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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 ティラミス編 - 第四章 暗闇に零れる白砂
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第五十話 影の中の記憶

 宝石城の窓辺から見下ろすエンシェント・ジュエルの夜景は、まるで地上に降りた星空だった。

 私は腰をかけ、きらめく街の光をただ黙って見つめていた。

 遠征の疲労は身体に残っているはずなのに、なぜか目だけは冴えている。

 城は高台に築かれていて、街の全景が見渡せる。魔力を帯びた光源石が通りの上を等間隔に漂い、夜風がそれらをすり抜けていった。


 部屋の奥では、お姉ちゃんがシドから借りた魔導通信機を手に、黙々と文字を綴っている。

 一方、鏡の前ではニアが濡れた髪をタオルで拭いていた。風魔法を使えば一瞬で乾く。でも、それをお姉ちゃんに頼もうとしないのが、ニアらしい。たぶん――無意識に、そうやって自分を落ち着かせているんだと思う。


 その静けさを破るように、ぽつりと声が落ちた。


「……なんか、変なんだよな」


 ニアだった。


「どうかしたの、ニア?」


 私は椅子から立ち上がりながら訊ねた。


「さっきから……自分の目が、他人のものみたいに感じるんだ。奥の方に、妙に冷たい何かが沈んでてさ」


 彼女は鏡越しに睨む(ニラム)ように右目を覗き込む。


「疲れているだけじゃない? 今日、たくさん食べていたし……」

「『冗談』じゃなくて。風呂上がりにふと見えたんだ。自分の右目が――宝石みたいな、濃い赤に染まってんのが」


 私は思わず、お姉ちゃんの袖をぎゅっと掴んだ。――怖いものは、怖い。


「赤……。あの、記憶を封じる魔導石、“ 意思の記憶 ” の色……?」

「そう。それで思い出したんだ。あの石……あれに似てた」

 ニアの声が、わずかに震えた。部屋は再び静寂に包まれる。


 カチ、カチ……。


 壁掛け時計の針が、夜の空気を切り裂くように音を刻む。


「ねえ、ニア。ジン達が言っていた『(ケガ)れ』のようなものって話……、もしかして、関係あるんじゃないかな」

「だとしたら、あたし……もう、おかしくなってんのか?」


 私がお姉ちゃんの方を見た。すると彼女は通信機をそっと置き、こちらへと歩いてくる。


「……まだ断定はできない。でも、魔力の状態なら調べられるかも。ニア、魔力を少し解放してくれる?」


 ニアは黙って頷き、手のひらを開いた。

 お姉ちゃんは風の魔力を練り、そっとその手に触れる。

 ――その瞬間。


「……っ」


 お姉ちゃんの眉がぴくりと動いた。


「どうしたの?」

「……魔力が、すり抜けていく。まるでニアの身体が、風そのものを拒んでいるみたい。しかも、魔力の通り道が……、歪んでる。空間そのものが、捻じれているような感触」

「呪い……じゃないの?」

「それにしては反応が鈍すぎる。まるで、()()()()()()()()()()に触れているみたいで……悍ましい」


 私はお姉ちゃんの腕にしがみついた。


「お姉ちゃん、私の魔力でも試してみる? 何か分かるかもしれない」

「うん、お願い。闇魔法の防壁を構築してみて」


 私は手を伸ばし、闇の魔力を編んだ――けれど。


「……届かない」


 まるで、手を伸ばした先に “ 空っぽの器 ” があるような。魔力が触れるはずの『核』が、存在していない。


「風には反応して、闇には無反応……? こんなの、初めて……」


 ニアは苦笑して言った。


「……まるで、()()()()だけが、誰より先に腐っていくみたいだな」

 影――。

 その言葉に、私は朝の違和感を思い出した。


「……ニア。あのね、今朝、貴方の影……動きが、遅れていた気がする」

「遅れてた?」

「うん。ニアが動いたあと、影がワンテンポ遅れて、床に滑っていた。あれ、絶対に普通じゃない……」


 お姉ちゃんも眉をひそめ、ニアの足元に目を落とす。

 今は普通に見える。光源石の灯りを浴びた影は、床にぴたりと沿っていた。

 けれど、どこか……輪郭が曖昧な気もする。まるで、そこに“もう一つの気配”が潜んでいるようにも感じて寒気がする……。


「魔力でも触れられない『異常』。その正体は――」


 お姉ちゃんの言葉が止まった。

 それ以上は、今は言わないという判断だったのだろう。


 私は再び、お姉ちゃんの服の裾を強く掴んだ。

 そうしないと、不安で立っていられなかった。


「ニアの中で、何かが動いてる。“ 意思の記憶 ” に似た……けれど、違う何かが」

「……わかった。無理に干渉するのはやめよう。私がもう少し調べてみる。ティラミスに戻ったあとにスーちゃんにも報告するね」


 ストロー博士のもとに戻るまでに私達ができること――

 それは、見落とさないこと。感じ取ること。


 カチ、カチ、……カチ――。


 時計の針の音だけが、城の静けさを切り裂いていた。

 まだ見ぬ答えは、(ウゴメ)く影の、そのさらに奥に、――きっと、潜んでいる。

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