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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第一部 夢探し編 - 第二章 闇に架かる月
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第六話 シャルロットの暗

 ボーロ・レイの消滅から四年。十二歳になった私は育ち盛り。

 身体も少し丸みを帯びて、出る所も出て……とは全くなっていない。


 極めて遺憾ながら、細身の幼児体型。背もあまり伸びていない。無駄が無い容姿で、動きやすい……じゃなくって、まだまだこれから。まだまだ。これは大事なこと。


「嬢ちゃん、今日は何にする?」


 中背でふくよか。出る所は出ていて、丸みを帯びている。

 女の子から見たら理想とも思える体型をした人物は、レストラン『月亭』の豪快な性格の主人。


 お腹の大きな猫科獣人族の中年男性は、名をエリオン・グランデという。

 エリオンは私とは対照的。『がっかりふくよか』な体型をしている。


「温かいスープがあれば。あとは何でも」

「おいおい。お前さんの年頃ならしっかり食っとかないと成長しないぞ」


 悪気はないのは分かる。気の知れた仲なのも分かる。女の子に失礼なのも……って。

 そこは分からない。普通に失礼。


 だけど、あと腐れもないし、遠慮も必要ない。

 エリオンと話をするのは気が楽だ。


「食べ過ぎてエリオンみたいになってもいけないから」


 私も細やかに応戦してみる。


「おぉ、いうねぇラクラス。じゃぁ、栄養満点・スペシャルメニューを用意するから少し待ってな」


 エリオンが冗談めかして私にそういう。

 そして、左目でパチッとウインクをした後、私の卓を後にした。


 それにしても、月亭はいつも賑やかだ。

 今はこの雰囲気に浸ることにしよう――。




 十二歳の私は、ボーロ・レイと首都セイントルミズを結ぶ街道の中間に位置する交易都市シャルロットに部屋を借りて一人で暮らしていた。


 ここでは珍しい物品が取引されるだけではなく、貴重な情報もが飛び交う。私の夢探しの目的にもピッタリ。


 昼夜を問わず賑わい、活気がある。雑多でごったがえした地域もあれば、閑静な地域もある一般的な都市。

 東の海と西の山の両方に面した豊かな自然が特色の観光都市でもある。


 ボーロ・レイから一番近い町がシャルロット。この大きな町へは村が無くなる前から頻繁に行商に出ていた。そのため、知り合いも多くいる。


 村が無くなってからしばらくは星砂糖の森とこの町を行き来しながら行商でお金を貯めた。

 商売がやりやすいことも幸いして思ったよりも早くお金が貯まり、この町に生活基盤を築くことへの追い風となった。

 それどころか、知り合いの中には情報通もいて、その情報通を通じてシャルロットで仕事に就くこともできた。


 この時の私の仕事は、町の治安維持と秩序を守ること。

 表向きは交易品の取引を行う依頼主の護衛と、交易品の盗難を防ぐ警備の仕事。

 実際は、表向き任務で知り得た情報に犯罪性があれば調査し、被害を未然に防ぐことを生業としていた。


 交易品の対象として、低い頻度で純度の高い魔力鉱石、国宝級美術品、禁忌の魔道書などが取引されることもある。

 これらの珍しい交易品は、想像するに易く、複雑な背景を持つ物も多い。


 大規模な争いごとに成り得る物、魔物を呼び寄せる物、町を瞬時に滅ぼし兼ねない代物などがその例である。過去に何度も問題が起こってきたことは記録が物語っている。


 とにもかくにも交易品の取り扱いには相当な注意が必要。


 反面、危険を冒す分、未知の知に出会える可能性もある。

 だからこそ、夢見に纏わる物や情報が手に入るかもしれない。


 そう淡い期待を抱いて私はこの仕事を選んだ。

 でも、現実は甘くない。有益な情報は未だにない。


 それどころか、争いごとに巻き込まれてばかり。

 人や魔物、種族を問わず対峙した相手と命懸けの戦いを繰り返す日々。


 月の力が導く運命と、死の祝福は当然のように私を逃してはくれない。

 けれど、私は抗うことを諦めない。あの子たちとの約束は決して、揺るがない。




 ――いい匂い。


「お待たせ。で、ラクラス。今日はどうだった?」


 エリオンが特別な料理を私に届けにきた。

 私の大好きなミルクたっぷり、コーンたっぷり、特製とろとろポタージュスープ。


 いつもながらの嬉しい気遣い。


「残念ながら……」


「まぁ、気長にな。諦めない限り可能性はゼロじゃぁない」


「うん。エリオンいつもありがとう」


「てなことで、辛気臭い話は終わり! 本日のスペシャルは、栄養価が高く、焼くと香ばしい。食感も最高のシャルロット麦の麦粉焼。スープとの相性もピッタリ。小食でも必要な栄養が完璧に摂れてしまう優れもの。瑞々しいシャルロ菜を添えて彩りも鮮やか」


 エリオンは得意げな顔。

 私を元気付けようと気遣ってワザと大袈裟に表現していることは明白。


「美味しそう。だけど……、注文伺いの時の、『成長しないぞ!』という年頃の女の子に対して配慮を欠いたあまりにも酷い言葉……。接客はマイナス評価」


 エリオンの気遣いに対して私は冷やかな冗談で返す。


 そのまま少し間が空き……、私とエリオンが顔を見合わせる。

 そして、私が微笑み、それを見たエリオンも笑顔を返す。


 いつも通りのやりとりがそこにはあった。

 いつも通り……。


 私を孤独に誘う戦いという悪魔から逃れられはしない。

 ボーロ・レイでも戦いが私を孤独にした。


 だけど今は、戦いを離れたら孤独を忘れられる時間と場所がある。

 守りたい人達ができた。守りたい日常もある。


 今度は絶対に失せはしない。私が全部守ってみせる――。


「あぁ、そうそう。これを……」


 エリオンが私にメモを渡す。


「どうしたの?」


(CHOS・・・)


