第四十四話 地底に眠る古代の叡智
戦いは、まるで刹那の閃光のように、一瞬にして終わりを迎えた。
ミスティアが放った『イデア・ブレイク』の瞬間、空気が凍りつくような冷たさが私たちを包み、時間が凍結したかのような錯覚に陥った。
しかし、魔力が霧のように広がり始めると、その緊張感もゆっくりと解け、周囲には再び静寂が訪れた。
結界や領域も跡形もなく消え、まるで何もなかったかのような様相を呈している。
しばらくの間、私たちはその静けさの中で言葉を失い、まるで幻影を見ていたかのように、その場に立ち尽くしていた。
先ほどまで感じていた圧倒的な重圧や殺気は既に消え失せたものの、不安感は拭えない。
まるで悪夢から覚めたばかりのような感覚が私を包んでいた。
「間に合ってよかった……」
突然、聞き覚えのある声が静寂を破った。
私たちはその声に驚きつつも、ミスティアとの戦いが終わったことをようやく実感した。
ミスティアがその声に応じる。
「どうして止めたの……? 『間に合ってよかった』なんて、白々しいと思わない?」
ミスティアの問いに、アリヴィアは一瞬言葉に詰まり、その後微笑を浮かべた。
「何のことかしら? 私にはさっぱり……」
「いつもそうだね、『アリヴィア』。肝心なところで本当のことを言わない……」
「ふふっ、さすがだね。ミスティアには敵わない」
アリヴィアが軽く肩をすくめると、ミスティアもようやく微笑んだ。
彼女たちの間には、言葉にしなくても理解し合える何かが確かに存在しているようだった。
彼女たちのやり取りを見ているうちに力が抜け、私はその場にペタンと座り込んでしまった。
ミスティアとアリヴィアの親しげな会話を目の当たりにし、私は今回の戦いが『仕組まれていた』ことを悟った。
一体、何の為に、私たちはこんなことをさせられたのだろう……。
――地底都市『エンシェント・ジュエル』
「うわぁーっ、ここ、すっげぇ綺麗!」
ニアの興奮した声が響き渡る。
ミスティアとの戦いを終えた私たちは、ドワーフ達が住む美しい地底都市へと案内された。
岩肌に散りばめられた魔導石が星のように煌めき、都市全体が光と影の幻想的な風景を作り出していた。
これほど美しい都市が地底に存在するとは、誰が想像できただろうか。
魔導石は赤や青、紫など様々な色に輝き、光が反射するたびに宝石の海に漂っているかのような幻想的な感覚を覚えた。
岩肌には緻密な模様が彫り込まれ、魔導石達は装飾だけでなく、光源としても役立っていた。
細い路地には、小さな家々が立ち並び、窓から漏れる暖かな光が街を優しく包み込んでいる。
年老いたドワーフが、杖をつきながらゆっくりと歩き、子供たちはその周りを元気よく走り回っている。
道端には露店が並び、新鮮な野菜や果物、手作りのアクセサリーが所狭しと並べられていた。
魔導石を使った装飾品や小さな魔道具が光を反射し、訪れる人々の目を引いていた。
「この街、まるで別の世界に来たみたい……」
私は、呟いた。
「そうだな、すごく落ち着く。ここなら何日でも過ごせそうだ」
ニアも感嘆の声を漏らしながら、周囲を見渡していた。
町に着くまでの間に、私たちはいくつかの事実を知った。
まず、この場所は私たちの想像を超えるほど長い歴史を持ち、中央と深い関りがあること、そして、アリヴィアとミスティアがかつて剣を交えた相手であり、今は親友であることだ。
彼女たちの戦いは、相性の問題でアリヴィアが勝利を収めたらしい。
ミスティアは温厚な性格で、先ほどの戦いの後、私たちと戦った理由を説明してくれた。
世界の均衡を崩しかねない力を秘めた魔導石の管理は重要であり、宝石の守り手一族と中央が認めた者しかこの場所に立ち入ることは許されないという。
しかし、中央の使者である私たちは無条件に通過を許されていた。
アリヴィアは、そんな私たちに戦いを挑んで欲しいとミスティアに懇願していたという。
ミスティアはアリヴィアに戦いを避けるよう助言していたが、その願いは叶わなかった。
「私は、戦場にこないで欲しかったけれど、来てしまった以上、役割を果たさないといけなくなってしまった……」
ミスティアは、視線を落とし、手をぎゅっと握りしめた。
その眼差しには、戦いの後に残る複雑な感情が色濃く映し出されていた。瞳には後悔と罪悪感が入り混じったような感情が灯り、まるで自分自身の選択を呪うかのような揺らぎが映って見えている。
彼女はアリヴィアの頼みを断ることが出来なかったが、その選択が正しかったのか心の中で問い続けていたのだろう。
彼女の心は、友人に対する愛情と、自分の使命との間で引き裂かれた痛みを抱えているようだった。
ミスティアに案内してもらい、古代の叡智が詰まった街を見学した後、私たちは彼女が勧めてくれた喫茶店『虹甘』へと立ち寄った。
