第七話 重圧と沈黙
――二十一時。中央本部。
「よう!ラクラス」
「こんばんは。ルクス。リディアとライオスも一緒だったの?」
「あら、ラクラス」
「おぅ、ラクラス」
北支部所属の火炎ルクス、東支部所属の月蒼のリディア、そして、南支部所属の電撃ライオス。各支部でもそこそこ名の通った実力者達。
管轄が違っていても、町を守る同志達。この三人を含め、同じ使命を持つ者達が顔を会わす機会は多い。部隊で一緒になることもよくある話――。
こうして、いつしか顔見知りになっていく。
「そうなの。今回の事案のことについて三人で意見を交換していたところよ。ラクラスの話も聞かせて」
「分かった。それでリディア、皆からはどんな意見がでていたの?」
「えと……、それは僕から話そう。リディア、いいかな?」
「ええルクス、お願い。ライオスもいいかな」
「ああ。頼むぜ」
「ラクラスも事前通達の作戦は当然知っているね?」
「うん」
「まず、その作戦の周知方法。重大事案にも関わらず、外部に漏れる可能性を考えているのか疑問に感じる。この場に溶け込んだ内通者の存在まで疑ってもいいところなのに、安易に周知が行われている。これも含めて作戦なら良いが三人ともここには引っかかっている」
確かに。私もそこには違和感しかない。
恐らく、同じことを思う人は他にも多いはず。
普段から慎重な本部長コルベット。それを支える次席イーリス。そこに至るまでの審議会。その過程を考えても、不自然極まりない。
ルクスの話を聞く他二人も納得の様子。
「私も同意見。疑心暗鬼になるようなことをどうしてわざわざするのかな」
例え組織下部で落ち度があったとしても、コルベットとイーリスがその落ち度を見落とすとは間違っても思えない。
彼と彼女の今までの功績がそれを証明している。
「作戦の全貌がこれから明らかになる。それまでは僕達がどうこういっても意味はなさない。とはいえ、この点は抑えるべきと思う」
「そう……だね。もし内通者がいて、しかも時間を掛けて内部調査をされていたとするなら、こちらの戦闘力等色々と機密を把握されているかもしれない」
「ラクラスのいう通り。僕やリディア、ライオスも交戦になるなら多数の犠牲を覚悟している」
今回は少数編隊で部隊が多数編成されている。その配置も広範囲。これは規模の大きな戦いに備えた布陣としか思えない。
首都セイントルミズに籍を置く『国家治安維持総本部に援軍要請をした』と、周知されていることからも事は深刻と察するのが自然の流れ。
ルクスが話を続ける。
「他にも――」
戦術や、それぞれ各人の考えを聞くことができた。
そうこうしているうちに二十一時十五分。
周囲が一瞬ガヤガヤしたかと思うと、直ぐにフロアは静寂に包まれる。
コルベットとイーリスだ。いよいよ事が動く。気を引き締めよう。
「諸君、遅れてすまない。直ぐに本題に入ろう。では、イーリス」
国防での実践・経験を買われてシャルロットの治安維持本部長を任されている初老のコルベット。今は優しい雰囲気が滲み出ているが、その橙色の瞳の奥には底知れない強者の魂が垣間見える。
そのコルベットから、若くして次席を務める将来有望なイーリスへと話が振られる。
「私からは、事案の背景と交戦時の対処法を、コルベット本部長からは、我々の取るべき行動の流れを説明します」
肩まで届かないくらいに伸びた水色の巻髪に緑色の瞳。大人しめで品のある銀縁眼鏡をかけたイーリス。耳が長いエルフ族の女性は、いつものように冷静沈着に話を進めている。
エルフ族の寿命は人間の三倍程。イーリスは人に例えると二十歳そこそこだけど、実際は六十歳くらい。
乙女の年齢の話は禁句なのでこの辺りにして、つまりは、若きイーリスもコルベットと同様に国防経験は豊富。
「まず、背景について。本事案の発端は、禁忌の魔導書『生命真理の魔導書』がシャルロット最西端、ノッケルン雪山の麓に広がるアトリエ平原に持ち込まれるという情報をティラミスから得たことに始まります」