 やはり私の予感は……。

 CHは中央本部に集合、Oは交戦の恐れあり、Sは任務の難度を示す暗号。


「エリオン、集合時間は?」


「二時間後。二十一時」


「S……」


「あぁ。最近はAですらほとんどないのに、Sとは……」


「中央本部から発信された情報を知った時から嫌な予感がしていた。難易度が判明して、今日秘密裏に緊急の招集がかかった。それだけのこと――」


「この手のラクラスの予感は恐ろしく当たるからな。ルシリアにも、また留守を任せるかもしれないということと、そうなったら警戒を怠らないようにと話はしてある」


「あら、マスター。私のこと呼んだ?」


 タイミングよく、清楚で可憐な可愛いルシリアが私たちの方へ歩み寄ってきた。


 紫色のゆるふわロングの髪に整った顔。長い睫にぱっちり開いた大きな目。水色の澄んだ瞳もとても綺麗。ルシリアが傍にいると、そこには異世界が広がる。

 年齢は十九歳で私と同じ人族。見た目は、スレンダー。私より少しふくよかだけど、似たような体型。


 でも、自然と溢れる女子力がとても高い。否、訂正。女子力が半端ではない。私とは明らかに違う……。しかも、優しくて気配り上手。料理も接客も……、完璧。


 私はルシリアが大好き。ルシリアとはお互いが非番の日にお泊りをする程仲が良い親友。


 ルシリアは、エリオンからの信頼も厚い。エリオンが留守をする際、店を預かる程の実力の持ち主で、正に才色兼備。


「ルシリア、こんばんは」

「ラクラス! 会えて嬉しいな」

「私も嬉しい」


 エリオンそっち抜けで私とルシリアの世界が始まる。


「おぅおぅ。俺が邪魔者みてぇじゃねぇか。女同士でできてるのか?」


 私とルシリアが揃うといつもこうなることを知っているエリオンが割って入る。


「恋人に見える? いいでしょ。ラクラスはあげないよ。けどマスター、妬けるからって今の発言は色んな意味で減点」


 いえいえ。ルシリアさん。『あげないよ』だなんて。それはそれで――。

 もちろん、ありです……。


 だって、『可愛いは正義!』




 ――月亭。月は『闇』を癒す『光』。亭は、常にその状態を留めるという意味。

 町を『穢れ』から守る者と、平和な町に『富』をもたらす者達が集まる場所というのが月亭の名前の由来。


 月亭は、町のありとあらゆる人たちの心とお腹を満たす場所。

 店は町の中央地区寄り、西地区の小高い丘の上に立地している。


 木造二階建の建物の二階部分がお店で、店内には三十程のテーブル席と、海側と山川に一個ずつ、各十席ずつのテラスがある。


 月亭は、海や山を見渡せるロケーション抜群のログハウス風のお洒落なお店。それでいて値段もリーズナブルなところからも人気を博する。


 この店の主人エリオンは、その気さくな人柄から人望が厚く、商売柄人脈も広い。

 それ故、地区の住民からの支持を受けて、西地区を統治する代表者を務めている。


 シャルロットは、観光都市はもとより、世界有数の交易都市。

 交易は町に巨万の富をもたらし、国を豊かにする。


 ここは国益を担う重要拠点。

 そのため、伝統的に国と町が協力することで町の治安は保たれてきた。

 こうした背景から町民達の自治意識も当然のように高い。

 交易都市の性質上、治安維持は最優先の重大責務。

 だから、各地区代表者が地区における治安維持の最終責任までを負うこととされている。


 治安維持の重要性から町には治安維持専門の機関もある。

 町の中央地区に国が管轄する中央自治本部及び町の総括本部(=中央支部)、東西南北に町が管轄する支部がそれぞれ置かれている。

 それぞれの違いは役割分担であり、事案が複雑かつ重大なものから上級部門の管轄となる。


 今回のように国が直接指揮する案件はとても重大。


 ……とはいっても、重大案件でも難易度は様々。簡単なものもある。

 難易度なんて目安。それをあてにしていると痛い目をみることになる。


 私の経験と教訓から、どんな事案であっても、危険予知をしておくにこしたことはない。些細なことが死に直結するのだから。


「ラクラス。……無事に帰ってきてね」


 S案件と知っているからか、ルシリアはいつもより心配そうにしている。


「うん。ルシリアやみんなが住む町を私は今日も必ず守る。そして、いつものようにただいまって無事に帰ってくる」


 不安そうなルシリアの両手を私の両手で包み、そう返事をする。


 白くて長い綺麗な指が伸びるルシリアの柔らかく温かい手。

 この温もりが消えないように私は戦う。


「約束……。したからね」


「うん。約束」


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― 新着の感想 ―
明帆先生、お疲れ様です! 今回もまた感想を書かせて頂きます。 先生の小説って、とても描写がうまくて引き込まれるんですよね。 それにシャルロットの街に根ざした生活感と、戦いの宿命を背負った少女の想いが…
[良い点] 物語が新たな局面を迎えましたね。 ルシリア、今後の重要人物になりそう。 それにしても情景描写が相変わらず素晴らしい。 文章を読んでいて、場の情景が自然と浮かびます。
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