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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 ティラミス編 - 第二章 科学研究都市ティラミス
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第四十話 青に煌めく世界

 未知の魔物と何度も戦い、個性の強い属性区域を幾つも抜けて辿り着いた桃源郷。

 永遠にも思えた夢幻回廊を抜けた先、辺り一面にどこまでも透明で冷たい水が静かに絶え間なく湧き出すこの山麓の洞窟へと足を踏み入れたのは、ほんの少し前のこと。

 気が遠くなるような時間の果てに彩環大鉱山と思しき場所は存在していた。


 ここは青色が支配する世界――。

 満遍なく青が広がるこの空間には浄化の力を帯びた魔力が満ちていて、その魔力からは幻想的な淡い光彩が放たれている。

 明滅する光が透き通る湧水と混じり合うと、そこには神秘的な景色が創造される。

 こんなにも美しい光景に瞳を支配されてしまっては、言葉を発することや、疲れていることを忘れていても、その方が正常とさえ思わされてしまう……。

 苦労した分だけ感慨もひとしおというもの。


 しばらくしてこの静寂を破ったのは、空気が読めないニア。

「おい、お前ら疲れているからって黙っていたら気分まで滅入るだろ!」と……。

 この後、メルトお姉ちゃんからニアに長い話があったのは言うまでもなく、私はこの件については一切関与しなかった。

 疲れている時にまでいつもの些細な日常に付き合ってはいられない。

 お姉ちゃんとニアのやり取りはさておき、全く見えていなかった目的地に近付けたという事実。

 それによって私達の精神的な疲労が回復出来たことは良かった。


 緊張が緩んで日常感覚が戻ったところで、お姉ちゃんが私に話しかけてくる。


「ララちゃん。気付いている?」

「うん……。色々と不自然」


 この場所で感じる違和感。私も気になっていた。


「そうなんだよ、本当にソレ。例えば……、この辺りの道だけ拓けているのが不自然。他にも、通路の壁に埋めてある宝石。この宝石も人工的に埋め込んであるように見える。ララちゃんはどんなところが気になった?」

「お姉ちゃんが今話をしてくれたこと。他には、ここに来て魔物の気配を感じなくなったこと、それと……」

「それと?」


 何を言い出すのだろうと私に期待を寄せるお姉ちゃんの瞳が輝いている。

 それだけならまだしも、いつの間にか私のすぐ横にいてスリスリとしてくるし……。

 可愛いと思っては負け。

 真面目に話をしたいのだけど……。

 

 気を取り直して……。


「お姉ちゃんが『人工的』に埋め込んであると思った壁の宝石。そこから微かな魔力の流れを感じる……」

「それって危険なヤツ?」


 私の右肩に左手をそっと添えてお姉ちゃんが聞いてくる。


「分からない。不思議な感じがする……としか」

「あたしには、ララやメルトのような感覚はないが?」


 私とお姉ちゃんの少し後を歩き、ずっと黙っていたニアが不思議そうに会話に加わる。

 いつもながらニアは本当に鈍いというか……。


『ララちゃん……、話が進まないし、黒いのは放っておこう』と、間髪入れずお姉ちゃんからニアへの冷たい口撃が入る。

 それに対して、『こら、メルトお前!!』と、ニアがお姉ちゃんに突っかかり、いつも通りの展開。

 その後さらに、『ニア……。静かにしていてね』と、重たく静かな冷たい声で私がニアに釘を刺すというお馴染みの流れに行き着く。

 続いて、「は、はい……。ララさん怖いです」と、ニアが反省するに至り、逸脱した話が終わる。

 話が横道に逸れるのは今に始まったことではないし、そこは仕方がない。

 それでも、このような他愛のない会話こそが私達には必要。

 なぜなら、私達が在りのままで居られるのも、心のバランスが取れているのも、こうしたやりとりのお陰なのだから……。


 整備された坑道を地下に向かって進んで行くと、鉱山入口付近では微かだった魔力の流れは次第に強く感じとれるようになっていた。

 その気になる『魔力の気配』については当然警戒。

 意思の疎通も思念を織り交ぜて行うようにしている。


(ニア、お姉ちゃん……)

(ララちゃん、これは意外な展開になりそうなヤツ?)

(分からない。でも、不測の事態に備えておこう)

(メルト、それって一体? ララも不測の事態って……)


 ニアの質問に、少し間を置いてからお姉ちゃんが答える。


(もし相手が私達と敵対する意思を持っているのなら、こんなに大胆に私達の警戒心を煽るようなことをする?)

(しないな……)

(そう、『恐らくは』しないはず。それに、理由がない限りこんな僻地へ来ようとする者がいないという特殊な環境もある。だからこそ、外からの来訪者に対する備えくらいしてあって然りだし、私達の存在に気付いたのなら、それに対して警戒するのは自然なこと)

(私もお姉ちゃんと同じ考え。ここから先は私の憶測。相手が私達を敵と認識したのなら、気付かれた時点で直ぐに気配を消す、或いは敵と距離があるうちに遠隔で何かを仕掛けてくるなど、予め手を打っているはず……)

(それなのに何も仕掛けてこない。相手とこちらの距離が近付くに連れ、魔力の流れをより鮮明に感じ取れるようにしてきているだけ。ララちゃんと私が感じている違和感はココなのだよ)


 ニアもようやく理解してきたようにみえる。


(そして、少し前から魔力の流れが一定の強さに保たれるようになった。だから、私もお姉ちゃんも警戒を強めている。ニアも気付いている?)