店内は温かな光で満たされ、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
テーブルには既に、軽食とデザートが並んでいて、どれも絶品。
私たちはくだらない話もたくさんして、心も身体も満たされていた。
「アリヴィア、お前、いつも都合のいいタイミングにどこにでも湧くな」
ニアが皮肉っぽく言うと、アリヴィアは微笑しつつも、目を細めた。
「ニア……、その口はどうにかしないとね。二度とリポップできないように……」
アリヴィアにからかわれたニアを見て、私は軽くため息を着いた。
「いやいや、冗談だって! 怖えぇな。ララ助けて」
「……、自業自得。それは無理な話」
私が肩をすくめて答えると、ニアは大げさに首を横に振る。
「ひでぇな……、まったく、こういう時だけ冷たいんだから」
「そもそも、ニアがからかうからだよ……、アリヴィアだって困ってるんじゃないの?」
お姉ちゃんの言葉を聞きつつも、アリヴィアは、冷静な表情のまま、ニアとは目を合わせていない……。
これは怖い……。
「大丈夫だよ、メルトお姉ちゃん。ララお姉ちゃんも、心配しないで。これがニアの持ち味だから」
「それって、褒めてんの?」
ニアが反論すると、アリヴィアは苦笑を浮かべた。
「もちろん、褒めてる。私たちはニアのユーモアに救われているんだから」
その言葉に、ニアは不満げな表情を浮かべつつも、何かを言おうとするのをやめたようだった。
アリヴィアといえば、微笑を浮かべ、私を見ている。
――見事な論破。妹ながら、恐ろしい……。
私は、そのアリヴィアの様子を見て安堵しつつ、今後のことを考えた。
このようなやり取りの中で、ミスティアだけが笑顔で私たちを見つめていた。
その優しさにふれ、私は改めて彼女が私たちの仲間であることを嬉しく思った。
私たちはこうして、しばらくの間、何事もない穏やかな時間を過ごした。戦いの疲れを癒し、日常を取り戻すために――。
しかし、その平穏は長くは続かなかない予感がしていた。
「楽しんでいる途中でごめんね……。ミスティア、これから私たち、どうすればいいのかな?」
私は話題を本題に戻した。
「まずは宝石城にいる父に会って欲しい。探している『真氷蒼石』についても答えがもらえるはず。戦いでみんなを傷付けてしまった私にはこんなことくらいしかできないけど、みんなの役に立ちたい」
「それが最善だね、ララちゃん」
「うん。そうだね、お姉ちゃん。ミスティア、その申し出とっても助かる。ありがとう」
お姉ちゃんが同意し、私も頷いた。その時、突然、お姉ちゃんが何か思い付いたように笑みを浮かべた。
「戦いのことは、もう終わったから大丈夫。それより、ミスティア、実は最初から思ってたんだけど……、あなた、凄く魅力的だよ。戦い方も美しいし、何より人を引き付ける何かがあると思う」
「え? 何それ、急にどうしたの?」
ミスティアも驚いた顔でお姉ちゃんに応じる。
「だから、アイドルなんてどうかなって。『私』のグループに加わってみない? 今は私ひとりで活動してるけど、いずれここにいる仲間たちも参加する予定だし」
「え、アイドル……? 何それ、初めて聞く言葉。それって……、面白そう!」
ミスティアは突然の提案に驚きながらも、その目に興味の光を宿した。
その一方で、お姉ちゃんとミスティアとのやり取りを見ていたニアが笑いをこらえながら間に割ってきた。
「ララ、本気かよ! ミスティアにアイドルやらせるって? そんなの、想像しただけで……」
「ニア、あなたの冗談にしてはよく考えたね。でも、ミスティアがアイドルとしてどうなるかは、ちょっと楽しみかも」
私よりも先に、アリヴィアがクスリと笑いながら、ニアに皮肉を込めた返事を返す。続いて可愛いミスティアを貶したニアに私が追撃を行う。
「ニア、何がおかしいの? ミスティアなら絶対にトップアイドルになれるよ!」
「トップアイドルねぇ……。じゃあ、あたしもマネージャーにでもなろうかな? 意外といけるかも?」
ニアが冗談を言うと、アリヴィアが冷ややかに笑いながら肩をすくめた。
「それは無理だね、ニア。あなたがマネージャーだなんて、想像するだけで混乱しそう……。少し頭を冷やした方がいいんじゃない?」
「おいおい、アリヴィア、あたしをバカにするなよ。でも、ララが言うなら、ミスティアがアイドルになるのも悪くないかも。どう? ミスティア、やってみるか?」
「うーん……、アイドル、ねぇ……。少し考えてみる!」
「おいおい、本気で考えるのかよ!」
皆の声が重なり、テーブルに笑い声が響いた。
そんな中、アリヴィアが話を再び本題に戻す。
「それじゃ、まずはミスティアのお父さんに会いに行こうか」
私たちはお店を後にし、エンシェント・ジュエルの奥に佇む壮麗な『宝石城』へと向かうこととなった。




