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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 ティラミス編 - 第二章 科学研究都市ティラミス

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第三十八話 記憶を封じる石

 ――衝撃、しかない。


 直接刃を交えた相手。

 だからこそ分かることがある。


 レイ・スロストから感じた()()――。

 天才の考えることなんて分からないと思ったあの時。

 それが子供を失った親の行動だったとしたら……。


「ミストヘイズで起こった悲劇がヤツの全てを狂わせた……。リュミエールたちは、魔物の襲撃で命を落としている。恐らくはその魔人の仕業だろう」


「私は……」

「ララ」

「ララちゃん……」


 お姉ちゃんがそっと私の手を握ってくれる。

 ニアの心配も伝わる……。

 私の心はお姉ちゃん達に見透かされている。


 あの暗がりの、あの小雪降る夜に感じた、あの悲しい追憶。

 ふれた琴線……。

 頬を濡らした一滴の涙。

 滲んでぼやけた視界。

 大切なものを失ったときの悲愴な想いがよぎる。


 その記憶は、降り積もる雪のようにじわじわと私の心を重くしていく――。



「ラクラス。お主は何も悪くない。レイとて人の親。あいつは真面目で誠実、さらには努力家で、そして何より優しい奴だった……」

「レイ?」

「あぁ……。奴は私の友人で、研究仲間。子供達を失ったことを知ってから奴は狂ってしまった」

「ごめんなさい……」

「少しは事情が呑み込めただろう……。奴は秘属性(シークレット)の研究を謳って、失ってしまった家族を蘇生する禁忌を研究していた。それが真実――」

「……理解できたけど理解できない。レイ・スロスト個人にとっては何より大切なことだとしても、こんなやり方ってない。私の仲間もあの戦いで命を落としている。その人達にだって家族はある。やっていることは魔人と同じ……」

「ララちゃん……」


 私は普通に話しているつもり。

 でも、お姉ちゃん達にはそう見えていないのかもしれない……。


「ストローは、レイ・スロストが禁忌を犯す前に止めなかったのか?」

 

 ニアは相変わらず空気が読めない……。

 この雰囲気でその質問はストロー博士の地雷を踏むだけ。

 そんなこと目に見えているのに……。


「止めたさ!!」


 案の定……。ストロー博士の()()()()()()がとても辛い……。


「えと……、すまない」


(ニアは黙っていた方がいい……)

(ララ、ごめん……)


「……止めたさ。それでも、大切な家族を失った人間に、覚悟を決めていた奴に響くものがないことくらい……、私も理解していた。奴は私に無茶苦茶なことを言いながら誠実に謝っていた。そのことが昨日のことのように感じる……」


 感情を押し殺したような声のストロー博士。

 私の心もその声につられて揺れていく。


「近しい人だったら、止めろなんて尚更言えない……。きっと私もスーちゃんと同じ……」


 お姉ちゃんは、私だけではなく、ストロー博士の心にも寄り添っている。

 人の心に敏感なお姉ちゃんが居てくれてよかった……。

 私やニアでは役不足……。


「順序を整理すると……、『リュミエール達が魔物に襲われた後にレイ・スロストが違法取引に携わった』が正しいことになるね……」

 

 ニアもお姉ちゃんも私の言葉にただ頷いただけ。


「お主達の話から推測するに、一連の奇妙な出来事はこの赤い魔導石『意思の記憶』が影響しているのかもしれない」

「この綺麗な赤い石? これって一体……」

「本来この石は、魔導通信機に物事を記憶させるために用いるもの。それをレイは人の記憶を封じ込めることに応用した」

「レイ・スロストにはそれをする必要があったってこと?」

「優秀だった奴は、家族と離れ離れで過ごす時間が多かった……。人より秀でると嫌でも目立ってしまう。良い意味でも悪い意味でもだ。後者だった場合、いつ自身や家族に何があるか分からない。だから、レイは家族と離れて暮らす選択をした」

