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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 番外編 - 青色の宝石と海色の秘密
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第四話 挑発と応酬の心理戦

 静寂に満ちた城内は、柔らかな光に包まれていた。

 しかし、その空気は重たく張りつめていた――。


 肌に感じる圧を感じながら、アリヴィアが一歩を踏み出した。

 そして、低く、挑発を帯びた声で問いかける。


「守るものがある人って、強そうに見えるけど……本当にそうかしら?」


 ミスティアの眉がわずかに動く。

 視線を逸らすことなく、青い瞳をアリヴィアに向ける。


「……あなたには、そう見えるのね?」


 声には微かな鋭さが混ざる。

 しかし、それは怒りでも恐怖でもなく――守るものを守りきれる者の自負。

 アリヴィアはそのわずかな動揺さえ見逃さない。


「守るための力って、時には……足枷(アシカセ)になり得るでしょう? 逃げられない、背負わなきゃいけないって。重くて、窮屈(キュウクツ)で……」


 言葉の一つひとつが、ミスティアの胸に小さく刺さる。

 しかし、すぐに彼女は顔を上げ、鋭く言い返す。


「……あなたには、わからない。守るということの意味が。失ったことの痛みも、守れたことの温かさも」

「わからない……かもしれないわ」


 アリヴィアは微かに微笑んだ。

 しかし、その目は決して笑っていない。


「でも、失った痛みを知っている者は……逆に、守ることの重さも、羨望(センボウ)も手に取るように見えるものよ」


 アリヴィアの言葉に反応し、ミスティアの拳にわずかな力が込められる。

 その変化を見逃さず、アリヴィアは目を細めた。

 さらに一歩、距離をつめる。


「あなたは、守ることを誇りにしている……それは認める。でも、誇りだけで心が満たされる? 誰かのために生きて、自分を削り続けても壊れずにいられる?」



 感情を裂く鋭い問いに、ミスティアの呼吸が一瞬乱れる。

 青い瞳に、わずかな戸惑いと、反発が混ざり合う。


「……私は――」


 言葉が止まる。

 アリヴィアは静かにその沈黙を見守る。


「あなたも、守るために心の一部を置き去りにしているのね……それでも胸を張れる。強いわ、(ウラヤ)ましいくらい」


 微かに震える唇に、言葉にできない思いが(ニジ)む。

 二人の間の空気は冷たくも鋭い、心理の隙間に差し込む言葉の応酬と化していた。


 アリヴィアの視線が、ミスティアの肩に微かな力の入り方を捉える。

 その動きを見逃さず、低く静かな声で一歩踏み出す。


「守るって……誰のため? 本当にその人たちのためだけ? それとも、失いたくない自分のため?」


 ミスティアの目が鋭く揺れ、言葉を探す。

 その背後には、守る誇りと同時に隠してきた不安がちらつく。


「……自分のためだなんて、思ったことは――」


 しかし、声が止まる。

 否定したいのに、完全には否定できない。

 アリヴィアは微かな笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。


「自分を守るために誰かを守る……そんな矛盾を抱えていると、重くて苦しいでしょ? でも、それがあるから、あなたは強く見える」


 拳を握り瞳を逸らすその仕草を、アリヴィアは見逃さなかった。


「それにね、守るって言葉で自分を飾っても……心は正直。怖いのよ、失うことが」


 アリヴィアの声は優しい響きながら、心を突く言葉となる。


「怖くて、たまらない。でも、誰にも見せられない……そうでしょ?」


 小刻みに震える肩に、孤独が滲む。

 ミスティアは唇を噛むが、言葉は出ない。

 その沈黙を、アリヴィアは満足げに見つめる。


「ねえ……強くて立派なあなた。でも、その強さの裏には、見せたくない弱さがある。独りで抱えた痛みが誰にも知られないままあるの」


 瞳が揺れ、指先がわずかに震える。

 その動きから、アリヴィアは心の裂け目を読み取り、さらに胸に突き刺さる言葉を投げかける。


「守るものがある人は素晴らしい……でも、そのために、自分を壊してしまうこともある。そうでしょ?」


 ミスティアの目に、初めて見せるような迷いが浮かぶ。

 誇りと孤独、強さと不安――交差する感情が、静かな城内に張り詰めた空気として残る。