ここは、事前周知の通り。
南部大陸学術国家ミルフィーユの首都、世界有数の科学機関と、その傘下の学校機関が集う科学研究都市ティラミスの元首から親書が届いたという話。
「ティラミスからの情報を基に両国で共同調査を行った結果、その情報の信憑性が高いことが分かりました。目的は、取引か実験か……。目的までは掴めていません。ただ、幸いにも、ノッケルン雪山を西に超えた細工職人の町、飴乃国までは巻き込まれないであろうという判断が下されています。首謀者についての情報も得られていません。違法研究者の線と愉快犯・無差別犯による破壊行動の線の両者を想定しています」
イーリスはここまで話すと、眼鏡の柄を両手で耳に掛け直した。そしてふぅ~っと一呼吸して話を再開した。
「ここからが新たな周知です。『生命真理の魔導書』と呼ばれる魔導書がどんな物かについてです」
周囲の緊張が高まったように感じる。
流石イーリスだ。話し方が上手い。
「結論からいいますと、魔力の宿るありとあらゆる生命体の魂を一瞬で奪う闇属性の魔導書です」
一瞬会場がざわついて、また静かになった。落ち着くのを待ってイーリスが続ける。
「それだけではありません。魔導書は、奪われた魂、つまり魔力源を書の中に吸い込みます。そして魔導書所持者の意思に基づき、吸い込んだ魔力源を汚染させて新たな魔力結晶へと物質変換します」
魔力結晶。すなわち魔物を産み出すということ。
しかも『アンデッド』という普通ではない魔物を。
「つまり、生命真理の魔導書は、『即死魔法』と『僕召喚』の二種の能力を有します。僕召喚は、術者の能力ではなく、生前時の個体の強さをベースに能力値が決まる召喚魔法です。そのため、魔力が弱い者でも強者の魂を奪えるだけではなく、その者を僕にまでしてしまえる恐ろしい魔導書ということです。厄介なのは、魔導書所持者なら誰でも収集された魂の強さの序列を体感で分かってしまうということです」
明らかに周囲の空気が重くなったのを感じる。
緊張感が一気に最高潮に達したのか、少しでも動いたら針のように尖った空気で全身が串刺しにされそうな雰囲気。
「次の説明に移ります。召喚されたアンデッドに対抗する手段です。方法は三通りです。一つ目は、『朝まで逃げ切ること』です。朝日が昇ると生き延びたアンデッドは次に日が落ちるまで魔導書内に封印されます。二つ目は、『対象アンデッドより高い魔力を持つものが魔力ダメージを与えること』です。軽い魔力ダメージだけで消し去ることができます。最後に三つ目ですが、『光か月の属性で回復魔法か浄化魔法を掛けること』です。相手が自身より高い魔力を持っていたとしても時間を掛ければ討伐可能です」
話は続く。
「今説明の対処法以外で、術者を排除するという方法や核を破壊する方法を思い付いた方もいるかもしれません。しかし、前者は生命真理の魔導書に術者が収集されるだけです。後者も壊した核が再生されるだけで有効ではありません。また、高温の業火で焼きつくそうにも魔力源には無効です。それと、凍らせて粉砕しても再生されてしまいます。こういった手法では対処できませんので併せて覚えておいてください。私からの話は以上です」
少し長いイーリスの話はここまで。
少し長い話といっても、この特異な説明は異常。体感では凄く短い。
ここで、コルベットがイーリスと入れ替わる。
「えー、では私から。まず、イーリスの話の補足。生命真理の魔導書について。イーリスからは能力の特徴を説明してもらったが、即死と僕召喚以外にも能力があるかもしれないので十分注意して欲しい。また、魔導書の攻撃対象は何も単体に向けたものではなくて、複数を一気に攻撃してくるかもしれないと想定して行動して欲しい」
こんな代物が市街地で使われたらひとたまりもない。甚大な被害は免れない。
魔物は探知して事前に対処することができても、召喚はそれができない。
