第十話 瑠璃の髪が揺れた夜(完)
アリヴィアは魔力を手元に集中させ、二人を囲むように結界を作り上げる。
結界が空間を隔て、外界の影響を遮断する。
世界は静けさに包まれて、二人の意識だけがそこで交錯する。
「ミスティア、私の本当の名は……アリヴィア。光の加護、生の祝福、光と陽、水の力を宿す秘属性――」
ミスティアはその言葉を噛み締め、頷く。
「あなたの覚悟は受け取った。名を教えてくれてありがとう、『アリヴィア』。わたしは森羅万象の加護を持ち、雷属性以外の魔法を使える宝石の守り手一族の姫」
「森羅万象……雷以外……。もしかして、生まれながらに失うと言われている『代償』って……まさか雷属性のこと? だとしたら、最初から何も失っていないのと同じ……」
「あなたも大概ね。秘属性って、この世の禁忌でしょう? その歳でどうしたら目覚められるの?」
二人の間に短い沈黙が流れた。
その沈黙は、互いの決意を確かめる静寂でもあった。
ここには、外界の音や風の気配は届かない。
ここは、心と心のやり取りだけが許された場所。
魔力が静かに空間を震わせ、戦いの前触れとして、青と光の気配が結界内に満ちていく。
広間を閉じ込めた結界内部。
静寂を切り裂くように、ミスティアが背中の鞘にゆっくりと手をかけた。
白く細い指が柄をなぞり、優しい仕草で流れるように大剣の刀身を引き抜く。
剣身が空気を裂く瞬間、虹色の光が周囲を包み、微細な光の波紋が床に広がった。
「……来る」
アリヴィアも剣を構える。
研ぎ澄まされた光を纏う刃先が、小刻みに震えた空気を切り裂いた。
戦いが始まる前の緊張感に小さく乱れる呼吸。
刹那に走る鼓動の高鳴りを感じながら息を整える。
互いの視線が交わる瞬間、空間そのものが張り詰めた。
最初に動いたのは、ミスティア。
虹の剣閃が鋭く走り、アリヴィアの刃へ叩き込まれた。
重い衝撃が足元を震わせ、石板にひびが走る。
剣と剣がぶつかるたび緊張が迸り、空気の振動が広間を揺らした。
一太刀目は探り。すぐに間合いを取り直す。
次の一閃、虹の剣に生じた僅かな揺らぎ。
アリヴィアはその隙を逃さず、光を注ぎ込み、鋭く切り返した。
火花のような魔力の残滓が舞い、白銀と虹が絡み合う。
剣先が掠れるたび、共鳴の音が幾度も重なり、広間の空気は押し潰されそうに軋んでいた。
光と虹が交わるたび、天地が揺れるような緊張が張り詰め、結界全体が鳴動する。
ミスティアは力を増し、斬撃に次々と属性を織り込んでいく。
氷の霧が床を凍らせ、炎が天井を舐め、陽光が壁を焼く。
広間は一撃ごとに異界へと姿を変えた。
「……っ」
アリヴィアの手首に走る震え。
受け流した刃の衝撃が腕を痺れさせ、握った柄を汗ばませる。
肺の奥まで焼かれるような呼吸の重さ。
視界の端が揺らぎ、極限に近い緊張で心臓は爆ぜそうに脈打つ。
それでもアリヴィアは一歩も退かない。
踏み込み、受け止め、綻びを探り続ける。
肉体の力は互角、魔力の圧ではミスティアが勝っている。
アリヴィアが上回っているのは剣圧の極致を制御する冷静さ。
全体がよく見えていたアリヴィアは気付いていた。
多属性の奔流は力強いが、混じり合うがゆえに微かな『歪み』を孕むということに――。
その微細な狂いを最も敏感に捉えるのが、光ということも。
だからこそ、アリヴィアは確信していた。
ミスティアの迷いごと、その全てを斬れるということを。
「……負けない」
アリヴィアが踏み込む。光の刃が七色のうねりを裂き、その隙間へと食い込む。
ミスティアの青い瞳に一瞬、迷いの影が落ちた。
剣戟が続く。
衝突のたびに腕の骨が軋み、呼吸は荒れ、汗が頬を伝う。