 二人の間には、心を突く言葉が交差し、互いの心の奥を穿つ。

 勝ちも負けもない、しかし確実に互いの弱さを覗き込む――そんな、冷たくも熱い心理の駆け引きが続いていた。


「……言い訳ばかり……」


 ミスティアの声は低く、震えるようでいて、意地を張るような硬さもあった。


「誰かのために守っている……確かに、そう思っていた。でも、強くなければ守れない」


 アリヴィアはその言葉に微笑む。


「守れないことを知っているのに……それでも、守ろうとするの? 怖くないの?」


 ミスティアの指先がわずかに震え、肩もわずかにこわばる。

 その微細な動きに、アリヴィアは即座に反応する。


「怖いんでしょう……。失って、壊してしまうことが。だから、自分を強く見せている。でも、心の奥では、誰かに頼りたいんじゃない?」


 ミスティアの瞳が一瞬逸れ、唇が固く結ばれる。

 アリヴィアがさらに踏み込む。


「守るための強さと、守れなかった後悔。その重さは同じよ。知っているわよね? そういう痛み……」


 胸の奥で小さく何かが折れる感覚に襲われる。

 ミスティアはその衝撃に思わず足を止めた。


「……あなたには、わからない……」


 震える声が漏れる。

 誇り高き守護者の盾の隙間から、初めて弱さが覗いた瞬間だった。

 アリヴィアは静かに一歩近付く。


「わからない、かもしれない。でも……見えるの。誰にも見せられなかったその痛み、隠した涙……全部」


 ミスティアの視線が揺れ、青い瞳に迷いの灯が揺らめいた。

 その隙間に、アリヴィアの言葉が小さな種のように落ちる――。

 自分が守る者として背負う孤独と恐怖、それに伴う矛盾。


「だから……私は、あなたを試しているのよ」


 アリヴィアの声は柔らかいのに、冷たさを帯びている。


「本当に守る覚悟があるのか。強さの裏に隠された弱さに向き合えるか――その答えを」


 ミスティアの肩がわずかに揺れ、拳は自然と握りしめられる。

 言葉ではなく、沈黙の中で互いの心が試される。

 城の静寂が二人の心理戦を増幅し、空気はますます張り詰める。


 ミスティアの胸の奥で、怒りと羞恥(シュウチ)が混じり合う。


「……試す? あなたに、私の何がわかるっていうの!」


 声には必死に張った力が宿る。

 背中を正し、瞳に光を宿すその様は、まるで氷を(マト)った戦士のようだった。


「わかるわ……。見えないふりをして、守るふりをしているその姿、その全てが」


 アリヴィアの声は柔らかい。

 しかしその言葉は、氷の矢のように心の奥を突く。


「……守るふり? 私は、誰よりもこの国を、家族を守ってきた!」


 言葉の裏に、焦りと動揺が微かに滲む。

 手の震え、肩のこわばり、ほんの一瞬の視線の逸れ。

 アリヴィアは見逃さない。


「ふふ……守ろうとして、失ったことはない? 怖くて、涙を隠して、強がったまま歩いたこと……ない?」


 問いかけは刃のように鋭い。

 その言葉が胸を貫き、誇りの奥にある弱さを暴く。

 ミスティアは唇を噛み、視線を外す。


「……そんなことない! 他人に、私の弱さを見せるわけにはいかない!」


 しかしその必死の否定こそ、アリヴィアに隙を与えた。


「見せないのは当然よ。でもね、隠しているその姿こそ、本当のあなた。誰も守れなかった痛みがあるからこそ、必死で守ろうとしている」


 アリヴィアは一歩近付き、心理の隙間に差し込む言葉を投げかける。


「……あなたに、私を理解できるの?」


 ミスティアの声はかすれ、震える。

 誇りと孤独が交錯する瞬間だった。


「理解するしないじゃない。見えるの、あなたが抱えている痛みも誇りも。だから、私の問いに答えなさい――あなたは、本当に守れる強さを持っているの?」


 沈黙が城内に重く垂れ込み、青い瞳に躊躇(タメラ)いの影が落ちる。

 拳がぎゅっと握られ、誰にも触れられたくない弱さと向き合う瞬間が訪れる。

 アリヴィアは冷ややかに微笑む。


「答えは、自分で出すものよ。強さと弱さ、痛みと誇り……全てを抱えた上で、それでも守る覚悟があるのか――ね」


 鉱山の冷たい闇と城の温かな光の狭間で、二人の心は言葉と沈黙の応酬に巻き込まれ、互いの弱点を一歩ずつ(エグ)り合う。


 ここから先、どちらが心理の主導権を握るか――静かで恐ろしい戦いの幕が上がった。


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