第六話 強さと孤独
アリヴィアの瞳が、じっとミスティアを見据える。
「ねえ……その強さって、誰のためのものなの? 本当に家族のためだけ?」
ミスティアの肩がわずかに震え、視線を逸らす。
「……そんなこと、簡単に言えるものじゃない!」
声には怒りと戸惑いが混じる。
アリヴィアはゆっくり近付き、確信を帯びた低い声で囁いた。
「でも、見ていると分かるわ。あなたの誇りと強さの影には、恐怖と孤独が隠れている。守る者の役割を演じるたびに、心の隙間を見せないようにしている――その隙間を、私は知っている」
ミスティアの瞳が揺れ、唇がわずかに震える。
「……何よ、その言い方……まるでわたしの心を見透かしたみたいじゃない!」
ミスティアの声は震えていた。
その動揺こそ、アリヴィアの言葉が正しいことを示す答えだった。
アリヴィアは静かに微笑む。
「見透かしているわけじゃない。ただ、誰でも抱える弱さに気付いただけ。逃げたくても逃げられない……その痛みは、私にもわかる。だから、あなたの強さは『本物』だって思うの」
ミスティアは怒りと悔しさで口を噤むと同時に、心の奥で何かが崩れる音を聞いた。
「……っ……」
小さく息を吐くその音は、孤独と誇りが交錯する音だった。
アリヴィアは少しだけ距離を取り、声を柔らかくする。
「でもね……その強さも、誇りも、誰かに認めてもらえなければ、時に重荷になる。あなたはそれを背負いすぎている」
ミスティアの瞳が一瞬潤む。
それでも、青く光る瞳はすぐに鋭さを取り戻す。
「……重荷だって? それが、私の選んだ道よ!」
震えた声には、否定の力が満ちていた。
アリヴィアは静かに頷き、言葉を続ける。
「ええ、分かるわ。でも、誰かにその重荷を打ち明けることで、少しだけでも心が軽くなることもある。あなたの孤独も、恐怖も……私は知っている。だから、その痛みを避けて生きる必要はない」
二人の間に再び沈黙が落ちる。
城の静寂に、互いの呼吸と心拍が微かに響く。
心理の火花は消えない。
――次の瞬間。
互いの弱点と誇りを確認し合ったまま、ミスティアの瞳に、わずかな覚悟と反発が交錯する。
「……あなた、本当に外から来ただけの子どもなの……?」
アリヴィアの唇が、静かに歪む。
「そうよ。だけど……それでも、見えるものはあるの」
言葉にならない問いと答えが二人の間に交錯する。
城の温かな光と冷たい影の中で、心理戦はまだ終わらない。
むしろ互いの心の裂け目は、さらに広がろうとしていた。
ミスティアは肩の緊張をぎゅっと強め、視線を鋭くアリヴィアに向けた。
「……外の子どもに、わたしの心を測れると思ったら大間違い!」
声には怒りが込められていた。
それでも、その奥の触れられたくない痛みは隠せない。
アリヴィアは微かに微笑み、ひるむことなく応じる。
「わかっているわ。だからその反応が面白いの。強がるほどに、本音が浮き上がってくる――その隙間が、あなたの弱さでもあり、誇りでもあるのね」
ミスティアの手がわずかに震え、指先が軽く握り拳になる。
「……馬鹿にしないで! わたしは……わたしは、この国を、家族を守るために……!」
叫ぶような声の底に、抑えきれない孤独と恐怖が混じる。
アリヴィアは一歩だけ近付き、低い声で言う。
「ええ、それはわかってる。だから聞きたいの――その強さの裏にあるもの、誰にも見せられないもの、認めたくない弱さ……。それを抱えたまま、どうして私が『ただの子ども』に見えるの?」
ミスティアの目が揺れ、呼吸が止まる。
胸の奥で、誰にも言えなかった感情が、熱い波のように押し寄せる。
「……っ……!」
言葉にならない叫びが、唇の端から零れ落ちる。
アリヴィアはその瞬間を見逃さず、鋭く言葉を重ねる。
「見せたくないのね。でも大丈夫、ここでは誰もあなたを責めない。恐怖も孤独も、全部を抱えたままでいい――ただ、それを認める勇気を、今、私に見せてくれる?」
ミスティアの瞳が青く光り、心の中で抗う。
「……認めなさいって……それでも、わたしは……!」
その言葉は、強さと孤独が交錯した矛盾の中で止まり、沈黙に変わる。
アリヴィアは静かに一歩引き、小さく微笑む。
「そう、あなたは強い。でも、強い人ほど痛みに敏感で、弱さに正直になれない――だから面白い」
二人の間の緊張の糸がさらに張り詰める。
言葉ではなく、視線が交錯し、互いの心の奥底を探り合う。
静寂の中に心理の火花が散り、やがてどちらが先に心を崩すのか――その決着は、まだ見えなかった。