心臓の鼓動が耳を塞ぎ、全身を締め付ける。
少しでも意識を逸らせばただでは済まない――その実感が、アリヴィアを極限まで研ぎ澄ませていった。
壁も床も淡い光に縁どられ、粒子がゆるやかに舞い落ちる。
まるで時の流れさえ薄れ、ただ二人の剣だけが現実を刻む。
やがて――ミスティアは大きく息を吸い込む。
プリズマティック・イデア・ソードの刀身が震え、虹色の彩光が収束する。
八属性の力が一本に凝縮し、天地の理を削り出すような圧力を生んだ。
「イデア・ブレイク……!」
空白と共に、世界が反転した。
広間は『崩壊の未来』へと傾く。
虹の根源が咆哮し、結界の広間全体を押し潰した。
視界が七色に塗り潰され、床も壁も天井も存在の境界を失う。
音もなく、ただ存在そのものが削り取られる錯覚。
その理不尽なまでの究極性。
真正面から受ければ、どんな存在も消し飛ぶ。
アリヴィアの肌を刺す光粒は、触れただけで希望の理を根絶する絶望の暗闇だった。
「……そういう力だからこそ、私は斬れる――終わらせる」
アリヴィアは深く息を吸い、不死滅楽剣を正面に構える。
光を極限まで収束させ、ただ一条の刃として放つ。
足裏から伝わる石板の振動、背筋を軋ませる衝撃、血管を裂くほどの重圧。
視界が暗転しかけても、なお揺るがぬ剣筋。
瑠璃の髪が揺れ、白銀が激突した。
虹が世界を断ち、光がその流れを捉える。
轟音が広間を裂き、石板が粉砕され、結界の膜が悲鳴をあげて歪む。
閃光に焼かれ、呼吸すら許されない。
死と生の境界が曖昧になるほどの緊張が全身を引き裂いた。
それでも――アリヴィアは確信していた。
多属性の衝撃は収束の一瞬に必ず不安定を抱く。
そして光は、その一瞬を最も正確に捉えると。
「ッ……!」
ミスティアの瞳に走る震え。
その迷いを突き、アリヴィアの光刃が七色の本懐を切り裂いた。
凄絶な衝突――。
森羅万象が奏でる世界の摂理が弾け散り、衝撃が広間を揺さぶる。
残光が渦巻き、やがて凪のような静けさが戻った。
削り切った末に生まれた差は、声にもならず沈黙の中に漂った。
光が消え、ただ静寂だけが結界に残った。
二人は剣を下ろし、荒い息を重ねながら、しばし無言で立ち尽くす。
熱を帯びたアリヴィアの呼吸と、凍りつくほど静かなミスティアの吐息――体温さえも対極のまま、確かに同じ戦場を共有していた。
その沈黙は、敵意の残滓ではない。
互いに極限を知ったからこそ心の奥に芽生える確かなもの――。
「……いつか、あなたの横で肩を並べて戦ってみたい……。ありがとう――アリヴィア」
視線に宿る静かな確信が、言葉以上に強く響いていた。
敵として交わった刃が、今では未来を共に刻む誓いに変わった瞬間だった。
剣先はもう振るわれない。
広間を満たすのは、澄んだ声と静かな余韻だけ――。
ひび割れた石板、散った光の粒だけが、戦いの痕を静かに刻んでいた。
――そしてその残光は、ふたりの心を隔てていた壁までも、音もなく溶かしていた。
日が傾き、夜の気配が城を包む。
外に出ると、夜空には淡く光る星々が広がっていた。
戦いの熱気はまだ残っている――けれど、心は静かで、そして、温かい……。
この夜の出来事が二人の絆を結び、未来の道を柔らかい希望で満たしていた。
アリヴィアとミスティアの出会いと絆の物語はいかがでしたでしょうか。
『強さ』をテーマに、心と心、剣と魔法を交わして紡いだ友情。
ぶつかり合って響き合ったその音の余韻を心に灯していただけたのであれば嬉しく思います。
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