第三十一話 瞳の奥に燃ゆる憎悪の灯火
シャルロットのコルベットへアリヴィアからの親書を届ける任に当たっていた私達。
日が暮れた闇夜のシャルロット街道をセイントルミズから北に向かって進んでいたところ、ひと気の無い暗がりの中、突然の夜襲を受けた。
「しまっ……!!」
私に気配も感じさせずニアの背後を取り、その喉元に鎌の刃を突き付けたのは黒光りした紫色の魔力を纏った赤い目をしたクマ型魔力人形。
(わりぃララ……)
(ごめん。私も敵の気配にすら気付いていなかった)
(とにかく、いざという時はあたしを犠牲にしてでもララは逃げろよ)
(私に逃げる選択肢はない)
(………ありがとう。けど、無理だけは絶対すんなよ)
(わかった……)
「弱さは罪――」
冷たい口調でそういい放つ少女に覚えはない。
「貴方は何者? 何が目的?」
「あなたに語る名はない。目的は復讐」
「……………」
「あなたたちはわたしの家族を奪った。五年前、シャルロット近郊で行われる予定だった闇取引。幼くして母を失っていたわたしと弟の生活の為にその取引に携わった父はシャルロット側の人間に取締りの名目を持って現地で殺された。その後、違法取引に携わった一族として弟も処刑され、わたしだけ運よく生き延びた。あなたたちはわたし、いいえ、わたしたちの敵」
「そうだね……。それについては否定しない」
「潔い返事……。しかも、躊躇いもなくあっさりと」
「当時の私は、自分が生き残る為、躊躇もなく沢山の命を奪ってきた。その人達がどんな想いで、どんな顔をして最期を迎えたかなんて覚えていない……。私は、自身が犯した罪について今更許しを請おうなんて微塵も思わない」
「あなたは悪魔染みている……。あなたたちのせいで!!」
――こんなところでも、悪魔染みているといわれてしまうとは……。
自分でも理解しているとはいえ、心が痛むな……。
「それで復讐を? 復讐を果たしたとして、それで貴方は救われるの?」
「……、るさいッ!! そんなことはどうでもいい」
淡々と、か細く、感情を押し殺したような声で少女は答える。
(そろそろ……、かな?)
(ああ、敵の魔法への対処は終わった。不意打ちを喰らったときは流石に焦った。正直、実力者ではなくて助かった)
(そう……、だね。ニアはこのまま劣勢の振りをしていて欲しい。少女から攻撃されたら幻影魔法で対処)
(分かった)
「死者が望むこと、それは生きている者の幸せ。貴方のその手を汚すことを望んではいないはず……」
「……、るさい……。……、わたしの目の前に現れたのが、あなたたちでなければ……」
(何か訳ありな感じ……)
(違いねぇ! 様子をみようぜ!)
(そうだね)
「私達は貴方にやられるつもりもなければ、貴方と戦うつもりもない。貴方は、それでも戦うつもり?」
「………、さっきから、そう……、いっている」
感情に身を任せている目の前の少女には最初から私の言葉が届いているようには思えない。
事情はさておき、こんな暗がりを女の子が独りでうろついている時点で普通じゃない。
「残念だけど、今の貴方ではただの返り討ち」
「だから何? 私が感じた悲しみ、苦痛、憎しみ。あなたにも同じ想いをさせてあげる……。まずはあなたの仲間から……」
(ニア、今)
(おう!)
少女の声に反応してクマ型魔力人形が動きだす。人形は、持っていた鎌の刃先をニア目掛けて振う。
「これで……一人。お父さん、トレゾル。わたし……」
少女は既にニアの幻影魔法の術中。幻影に惑わされて、ニアをやったと思い込んでいる。
そこに、私が追い打ちで幻覚魔法を放つ。
「少し怖い想いをさせてしまうけど、ごめんね……」
私が創造する幻覚。それは、刃が届いたと思ったニアが死霊に変異。少女の記憶に存在する彼女の家族を怨霊として具現化するもの。
恐怖という感覚を使って少女に干渉する。
私が少女に幻覚魔法を使うと、死霊の囀る怨念の叫びが彼女の精神を蝕んでいく……。
(ニア、彼女が気を失ったら解放してあげて)
(分かった。んで、意識が戻ったとして、また襲われはしないか?)
(それは大丈夫。対策済み)
(抜かりねぇな……。はは、そりゃぁ、あたしなんかがララに勝てるはずもねぇや)
死霊がもたらす絶望に少女が耐えられるわけがない。
ニアを攻撃した少女の声はか細く、小刻みに身体も震えていたのだから……。
それに、復習というわりには、少女からは憎しみも殺意もさほど感じない。
生気がなく、瞳は淀んでいて、その輝きも既に風前の灯火――。
少女は、少しの間もがき、そして苦しんでいた。
そして、私の目論み通り、やがて意識を失った。