第三十六話 ストローベリー博士
「うわぁ、ちっちゃい。カワイイ……」
はしゃいでいるのはメルトお姉ちゃん。
シャンッっと腰まで伸びたストレートのピンク髪の幼女? は確かに可愛い。
確かに可愛い。かわ……。冷静さを失ったら負け……。
小さな子に白衣。これは反則級の可愛さ。なんというご褒美……。ではなくて。
某弱無人に振る舞うお姉ちゃんと、目の前の幼女とのやりとりを温かい目線で『冷静』に見守ることにしよう。
「お主、初対面で失礼な奴め」
「髪さわっていい? 今いくつ? お持ち帰りはあり? なし?」
お姉ちゃんはまるで幼女の話を聞いていない。
どっちも子供みたいで見境がつかない。
お姉ちゃんときたら、幼女をギュッと抱きしめちゃったりしている。
「こら、メルトやめろ」
「ええい、やめんか」
幼女が暴走するお姉ちゃんを引き離し、ニアがお姉ちゃんを抑えている。
「おほん。私を誰だと思っとる」
「幼女」
なんて正直な答え。さすがお姉ちゃんとしか……。
「違うわ。私がストローだ。ベリーは私の助手。我ら二人の総称としてストロー・べリーで名が通っとる。おいベリー、苺の紅茶を人数分持ってきてくれ」
「は~い」
ベリーと思わしき女の子の声が奥の部屋から聞こえた。
奥の部屋からは、カチャカチャという食器の音と、お湯を沸かす音だけが聞こえている。
「嘘だろ? 一体歳いくつだよ」
「黒いの。お主がこのメルトとかいう奴の親玉か。失礼の原因はお主だったか。少し反省せい!」
苛立つストロー博士が、右手の親指と中指をこすり合わせて『パチンッ』とすると、ニアが一瞬顔をしかめる。
「いってぇ。なんであたしがこんな目に遭うんだよ。いまバチッて肩の辺りにビリビリする痛みがあったぞ」
「まぁ、今日も悪いことをなさったのですか、ニアさん。おほほほ」
お姉ちゃんは相変わらずで、ニアをからかっては楽しんでいる。
「ティラミスが科学研究都市と言われる所以。それはこの唯一反属性を持たない雷属性の魔法を応用した技術研究開発が盛んなことにある。なんとなく腹も立ったから悪そうな所についあたってしまったわい。すまんの」
「おい、こら。あたしのどこが悪そうだって!!」
「お主、私の歳を聞いただろ? それは万死に値するぞ」
なるほど……。乙女の年齢に触れたがために……。
ごめんね、ニア。それは私には庇えない。
「いや、あたしの前にメルトが聞いてただろ!!」
「そんなもん知らんわ」
「こら、ニア。お姉ちゃんは何もしてない」
「お前ら……」
「まぁ、いい。私はルナリア族。もう百二十年ほど生きてる。ちなみに、お持ち帰りはないぞ」
ストロー博士がお姉ちゃんの方をみて視線を送る。
自分の都合が良いように話を進めてしまっている……。
「ちぇっ。残念……。ところでルナリアってどんな種族?」
それは、私も気になるところ。
「夜に近い場所。天空に居住区を構える月の一族。お主ら人間と違って六百年くらい生きる種族。精霊族ほどではないがそれに近い存在だな。人でいえば私は二十歳といったところか……。背丈は高い方ではないが、私はなんというか、まぁこれから成長するはずだ」
背丈については完全に苦し紛れの言い訳。伸びるなんてことは……あるはずない。
「ほんとか。結構歳とって……。って、ててて。ビリビリさすな。いってぇ~」
ニアは、またもやストロー博士の禁忌にふれた。相変わらず空気が読めない子。
さっき、ストロー博士の歳を聞いて何をされたかピンと来てないみたい……。
「ふん、どうだ黒いの。痛いけれど肩の痛みが取れただろ。『悪そうなところ』に効いただろ。雷属性は治癒にも応用が利くのだよ」
「言われてみれば。なんだストローっていい奴だな」
「今更遅いわ。しかし、ミルフィーユ国きっての天才の私に恐れもせずにやりたい放題する奴は初めてだ。メルト、私はお主が気に入ったぞ」
「えへへ。でしょ、でしょ。な~んか、私とス~ちゃんは似た者同士っぽい雰囲気してたんだよね~」
「それにしても、ス~ちゃんか……。もう好きにしてくれ」
ス~ちゃんって……。
さ、流石、お姉ちゃん。誰とでも仲良し……。
都合の悪いところを流すストロー博士……。
類は友をというやつに違いない。
「だからってなメルト、お前な……。下手したら死刑もんだぞコレ」
「んなわけないだろ。アリヴィアを通してんだから。黒いのよ、もう少し頭を使われてみてはいかがかしら。ほほほ……」
お姉ちゃんが残念そうな精霊族の少女を生温かい目で見ている。
どうしてニアはこんなにも不器用なのか……。
泣けてくる……。
「なんだと。お前、今日こそ決着つけてやるぞ。あたしをなんだと思ってんだ」
ああ、また始まった。こんなことをしに来たわけではないのに……。
「なんだ、黒いのよ。お主また何かやらかしてくれるのか。懲りない奴め。次はどこに電気を流してやろうか」
「おい、やめろ。あたしが一番まともなこと言ってるだろ。ララ助けてくれ」
「駄目だよ、ニア。皆と仲良くね。私は知らないから」
これでいい。
きっとお姉ちゃんは悪くない……。悪くない……はず?
「…………」
ぐぅの音もでないニア。
「ところでお主らよ、こんなことをしにここへ来たわけではないだろ?」
「そう……だね。えと……」
まずは遅くなった私達の自己紹介。
次に、アリヴィアから紹介を受けてリアンの記憶を取り戻す方法を探しにここへきたことを告げる。
最後に、ティラミスに向かう途中で不思議な赤い宝石を手に入れたことをストロー博士に話した。
私達の話を聞いたストロー博士。
そのストロー博士から語られた話は、因縁で結ばれた悲しき宿命の物語……。