第二十八話 ひとつの結末
……ラちゃん。
……ララ。
………………。
「こ、こは……。私、負けちゃった?」
私は、確かアリヴィアからの痛恨の一撃をまともに受けたはず……。
暖かな陽だまりの中、皆の声が私の心に届いてくる。
「私、こんなに幸せだったんだ。後悔なんて……」
――後悔なんてあるわけない。
「うぅぅ……、アれッ」
全身が鉛のように重たい……。
何とか指先だけは動かせたけれど、まだ身体が思うように動かない。
意識も朦朧とする。
(……ララ。心配したぜ。もう見てらんねぇよ……)
まだ負けていないことだけは確信。
(ニア、お願い。最後まで戦わせて)
(………………)
この空間、アリヴィアの祝福を前に生命的な死はありえない。
ニアの声が聞こえた。意識はまだ健在。それが根拠。
「お姉ちゃん……。ウソ……でしょ?」
私を仕留め損ねたアリヴィアの表情に小さな変化が見えた。
少しだけ心に揺らぎも感じた。
私の身体は、まだまともに動かせない。
(嘘じゃない。これが現実。私の意識はまだこの世界で生きている)
「まだ、まともに話せないからって思念通話……か。一撃で仕留められなかったことに衝撃を受けた。でもね、追撃なりなんなりで、次で確実に終わりにできる体勢は整っている」
――それなら先手を取るまで。
「血……!?」
ぼろぼろで力も入らないけれど、私の一番奥深くで燃える魂が無意識に私を突き動かした。
「アリヴィア、痛くて冷たいでしょ。これが水魔法の極意。私が魔法を教えてあげるっていったでしょ。あの日、いつか交わした約束は、必ず果たすから……」
「戯言はいらない。こんなに長い時間、私を独りにさせて――」
――何だ。昔のアリヴィアのまま。甘えん坊なアリヴィアの……。
妹。彼女は、生の祝福と光の加護を持つ導きの聖女。気高き白銀の剣姫『アリヴィア』
腰まで届く銀髪。太陽を支える空の色に似た美しく深い宝石色の海の瞳。
闇を光に。死を生に。私と対を成す。
アリヴィア。貴方は強くなりすぎてしまった。
いくら力があっても、使いこなせているかどうかはまた別の話。
アリヴィア、貴方は気付いていない。
私と貴方では決定的な違いがある。
それは、運命を司る『月』の力。
この戦い。いいえ。私とアリヴィアの定めはボーロ・レイから始まっていた。
金色と白銀。双極の二人の運命の物語をここからまた新たに始めましょう。
生と死が紡ぐ冒険の日々を――。
秘属性だったアリヴィアは私と違い何も失っていない。
だけど、今いるアリヴィアは幸せ? 孤独に夜空を照らす満月のようにしか見えない。
生れながらでは失い、後からなら失わない。そんな差引ゼロなんてない。
生も死も。夢も希望も。絶望も幸福も! 全てが輝いていない。
そんなのつまらない。面白いわけがない。
――私は、そのつまらないアリヴィアの運命を変えてみせる。
何もないことは、無限の可能性があるということ。
花天月地。生まれたての純白の白と穢れた赤。あの場所でした約束を果たす時。
月が私。花がアリヴィア。
闇は光を輝かせる影。金は銀を引き立てる双極の色。
私がアリヴィアの命の輝きを、希望の光を、世界で一番綺麗に咲かせてあげる。
「だから……」
だから、私は――。
「………………」
「いくよ。アリヴィア。私は貴方を超えて、私の信じた道を進む」
「奇跡が起こることだけ信じて私に挑むのは無謀。もう一度絶望の淵へと堕としてあげる」
それからしばらく、アリヴィアがじわじわと私を追い詰めるように攻防が続いた。
どれだけ長い時間続いていたか、否、短い時間に濃い遣り取りがあったのか、そんな感覚さえ失った時間の中で、お互いが一歩も引かずにぶつかり合っている。
私の目に狂いはなかった。
アリヴィアに押されてはいるが、私が有利とする決定的な差だけは埋まらない。
むしろ微かに私がその部分でだけ押し始めている。
それは実践の経験値からくる感と正確さ。
アリヴィアの攻撃には、針に糸を通す正確さが僅かに不足している。
「やるね。少し侮っていたかな?」
「そうかもね。私をここまで圧倒するアリヴィアはとても強い。だけど、私はこんなところで負けるわけにはいかない」
「今なら、その想いを戯言といって決して軽視しない」
「アリヴィア、そろそろ私がこの戦いの始まりに仕掛けた魔法が効いてきたんじゃない?」
「どう……かな?」
私が先手を入れていた魔法は『腐食』。
アリヴィアの生を侵食して、少しでも魔力を削ごうと考えた魔法。
アリヴィアなら防げたはずなのに、彼女はそれを敢えて受け入れた。
「防がない時点で無意味だったかな?」
「私のような存在でなければ、これ程の毒に耐えれる者は僅かしかいないと思う」
小さな期待さえ持たせてもらえない。
それは承知の上でこの場所にいるけど、少しだけ自信をなくしそう。
そろそろ頃合いか……。
「特殊能力、終焉無き破滅」
アリヴィアは動揺すら見せない。
「私の特殊能力も見せてあげる。第一領域、永久なる創生……。そして第二領域、――深海奈落」
う、そ……。特殊能力を二つも持っているなんて聞いたこともない……。
「私の魔法がこんなに簡単に……」
今度こそ、終わっ……た……。
「これが私とお姉ちゃんの間にそびえ立つ越えられない壁」
「それなら!」
運命を見通す月の力を宿した魔力を身に纏い、感を頼りにアリヴィアの行動を先読み。
先手を取るべく修復した鎌で素早い攻撃を仕掛ける。
「お姉ちゃんは感に頼り過ぎ。だから私に圧倒される。格下か同等の者には通じると思う。私には無意味」
「それってまさか……」
次の瞬間、私は吹き飛ばされる。
私の特殊能力がアリヴィアの第一領域に制圧され、吹き飛ばされた私は深海の奈落へ目掛けて一直線。
何とかしないと――。
「その通り。お姉ちゃんは、私の攻撃が正確性を欠いていると信じ込んでいた。そして、自分の攻撃が私の動きを鈍らせる要所に徐々に当たり始めたと錯覚。私の動きが落ちた頃合いをみて氷の魔力かもう一度腐食を使うかといった作戦を取るだろうと私は読んでいた」
返す言葉が見付からない。完全に当たっているし、詰んでしまった。
もうすぐ、海に呑まれてしまう。諦めるしかないの?
「そんなのやってみないと分からない」
「なら先に教えてあげる。その攻撃が私に直撃しても無効化されるだけ。知らない方が幸せだったかもしれないね」
もう、人知の及ぶところではない。
お姉ちゃん、ニア、皆……、ごめん。
海に呑まれた私は、ただただ底なしの青に沈んで行く。天井から差し込む光が徐々に遠のき濃い青に満たされて行く。
この先は時が止まった世界。真っ白で何もない記憶と共に廃人になって生き続ける世界。
せめてもの救いは、アリヴィアが私に苦痛を与えないよう配慮してくれたこと……。