(あぁ、確かに……。それに、ララやアリヴィアを前にするみたいな直感的な恐怖も今のところ感じない……)


 私に恐怖……。失礼……。そして、それは失言。

 ニアだから仕方ない。ここは冷静に。大人にならないと……。

 ニアの鈍感さは無視して、冷静さを保った? 私がさらに話を進める。


(自然に流れる魔力には、その強さに強弱の波がある。でも、今はそれがない。その理由として、人為的に魔力の流れと強さを同時に操っている者がいると考えるのが自然。魔力の流れる強さが一定に保たれているのは、その波長を変えた瞬間に自身の位置を捕捉されるからと推測してみたけれど……)


 さっきから私の月の力もそろそろだと訴えかけている。

 この手の私の感覚はほぼ当たる。そして、今回も外す気がしない。

 それなら――。


(お姉ちゃん、ニア、例のあれいくよ。守りを固めて)


 二人とは事前に作戦を打ち合わせ済み。


「さっきから、不自然な違和感を私達に与えてくるのはなぜ?」

 

 相手の魔力に私の声を干渉させる。

 反応があるかないかは分からない。

 けれど、まずは問いかけから。

 ……、反応は、ないか。


 次は、相手を誘いだす言葉。


「応える気は、ないみたいだね……。それならこの辺り一帯の宝石に刻まれた魔導回路に私の魔力を干渉させて動力源を支配するけどいい……?」


 ……………。

(……め……て)

(や……め………、て)


 ……微かな反応。

 

 その透き通るような声はとても綺麗で……、そして、切ない中に優しさを感じる柔らかい女の子のもの。一度聞くと二度と忘れないほど印象的で、脳裏に焼き付いて離れない。誰もが聞き惚れてしまうようなそれほどまでに素敵な声。


 できることなら敵対したくないな……。

 こちらには、戦う意思や理由がない。それなのに女の子と戦う結末になってしまうのは悲しい……。


(お姉ちゃん、どう?)

(当たり。おおよその位置も特定済み。同化の魔法って便利。それにしても、とっても綺麗な声だったね……)


 私もニアも、お姉ちゃんの発した『綺麗な声』という言葉に頷く。

 そして、ニアが続ける。


(ララの月の力といい、メルトの応用力といい、あたしの立場がない……)


 直ぐに劣等感を持ちだすニアの悪い癖。

 そう簡単に変われるのなら私だって……。

 今は考えるのを止めておこう。


(ニアにしか出来ないこともあるから大丈夫。それより目の前のことに集中。お姉ちゃん、何かあったら援護をお願い)

 

 ニアをフォローしつつ、私は、お姉ちゃんを頼る。


(妹よ、どんどん頼ってくれたまえ!!)

 

 根拠があるのかないのかは不明だけれど、自信満々に調子に乗ったような仕草で返事をするお姉ちゃん。

 頼りにされるといつもより力を発揮出来るのがお姉ちゃん。そのことは、誰よりも私が知っている。

 信頼は揺るぎないとしても、お姉ちゃん……、真面目にやっているよね?


 ……せっかく見付けた手掛かり。その手掛かりを逃さないためにもお姉ちゃんにはしっかり働いてもらわないと。


(――お姉ちゃん、真面目に、やって、いるよね……? お姉……、ちゃん?)

(えっと……。距離にして大体三百メートルというところ。この先の二つある分岐を左。そこから少し進んだ先に四つの分岐があるので今度は一番左。左にいった先が答え。ふざけてないからね。ほんとだよ、ふざけてないよ)


 お姉ちゃんは、身振り手振りを交えて真面目に受け答えはしていたけれど少し焦った様子。

 いつも通りの気もするし、その仕草が可愛いかったから? 真面目だったということにしておこう。


 (分かった。ありがとう)


 私達は、そんなこんなのやりとりをしながら、相手との距離を測って慎重に目標地点まで足を運ぶ。

 やがて着いた目的地。そこは、高い天井の広くて大きな行き止まりの部屋。

 部屋の中央には、明滅する青い光を放つ透明で巨大なクリスタルがあって、そのクリスタルの袂には、アリヴィアと同じ位の歳頃に見える幼さの残る少女が、綺麗な装飾の施された大剣を背に携えて憂いに満ちた表情で佇んでいる。

 サラサラの薄い瑠璃色をしたその髪が、透き通るような青い藍玉のその瞳が、その美しい声が、少女そのものがまるで純度の高い宝石。

 眩い神気を纏った聖女の佇まいに、息をするのも忘れていただろう私達。

 少女に見惚れてしまい、その場から一歩も動けずにいる。


 ――それは、暗く冷たい深い海の底に潜む恐怖さえも青褪めさせるような、眠れる絶望を呼び覚ますような、或いは、鋭利に研ぎ澄まされた刃を喉元に突き付けられて背筋が凍ってしまうかのような、そんな怖さを秘めた美しい至高の宝石。


 目の前に対峙する少女との出会いは――。

 現実味のない、儚い異世界で起こった虚構の物語……。

 そう……、思いたかった。

 

 そうであって……、欲しかった。


今回で、第二章は終了です。

次回より、第三章「水底に映る静かな幻想」が開始となります。


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― 新着の感想 ―
第二章終了。 この章も非常に読み応えがありました。 さて、三章はどんな感じになるかな?
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