今回のように召喚に対して先手を打てれば、物的被害や人的被害を遮断できる『次元フィールド』を展開して疑似空間で戦闘することもできる。
町や人への被害の有無や大小は初動で決まる。
「次に、即死魔法の対処方法について。即死魔法の弱点は発動までの時間が長いこと。発動前に対抗属性、つまり光か月の魔力を術者に当てることで発動を無効化できる。発動後であれば、本日皆に配布する『光の護符』を持っていれば無効化できる。光の護符の有効時間は翌朝朝日が出るまで持つように準備してある。補足は以上」
生命真理の魔導書の属性は闇。私の場合は、闇の加護が影響して即死は無効化できるけど、耐性がなければどれだけ怖い思いをしたか想像もできない。
しかし、一体誰がこんな恐ろしいことを首謀したのだろう。
犯人探しは私の仕事じゃないけれど、こんなことは許せない。
「本題に移る。我々が取るべき行動だが、最優先事項は生命真理の魔導書の封印と回収。次に優先すべきは魔導書所持者の逮捕。逮捕が困難と判断した場合、その場で直ぐに始末すること。魔導書は呪われていて、術者の精神を侵食して殺人鬼へと変えてしまう恐ろしい物だ」
なるほど。概要が見えてきた。
任務の重さから考えたら内通者がいて作戦をばら撒かれてもあまり意味を成さず、取るに足らない情報にしかならない。
こちらの戦力情報が漏れるのは好ましくない。けれど、私のように魔力制御している者だっているだろうし、表向きの情報だけが漏れた程度で慌てていたら相手の思うつぼ。
「このレベルの魔導書の呪いから干渉を受けない使い手も勿論いる。もし、魔導書の持ち主が呪いの影響を受けずに使いこなしていた場合、相当の実力者であるのは間違いない。その場合、自分の命を優先して得られる情報だけ取って撤退して欲しい。そして、私に報告を挙げてもらいたい」
国へ援軍要請したのは、魔導書の封印のためか、戦力増強のためかどっちだろう。
もし、援軍の中にいる強者がアンデッドにでもなったら逆効果だろうし……。
即死対策は万全に見える。でも、それを防げたとしてもコルベットの話にあったように魔導書に別の能力があって、それを使ってアンデッドにされてしまったら元も子もない。
コルベットは微動だにせず、淡々と話を続ける。
「次に、敵戦力について。総勢二十名程度。それに加えてアンデッドの数は未知数。首謀グループに人族の存在が確認できているが他は不明。一部の筋からは魔族や精霊族が絡んでいるとの情報も掴んでいる。物が物だけにその可能性も考えておいた方がいい」
何だろう……。機密に近いところまで突っ込んでいそうな話。
やっぱり違和感が多い。
「こちらの戦力は総勢百二十名。一部隊四名で三十小隊編成した。この編成をした意図は、敵部隊の分散と、こちらの部隊の機動力確保。敵からの全体攻撃を回避する目的もある」
相手が全体即死魔法を使い、もし光の護符が無効化されていたら……。
集団で行動していたら身動きが取れずに一瞬で終わってしまう。
その点、少数編隊ならこちらの動きも相手からは分かり辛く、範囲攻撃をされても対処もしやすい。更には敵も戦力を分散せざるを得ない。
しかも、作戦を事前通知して敵も味方も疑心暗鬼にさせておけば、その真意を敵に察知されにくい。
確かに理にかなっている。
「どの隊が敵本陣と当たるか分からないが十分に注意して欲しい。相手戦力が不明な上に危険な代物が対象の事案である。交戦がないにこしたことはないが、『はいそうですか』では済まないと思っている。敵も一筋縄でいかない連中と思っていいだろう。とにかく無理はせず、命を大切にして欲しい。諸君らは、この町の誇りで、私の大切な友人だ。以上」
コルベットの話が終わったあと、会場は静けさに包まれた。
ここでイーリスが再度コルベットと入れ替わる。
「再度、私から。これまでの説明で何か質問がある方はおられますか?」
沈黙は、揺るがない。
「おられないようですね。作戦決行は翌朝二時です。では、解散」
時刻は二十二時過ぎ。現地に向かおう。