第四十ニ話 暗闇に花は咲かない
ミスティアへの攻撃前に試みたかったのは、対話だった。
『此処にはこないで欲しかった……』――そう呟いた彼女の言葉を糸口に平和的な解決を試みようとするも、それは無駄に終わる。ミスティアの心には、私たちの想いが入り込む余地など最初からなかった。
星の巡りも、自然の理も、世界の摂理さえも支配するミスティア。森羅万象を司る宝石姫は、まるで神話の中に登場する創造主そのもの。しかし、だからといって、ミスティアが全知全能の神としてこの世に君臨しているわけではない。
私たちの実力がミスティアより劣っていても、心まで負けたら何も始まらない。――だったら、無理矢理にでも話を聞いてもらうしかない。
「ミスティア、貴方に話は通じない。それなら、力尽くでも話を聞いてもらう。この魂が尽きるその時まで私たちは完璧な貴方に何度でも挑み続ける。そして、抗った爪痕くらいは残してみせる」
「それは無理……。初手であなたたちを排除しておけば……。わたしは、この場所を守るという役割をただ、……果たすだけ」
ミスティアは青く光る大剣の刃先を地面に突き立て、微かな声で呟いた。
反応を期待していなかったので、彼女から返事が返ってきたことには正直驚いた。
「やっと、話してくれたね。少し安心した。あと少し、話をしてもらえると嬉しいんだけど……」
「………………」
ミスティアは再び黙り込んだが、一瞬でも会話が成立したことが救いだった。
(これ以上あの娘と話すのは無理そうだね……)
(メルト、そいつに話が通じるのか?)
ニアも半信半疑のようだ。
それでも、お姉ちゃんは自信満々に話を続ける。
(黒いのが鈍感だからいうけれど、声を掛け続けるだけで心が動くこともあるのだよ)
(そうだよ! あたしは『鈍感』だよ。ぐうの音もでねぇ……)
お姉ちゃんの言葉に納得した様子のニア。
その言葉尻からも、いつの間にか彼女の緊張がほぐれているのがわかる。
お姉ちゃんのおかげで張り詰めていた空気が変わったようだ。
これが転機となれば良いのだけれど……。
(ニアの緊張まで解いてしまう私。さすが私ね、メルト様に感謝しなさいよネ!)
私の心を察してか否か、お姉ちゃんがツンとした雰囲気でさらにニアを刺激する。一連の流れをニアが察していたかどうかは怪しい。それでもニアは軽く頷き、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。
この念話はおそらくミスティアに聞かれている。魔法の拙いニアの声がミスティアに聞かれていて、お姉ちゃんはそれを計算に入れてあえてニアと会話していたのだろう。
なぜなら、こんな他愛もない会話に釣られてかミスティアがその重たい口を開いたのだから。
「わたしは、戦いに私情を持ち込まない。心が揺らげば死を招くだけ……。勝者が敗者に情けをかけることはあるかもしれない……。戦いの始まりの迷い、それはただの気紛れ――」
何がミスティアに迷いを誘ったかは分からない。
でも、ミスティアの心に迷いが生じていなかったとしたら――この戦いは既に終わっていた。
こんな緊迫した場面でも素でいられるお姉ちゃんを見て凄いと思いながらも、私も落ち着いてミスティアに向き合えている。出口の見えない暗闇のなかで、思ったよりも正気を保てている。そんな自分に安堵すら覚える。
「……私も以前はミスティアと同じだった……。死への恐怖なんて感じもしなかったし、戦いに情は不要と思っていた。でも、今は違う。温かな居場所があるから生きていたい。夢や希望、恐怖や絶望、愛や勇気が完璧な相手を凌駕する奇跡を知っている」
「そう……。それならわたしがその全てを否定する。根拠のない言葉は虚しいだけ。そんな戯言は、わたしの虚無の心を……、深く悲しい気持ちに染めるだけ――」
感情の起伏すら感じさせないミスティアの言葉。
そんな彼女の心が深く悲しい気持ちに染まるのかなんて、私には分からない。
そんなことよりも、悲愴を纏うミスティアの美しさに私はただただ圧倒され、言葉さえ失っていたのだった……。




