第三話 冷たい瞳が映す意思
アリヴィアは城内を進みながら、わざと歩調を合わせ、隣を歩くミスティアの仕草を細部まで観察する――眉の揺れ、指先の緊張、わずかな息の乱れ。
(この子は、家族と国を背負っている……。なのに、私を子ども扱いしない。不思議――)
胸に小さな棘が突き刺さる。
ミスティアの瞳に宿るのは、警戒と好奇の微妙な揺らぎ、そして外から来た者を測る冷ややかさ。
「ねえ、この城って……静かすぎる気がするわ」
柔らかな声に、わずかに挑発の響きが混ざる。
ミスティアは一瞬答えを迷い、視線を巡らせた。
「……慣れているの。みんなの声が穏やかだから、外から見ると静かに見えるだけ」
言葉に隠れた逡巡を、アリヴィアは見逃さない。
首を微かに傾げ、視線を窓の外に逸らすふりをしながら、小さな棘をさらに投げかける。
「適任者は他にもいるのに、どうして子どものあなたが案内役なの?」
その一言で、ミスティアの青い瞳が一瞬鋭く揺れる。
足取りは乱れないが、肩にわずかな緊張が走った。
(子ども……? 私はこの国と民を守る者なのに……どうして、外から来た子どもに、そんな風に見られなければならないの?)
「……中央の使者を迎えるのは、わたしの役目。あなたには、少し物足りなく映るかもしれない……でも、守る者だから」
その言葉で、アリヴィアは微かな揺らぎを瞬時に察する。
肩のこわばり、指先の震え。小さな綻びを確認し、ひそやかに影を落とす。
視線の奥に潜む鋭い意図は、水面のさざめきのように、ミスティアの心を揺らした。
アリヴィアの存在そのものが、わずかに圧迫感として伝わる。
短い無言の間を挟みつつ、彼女は言葉の余白を巧みに操作し、相手の内面を探る。
「守る者……。立派だと思うわ。でも――」
視線は城の奥、光に照らされた『家族の温かな日常』へ向かう。
「それって守るべきものがある人にしか、与えられない役目じゃない?」
挑発の言葉に、ミスティアは足を止めた。
青い瞳に、誇りと同時に触れられたくない痛みが潜んでいる。
「……あなたには、守るものがないの?」
低く沈む声が、アリヴィアの胸を鋭く打つ。
しかし彼女は動じず、過去の影をたどる。
「私には……もう、何も残っていないわ。全部奪われたから。守るものがあるって、きっと幸せなのね」
その声の奥底には、焼け落ちる家と赤い悪魔の嘲笑、孤独と恐怖に押し潰された記憶が灯る。
羨望と怒り、深い痛みと冷たさが混じるその声に、ミスティアは息を詰まらせた。
自分の守るものの温かさが、同時に誰かにとっては失われた幻であることを突きつけられたのだ。
(……羨ましい、だなんて……。『失った者』にしか言えない言葉。返す言葉が、わたしには――)
ミスティアの指先がほんのわずかに硬直し、肩が緊張する。
唇が震え、目線を伏せた。
心の痛みが、音も立てずに言葉の隙間を突いてくる。
その沈黙を、アリヴィアは冷ややかな瞳で見据えた。
まるで気配のない森の中で、相手を誘い込むような目。
圧力は存在そのものに宿る。
(やっぱり……この子の心にも触れられたくない影がある。揺さぶれば、必ず本音が零れる)
二人の間に、張りつめた静寂が満ちた。
鉱山の冷たい闇と、城の温かな光――その狭間で交わされた言葉は、互いの心に小さなヒビを刻み、やがて深い裂け目を生む予感を二人に宿した。