と合流し、態勢を立て直す)

(分かった)


 ――呼吸を整える。


「全員が殺されているわけではないこと、それくらいは予測がついている」


 私達の眼前に今召喚されたこの幻影。これがこの戦いで相手が目的を達成するために仕掛けた本番。茶番は終わり。


 つまり、生き残ったのは――

 即死魔法を凌げる者、偶然助かった者、そして……ほんの一握りの『強者』だけだ。


(リニス、準備はいい? 絶対に守るから)

(……うん、大丈夫。ラクラスならきっと大丈夫だと信じてる)

(いくよ)


「存分に楽しませてくれよ。じゃないと、入念に舞台を用意した意味がない。寸劇の佳境はもう直ぐ。あぁ、楽しみだ。フフフ」


 リニスの手を握る。そして、強く誓う――決して離さないと。

 冷たい風が頬を切り裂く。

 それでも、私の手は温かい――絶対に守る、その熱だけは、決して冷ませない。


 目前の敵に攻撃を仕掛けた時、幻影の男は薄気味悪く笑っていた。


 こんな奴の自由にはさせない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幻影の男。 小物と思いきや、かなり厄介な相手ですね。 でもラクラスとリニスの絆が深まり、 お互い決意も固まった。 だからこんな奴に負けて欲しくないですね。
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