第八話 アトリエ平原に咲く華
ビュゥ―。ゴオォ……。
そよぐ風。ざわめく木立。そして静寂。止まる時。
ノッケルン雪山からアトリエ平原に吹き降ろす風は深夜とあってかとても冷たい。
風は時に乱暴に振舞い、時に無口になる。それを永遠と繰り返していた。
現在一時半を回ったところ。私は部隊に合流。配置で待機している。
平原は南北五キロメートル、東西五キロメートル、周囲二十キロメートル程の大きさで、中央本部から西へ十五キロメートル程移動した高地に所在している。
移動は飛行魔法が使える者は空路か陸路を選択、使えない者は陸用魔導車で移動。どちらを使っても三十分もあれば着く距離。
居住区域に属する自治体が管轄する土地では、普段は生身で空路を使うことがない。
荷物の輸送や人の移動に空路が使われているが、その場合、魔空機が使用される。
何せ生身の人が上空を飛んでいたら目立つし、空から広域魔法でも打つ者がいれば周辺区域はどうなるか。だから、生身で空路を使うためには使用許可が必要。
生身で空路を使う時は緊急事態か軍事訓練の時。それ以外では、滅多に許可がでない。
違反者がいないか二十四時間体制で監視がされているし、非居住地区でも魔物に見つかる心配もあるから、余程のことがない限り、空は使わない。
私は空に上ることができる。だから今回は空路を選んだ。
滅多に飛べないこともあるけれど、アトリエ平原は一面に色とりどりのランプ草という光草が生える観光地。
魔導機に乗らないと見られないものを見られるのだから空路一択だった。
お陰で綺麗な景色を見て戦い前に緊張をほぐせている。
同時に地形の確認と敵部隊がいないかの偵察も行ったが姿も形も無かった。探索魔法でも何も探知できていない。
現地近くでは敵に感知されないようにほとんどの隊員は低空飛行で移動していたけれど、私は能力でその必要がないことを知っていたから、こういう時は得をした気持ちになる。
私が集会終了直後に移動したからかもしれないけれど、素敵な景色が見られて良かった。
現地に早く着いたので他の隊員にお願いして、先程まで仮眠もとらせてもらった。
「ラクラス、久しぶりに同じ部隊だね。よろしくね」
仮眠から目覚めて横になっていると、聞き覚えのある女の子の声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにはリニスがいた。リニスと組むのは三回目。火属性の使い手リニスとの連携も少しは取れる仲でもある。
「リニス。部隊表をみて会えるのを楽しみにしていたよ」
暗がりにまだ目が慣れていない。
周囲もはっきりと見えていない。
そのような状況にあって、リニスが微笑んでいるように感じた。
私に話しかけるその口調が、あまりにも優しすぎたから――。
「うん、私も」
「ところで、他の皆は?」
「えとね……、ラクラスが寝ている時、大体三十分程前に、小隊長のニコラスとマストは周囲の様子を探りに行くといってここを離れたよ。だから今は留守。私一人で待機中」
「そっか」
「二人とも戻ってこないしお話でもしてよっか」
「そうだね……。リニスと出会ってもう三年になるね」
「うん。ラクラスも、もう十二歳。私も十四歳。早いね」
「そうだね。私達は年齢が若い組だけど、経験はそれなりになったね」
「ほんとそう。私達が治安維持の仕事に就いてからはSの仕事なんて初めてだから緊張するな」
「リニス、無事に帰ろうね。帰ったら今度ご飯でも一緒に食べよう」
「うん。北支部は西支部に比べたら比較的穏やかだから、早上がりの日も多いんだ。だから、ラクラスの仕事が早く終わったら連絡してね」
「わかった。そうするね」
「うわっ。さむ」
ひと時の温かな会話を遮るように、冷たい風が吹いた。
外の暗さにもすっかり目が慣れて、リニスのサイドポニーの赤い髪が風に揺れた姿もはっきりと見えた。
月明かりの反射した赤い髪が、とても綺麗だった。
「ほんとに寒いね」
「えぃ。ラクラスにくっついちゃえ」
温かい。なんだかほっとする……。
!?
「リニス、そこはあまり触らないで……。……小さいし」
「何の話? 私見えてないよ?」
あぁ、しまった。つい……。
「そこは……、私の胸」
「あぁ、ごめん。えと……、大丈夫。これからが本番??」
ごめんなさい。変なフォローさせちゃって。
リニスがまじめで良かった。これがエリオンのような性格の人なら……。
「えと、大丈夫。私が変なこといったから……」
何かちょっと恥ずかしい。
「でも、なんかちょっと嬉しいな。普段会う機会が少ない歳の近い子と話せて嬉しいのもあるけど、ラクラスと話すのはそういうの関係なくて温かい気持ちになるな」
「私も嬉しい。リニス、ありがとう。私も色々あったけど、この仕事に就いてからは沢山の出会いがあって、今もそれが続いてて、これからもこんな嬉しい出会いが続いて行けたらなって思ってる」
「私とも、これからも親友でいてね」
私とリニスはお互いに顔を会せて笑顔。
こんな私にもいつのまにか沢山の友達ができている。
だからかな、リアンとアリヴィアのような別れにはさせたくないし、そんな経験は決して繰り返したくない――。
もし、あの時と同じことが今ここで起こったとしたのなら、今の私は、寂しい気持ち、悲しい気持ち、私の運命を呪う気持ちとか色々な気持ちがあふれてくるに違いない。
この仕事を選んだからには覚悟を決めている。
だからといって、リアンとアリヴィアとの約束は揺らがない。
だけど、私は人としての感情を大切にしたい。
今はそう思える。
「うん。こちらこそ」
「ところでリニス。お返し」
あれ? 私こんなことする人だっけ? まぁいいか。
「もぅ、ラクラス。どこ触ってるの」
「大きい。いいな」
ふくよかで柔らかな感触。私より二歳年上。その分成長しているに違いない……と解釈しておこう。
「親友ならではのスキンシップ!」
真面目なリニスにこんなことしたのって私くらい? リニスは頬を膨らませているけど、目は笑顔。冗談が通じているからいいことにしよう。
エリオンの性格が移ってきたかな?
「はいはい。そういうことにしておくね」
「リニス、今何時かな?」
「もう直ぐ二時。いよいよだね」
リニスの声に少し緊張が戻ってきた。
「そうだね。私の探索魔法にはまだ反応がないみたいだけど」
「そっか。うちの隊に、ラクラスのような高度なレアスキルを使える親友がいてよかった。まだ心の準備ができるってものだよ」
「そういってもらえると良かった」
「ところで、隊長達まだ戻らないね」
「そうだね。私ほとんど寝ていたから、他の二人と全然話もできていない」
「仕方ないよ。今回は特別な任務だもの。体調は万全にしといて正解だよ」
「即死魔法なんて聞いたらそれだけで驚くのに、更にアンデッドまで……」
「普通ではないよね。私達生き残れるかな? 勿論、自分が選んだ道で覚悟はしているけど、怖いものは怖いな」
「それが普通だと思う。怖さがなかったら生きるために必死にならないと思う。命の重みも理解できないし、覚悟もできないとも思う」
「共感してくれてありがとう。町も私達の友情も約束も、ぜ~んぶっ、一緒に守ろう」
「リニス、一緒に生きて帰ろう」
「うん、絶対に生きて帰ろう。ラクラス、約束だよ」
私とリニスは顔を見合わせ、お互い緊張感を持った面持ちで軽く頷いた。
それからしばらく沈黙が続き、時間が流れた。