第四十五話 宝石城の主
煌めく夜空を地上に映したような宝石城の謁見の間。
その美しい空間の中でも、ひときわ異彩を放つ玉座には、宝石の護り手一族の王、シド・アース・ジュエルが鎮座している。
彼は娘、ミスティ・アース・ジュエルの父親であり、その圧倒的な存在感はまるで『王』というよりも『悪の親玉』のようだった。
「来たか……」
シドが低く、重厚な声で呟く。その声はまるで大地そのものが話しているかのように、広間全体に響き渡る。
「王っていうより、悪の親玉だよな……」
空気を読まないニアが、素直すぎる感想をぽつりと漏らす。その無礼さに広間全体に一瞬緊張が走るが、どこか納得してしまう部分もあり、誰も何も言えない。
「お、おい、ニア……」
お姉ちゃんが焦りながらニアをたしなめるが、シドはその言葉をまるで気にも留めていない様子。大物感が半端ではない。
「お父様、客人をお連れしました」
ミスティアが静かに報告すると、シドは軽く頷き、そのまま重々しく玉座に腰を下ろした。その動作一つで、彼の持つ威厳がはっきりと伝わってくる。
「アリヴィアから大体の話は聞いている。『真氷蒼石』だったか。娘の親友の頼みとあれば、断る理由はない。好きに持っていってもらって構わない」
シドの寛大な言葉に、私はホッと一息付き、胸を撫で下ろす。
「ありがとう……。それで、真氷蒼石はどこにあるの?」
私が訪ねると、ミスティアが少し前に出て答えた。
「ラクラス、街を出てさらに深い階層、そう、私達が戦った場所の地下にあるの。でも、今は困ったことになっていて、わたし達だけではその場所に辿り着けないの」
シドが玉座の横に立つ色白の男性に目を向ける。
「おい、ルイン。例の物を用意してくれ」
「かしこまりました、父上」
細身で端正な顔立ちをした色白の青年ルイン。その返事と共に彼は静かにその場を後にした。
「彼はミスティアの兄で、ルインだ。自己紹介が遅れたな、よろしく頼む」
シドが紹介している間に、ルインが魔導通信機を持って戻ってきた。
「魔導通信機……」
見覚えのある機械に私が思わず呟くと、シドが穏やかに続けた。
「なんだ、コイツを知っていたのか」
「ララちゃんが家に泊まりに来たとき、一緒に触ったことがあるからね!」
お姉ちゃんが自慢げに言うが、その慎ましい胸を張る姿が微笑ましい。
シドが魔導通信機を操作し、映し出した映像には、美しい蒼色の宝石が散りばめられた岩肌が映っている。しかし、その周囲には何か鈍色の影――、まるで思念体のようなものが絡み付いており、不気味な光景が広がっていた。
「この影は、『ジュエルソウル』と言って、私たち宝石の護り手一族にとって唯一対処に困る厄介な魔物なの。宝石の支配を一切受け付けないという能力を持っているの」
ミスティアが真剣な表情で説明する。
シドもその言葉に続けた。
「娘が言った通りだ。我々の力ではどうにもならない。しかも、攻撃もしてこない。魔導石のエネルギーを吸って生命をただ維持しているだけで、その場所から動くこともない。しかし、その周辺に濃い瘴気を発生させ、近付くことさえできなくしてしまうんだ」
「父上やミスティアの言う通りだ。知識だけが取り柄の僕とは違い、摂理の祝福と森羅万象の加護まで持つ、稀に見る才能を持つミスティアでさえ、一切太刀打ちできないのだから厄介そのものだ……」
ルインがやや自嘲気味に言うが、その言葉には妹への深い敬意も込められていた。
お姉ちゃんが、シドに対策を尋ねる。
「それで、シド王、ジュエルソウルに対抗する手段を具体的に教えて欲しいのです」
普段とは違う真面目な口調のお姉ちゃんだが、その姿も可愛らしい。
「俺は堅苦しいのが嫌いだから、シドでいいぞ。うむ、本題に入ろうじゃないか」
シドが軽く笑いながら答える。
「息が詰まりそうだったから良かった。私も固いのが苦手だから……。シドの声低いし何だか怖いなぁって思っていたし……」
お姉ちゃんがホッとした様子で言うと、ニアがすかさずからかう。
「メルトでも怖いものがあるのか」
「うぅぅ……。ま、まぁ……」
お姉ちゃんが少し拗ねたように答えると、シドが優しく微笑み、『すまんかったな。楽にしてくれ』と、お姉ちゃんに声を掛けていた。
ミスティアもお姉ちゃんを安心させるように微笑み、『お父様はとてもお優しい方なので、安心していいよ』と、フォローをする。
私は、そのやり取りを横目で見つつ、アリヴィアに目を向けた。
彼女は何も言わず、ただその様子を見守っているが、どこかすべてを見透かしているような微笑を浮かべていた。その表情に、私はアリヴィアの底知れぬ力と計画性を再認識せずにはいられなかった。
シドが再び話を続けた。
「対処の仕方だが、ラクラスの『腐食』の魔法が有効だ。もし瘴気で近付けないなら、メルトの同化と風の魔法で対処してくれ」
シドが説明した具体的な対策に私は安心すると共に、パーティの編成について彼に尋ねた。
「それで、採掘に向かうメンバーは?」
シドが答えた。
「ルインが周辺の異常を調べ、アリヴィアとミスティアが警護と道案内をする。そして、ラクラスとニアとメルトの三人がジュエルソウルを対処する。この五人で頼む」
「すげぇ最強の布陣だな。あたしも行く必要あるのか?」
ニアが苦笑いしながら冗談めかして言う。
すると、お姉ちゃんがさっきの仕返しとばかりにニアに向かって意地悪く言う。
「荷物持ちとか、雑用とか、色々あるだろ。ほら、メルト様に跪け」
「こいつぅ……」
ニアが悔しそうに返すが、そのやり取りに周囲が和やかな笑いを漏らす。
そんな中、皆は気付いていないかもしれないけれど、そこには一際微笑んでいないアリヴィアの姿があった。
その瞳には、すべてを見通しているような冷静さと狡猾さえ垣間見えていた。全てが彼女の計画通りに進んでいるかのように――。
それはそれで、後のことが怖いので黙っておこう。
そして、話は無事にまとまり、明朝に街を出る予定で解散となった。