表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 番外編 - 青色の宝石と海色の秘密
77/79

第九話 立ち向かう勇気

 ミスティアは視線を床に落としたまま、しばらく言葉を失っていた。


 胸の奥で、これまで必死に押し込めていた感情。

 それがわずかに溢れ出すのを感じていたからだ。


 誇り――そして孤独。

 守るべきものへの責任感と、失った過去の痛み。


(……こんなこと、誰にも……見せちゃいけない……)


 アリヴィアの柔らかな言葉と優しさを含む視線に触れるたびに、その想いが少しずつ弱まり、形を変える。


 震えた唇。微かに漏れる吐息。

 ーー長く溜め込んだ緊張の糸が解かれていく。


「……アリヴィエール……」


 ミスティアがふたたび言葉にしたアリヴィアの名前。その声はまたも小さい。

 それでも、これまで閉ざされていた『心の扉』を、そっと押すきっかけになった。


 アリヴィアはわずかに微笑み、無言で頷く。

 その仕草だけで、ミスティアは()()()()()()()気持ちを覚えた。


 指先の力が抜け、肩の緊張が和らぐ。

 目の奥に潜んでいた警戒心と恐れが、ほんの少しだけ、温かな安心に変わった。


 その変化は小さく、誰の目にも気付かれないかもしれない。

 しかし、二人だけには確かに感じられる、微かな()()だった。


 城の静寂の中で、互いの『存在』が、言葉以上の意味を持ち始める。

 失われたものの痛みも、守るべきものの重みも、少しずつ共有されるような、静かな『理解』――。


 ミスティアは深く息をつき、ようやく顔を上げた。

 青い瞳はまだ揺れているが、その奥には、穏やかに揺らぐ波のような海色の優しさがほんの少し漂っていた。

 それは、これからの戦いや日常の中で、確かに頼れる者の存在を受け入れた『証』だった。


 アリヴィアの冷ややかで鋭い一撃は、心理的な防壁を粉砕し、二人の心の距離をわずかに縮めた。

 そしてその余韻は、これからの城内での時間に、微妙な緊張と共に温かみをもたらすのだった。



 ミスティアは小さく息をつき、視線をアリヴィアに向けた。

 指先はまだわずかに震えている。けれど、その震えの奥には、今まで押し込めてきた想いが籠っていた。


「……私、ずっと……独りで抱えてきたの」


 声は震え、言葉を紡ぐのも辛そうだった。


「家族を守るって……ずっと思っていた。だから、誰にも『弱さ』を見せちゃいけないって……でも……」


 言葉は途切れ、ミスティアは肩を小さく震わせた。


 アリヴィアは静かに、その背中に視線を落とす。

 慰めるでも、遮るでもなくーーただ、()()()()()()()()立っていた。


「でも、あなたと歩いて……少し……気持ちが楽になったの」


 ミスティアの青い瞳から零れた一滴の粒。


「誰かに頼ることって、恥ずかしいことだと思ってた……でも……」


 アリヴィアはそっと微笑む。

 柔らかく、そして、力を帯びた笑顔。


「弱さを見せることは、恥ずかしいことじゃないわ。むしろ、『強さの一部』よ」


 その言葉に、ミスティアはゆっくりと息を吐き、少し肩の力を抜く。

 これまで抱え込んできた孤独や責任の重みが、わずかに和らぐ感覚。


「……ありがとう……アリヴィエール」


 互いの間に、言葉の代わりに理解が流れる。

 沈黙の中で共有される安心感。


 それは、城の静寂にも負けない、確かな『絆』の始まりーー。


 ミスティアの肩の緊張が少し解けた瞬間、アリヴィアはその隙を逃さなかった。

 そして、静かに、確実に、心理の奥底に言葉を突き立てるように問いかける。


「ねえ、ミスティア……本当に、守るべきものを守れていると思う?」


 その一言に、再びミスティアの表情がわずかに曇る。

 青い瞳の奥に、『自己否定の影』が揺れた。


「……え?」


 声が弱く震え、思わず口ごもる。


「あなたは国や家族を守る者だと言ったわね。でも……その守るべきものに、まだ届いていない不安や恐怖を抱えている。隠そうとしても、隠せないものがあるんじゃない?」


 アリヴィアの言葉は優しく響くが、胸に突き刺さる刃のように鋭い。


 ミスティアは一歩、足を止め、視線を地面に落とす。


(――守る者としての誇り。だけど、私もまだ不安で……)


 沈黙が長く流れ、鉱山の冷気と城内の温かさが交錯する中、ミスティアの心は揺れ続ける。

 アリヴィアがミスティアに近付き、低く(ササヤ)くように言う。


「弱さを認めることは、決して負けじゃない。むしろ、それを抱えてなお進む者だけが、本当の強さを手にできるのよ」


 その言葉に、ミスティアの瞳からふたたびわずかな涙が零れた。


 それは決して屈服(クップク)の涙ではなく、心の奥で閉ざしていた感情が初めて顔を出した瞬間だった。


 アリヴィアは冷ややかな瞳を向けたまま、確かな手応えを感じる。


(やっぱり……揺らせば、本音は必ず零れる……)


 ミスティアは(マブタ)を伏せ、静かに息を吐いた。

 胸の奥で凍りついていた影が、アリヴィアの言葉で微かに揺れ、痛みとして浮かび上がる。


「……アリヴィエール」


 声には弱さだけでなく、微かな決意を帯びていた。


「あなたの言葉で、自分の弱さに気付かされた。でも……全ては受け入れられない」


 青い瞳が光を取り戻し、涙を(ニジ)ませながらも視線はまっすぐアリヴィアを捉える。


「だって――もし本当に、あなたが失い、痛みを背負い、誰かに頼りながら、それでも強くなれたというのなら……わたしに、その強さを見せてほしい」


 アリヴィアは静かに息をつき、唇に僅かな弧を描いた。


「……いいわ。ミスティア。私が生きている意味も、ここに在る強さも――その、()()()を見せてあげる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