第三十二話 瘴気の森
私達は、霧に覆われた森で休息をとっていた。
復讐を口にして私達に刃を向けてきた少女の意識も回復。
少女は、すっかり冷静に戻っている。
彼女の名は、リュミエール。歳は私と同じ十五。
リュミエールは、飴乃国とセイントルミズを結んだ直線の中間辺りに広がるこの森にある非居住区域の集落、『ミストヘイズ』に暮らしていると教えてくれた。
この森は魔物達の巣窟となっているらしい。その為、外部との繋がりは希薄。
加えて食糧の自給自足も困難。
このような理由により、集落の住人は貧しい生活を強いられているそうだ。
リュミエールの父は研究者で、この森一体の霧を払う研究もしていたらしい。
他の研究でも多忙で、彼女が生まれる前から家を留守にしがちだったとのこと。
不慮の事故で母を亡くした時には、リュミエール達の祖父母達も既に他界。
いろいろあって、当時ミストヘイズに常駐していた父の助手の女性にリュミエール達は育てられたのだとか。
その女性も粛清されてしまい、リュミエールは孤独な生い立ちを過ごすことになってしまったらしい……。
リュミエールの父が違法取引に手を出したのも処々の研究に役立つ物が取引されるかもしれないという噂を耳にしたからだそうだ。
確かに五年前、私もこの事件を経験。
その取り締まりにも携わった。
しかし、どうしても腑に落ちないことがある。
身を守る為、仕方なく取引現場で人の命を奪っている。
だけど、事件集束後に粛清が行われた話等聞いたことはない。
私達を襲撃した時のリュミエールの様子といい、何かがおかしいのは確か。
少し、調べてみる必要がありそうだ。
「しかし、この霧、気が狂いそうだぜ。薄気味悪い色に、視界は最悪。体が蝕まれていくような感覚。この心地悪さは尋常じゃねぇな……」
本当にそう。この淀んだ空気はなんとも耐え難い……。
でも、そんな中、唯一普段通りの人がいる。
実際にその姿を目の当たりにしてしまうと、ある意味複雑な想いにもなってしまうわけで……。
「ニアさん、何のご冗談を仰いますか。普段からどこかのネジが抜けがちな誰かさんにはこの霧が良い薬になるかも」
天然なのか、私達の雰囲気を察して普段通りに振舞う気遣いをしてくれているのか……。
ニアと仲良しのメルトお姉ちゃんだけはこんな感じで、いつもと変わった様子が見られない。
それでも、今回の旅路にお姉ちゃんがいるのは嬉しかった。
この場所に何故お姉ちゃんがいるかといえば――。
アリヴィアと『カフェ・スウィート』の店長が周知の仲であるとアリヴィアから知らされた私達。
恐れ多くもこの関係性を利用できると思ったお姉ちゃんが、アリヴィアを通じてちゃっかりと店長に便宜を図ってもらい、私とニアと同じ待遇を受ける店員になってしまったからだ。
在りし日、飴乃国からシャルロットに戻る私に付いてきた時のように当たり前に、しかも、正当な理由まで取り付けてこの場に存在している。
私に付いて行けば、アイドルとして全国に顔を売れるだとかも話していたような気もするけれど……。
「おいメルト! お前ん中であたしはどんな扱いなんだよ」
「あらら、私は、誰もニアさんのことを指して頭のネジが抜けがちだなんて言ったつもりはありませんでしてよ。ホホホ」
「てめぇ、メルト! 覚えておけよ」
「まぁ、怖い。ララ様に助けを求めねば……」
霧を薬扱いされてお姉ちゃんに釣られてしまったニア。
その相変わらずな様子を見て、少し安堵してしまう私。
この重たい空気が紛れて正直助かっている。
もう少し言及するのなら、ニアからの質問を撒きつつ、話を茶化してしまうお姉ちゃんを改めて凄いと感じていた。
それにしても、お姉ちゃんの淹れてくれた温かくて美味しいココアは格別。
私は、いつものように他愛も無い遣り取りを交わす二人をよそ目に、至福のひとときを過ごしている。
私とニアが襲撃を受けていた頃、少し離れたところで休憩を取っていたお姉ちゃん。
後で戻ってきた私達がリラックスできるようにと温かい飲み物を当たり前のように準備してくれていた。
だから、このココアは特別。
冷えた体だけではなく、心まで温かくしてくれるのだから……。
こんな感じで私達のペースを意図的に管理してしまうお姉ちゃん。
その姿に、私は尊敬と憧れを増々と抱いてしまう。
あぁ……、流石お姉ちゃん。
そんなお姉ちゃんに巻き込まれてか、私達を強く警戒するリュミエールも、お姉ちゃんにだけは、ぼそぼそと言葉を交わしてくれていた。
リュミエールの案内によればミストヘイズまであと少し。
休憩を終えたら、夜が深くなる前に、一気に集落まで足を延ばしてしまおう。