「…………」

 

 酷い結末……。

 この先の展開なんて容易に想像がつく……。

 ストロー博士が続ける。


「いつ何があるか分からないと、父親として子供達に何か残してやりたかったのだろう。予測に過ぎないが、レイはそういう奴だった」

「優しすぎたんだね……」

「そうだな。レイは不慮の事故で妻を早くに亡くしてしまった。それだけに、子供たちが生き甲斐なんだと私にいつも話していた――」

「この石にはレイ・スロストの強い想いが宿っている。そして、その想いが奇跡のような出来事を起こしたのかもしれないね……」

「そうかもしれない……。会えない父を想うリュミエールはこの石をいつも大切に持ち歩いていたのだろう。それならリュミエールの想いまでも石に宿っていてもおかしくないと思う……」

「親子の想いが瘴気に溶け込み、魔人の力を狂わせた……と」


 私の想像にすぎない。

 けれど、大方間違いではないはず。


「ララちゃん、その通りだよ。私が言った言葉を覚えている?」

「えと……、リュミエールの心が瘴気に溶け込んでいた……というあれ?」

「そそ。私の詩詠(ウタヨミ)の力に紛れ込んだリュミちゃんの想い……。あの時ずっと不思議な声が聞こえていたんだよ」

「信じられないが、メルトがいうのが事実なのだろう。でなければ、ラクラスはあの場でやられていたかもしれない。魔人を侮ってはいけない。聞いた話のようにあっさりと倒せるほど甘くはない」

「……同化の魔法のこと?」

「同化……か。確かに厄介だ。だが、メルトのように耐性がある者もいる。もし、耐性がなくても瘴気を浴びない工夫さえすればいい。問題はそこじゃない」

「どういうこと?」

「魔人には明確な意思のようなものがある。さらには、高い知能と判断力、それに強い魔力を持つのが危険な理由だ。ラクラスたちが魔人をすんなり退けられたのは、魔人の意思をレイ親子の意思が支配していた……ということだと思う」

「なるほど……。それならミストヘイズにあんな恐ろしい魔人が単体で潜んでいたことにも納得がいく……」

「どちらにしても、この石については私が解析することとしよう。憶測のままでは話は進まんからな」


「あの……」

「どうかしたか、ラクラス」

「辛いこと、いいえ、話したくないことを聞いてしまってごめんなさい……」

「最初に断った通り、ラクラスは悪くない。むしろ、ヤツの暴走を止めてくれたことに感謝している。こちらこそすまない……」

「…………」


 何も言葉が出ない。

 ストロー博士の言葉に、私は頷くことで精一杯……。

 自分で思っていた以上に心の傷は深いらしい。


 話が落ち着いた頃合いをみて、ベリー助手が紅茶を入れ直してくれた。


 ――温かい。


 あれ? おかしいな。

 私、泣いているのかな……。

 紅茶をひとくち口に含んだ瞬間、全身の緊張が溶けて脱力感に襲われる。


 そんな私をそっと抱き寄せて、何も言わずに傍にいてくれたメルトお姉ちゃんの温もりに包まれながら、静かに滝のような涙を流したことだけは覚えている。


 私はどうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 もうすっかり外が明るい……。

 お姉ちゃん達もとっくに起きている。



 昨日は、憔悴(ショウスイ)しきった私の様子をみて話は終了。

 そのまま研究所に泊まることになったことをお姉ちゃんとニアに後から教えてもらった……。

 

 意思の記憶の解析結果もストロー博士から知らされていて、レイ親子を巡る推察は予想通りだった。

 真実を知ってか、もやもやしていた霧が少しだけ晴れたような気もする。

 でも、それはそれ。


 次は、リアンの記憶についての話……。

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― 新着の感想 ―
ここでレイ・スロストの意外な側面が……。 でもそれで彼のやった事が赦せる訳ではない。 とはいえこういう話を聞くとラクラスとしては複雑でしょうね。
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