第二十二話 語られる真実と変わらぬ現実
「ラクラスに謝罪せねばならないことがある」
部屋を替え、オルドシークと話の続きが始まった。
「謝罪?」
唐突に何だろう?
「ボーロ・レイ……。もし、ラクラスの力が本物なら悪魔如きが攻め入ったところで滅びることはないと踏んでおった。滅びを阻止できなかったのはワシの責任じゃ。すまない」
私の力。制御していたのだから、第三者から見たらその力を憶測で計るしかないのは当然。
聖域を守る闇精霊としては、私を警戒し続けることは自然の流れ。そして、聖域に直接被害を及ぼすような事象がない限り、闇精霊は静観するのが理に適っている。
「私が倒した赤い悪魔。確かに私には脅威でも何でもなかった。あの時はたまたま私が村を空けていた。だから皆を守れなかった。闇精霊は、あの時の悪魔と何か関係があったの?」
「ない……。悪魔といえば常識的に考えたら強い力を持った存在。その目的を監視していた。万が一、聖域にでも目を向けられたらそれはこちらとて見過ごせない」
あの時の襲撃、よもや監視されていたなんて……。
「目的が聖域の侵犯なら闇精霊は大義を持って対処。村の侵略なら私が対処。静観が最善の選択……」
「うむ。じゃがの、我々の集落では、無益な殺生を好んでおらん。中央を介して何かしら手が打てたかもしれんし、ラクラス達に辛い過去を生んでしまった。すまんの……」
「それは違う。こうして真実を伝えてくれた。心あるものとして、闇精霊が他種族の身を案じてくれていた。それだけでも皆救われると思う。ありがとう」
オルドシークは表情を変える事もなく、大きく一度だけ頷いた。
「悪魔の襲撃について一つ気になっておることがある。悪魔は何故ラクラスが不在の時に村を襲った? たまたまか?」
「私もそこには疑問を持っていた。だから、悪魔にそのことを聞いた。でも、悪魔は全て喰らえば同じとしか答えてくれなかった……」
「そうか……。であれば尚更、きな臭い匂いがする。もし、悪魔の狙いがお主ではなかったのなら……」
「村人の中に、私のように紛れていた者がいる可能性があるってこと?」
「うむ。我々からの報告を受けた中央もこの事件を当然把握しておる。子供が魔人でも倒した事件ともなればこの時からラクラスが中央の監視対象になったかもしれん。じゃが、問題はそこではない。悪魔を欺きその場を立ち退いた者がいる可能性を考えねばならんじゃろう」
「心に留めておく」
「ワシからの話はこれで終わりじゃ。して、ラクラスの話とはなんじゃ?」
「私がこの力の代償に生まれながらに奪われたもの。人が眠りの中に見る夢を取り戻す方法があれば教えて欲しい。それが今ここに私がいる意味。旅を続ける理由。夢うつつを操る闇精霊はやっと辿り着いた希望の光……」
オルドシークは右手の親指と人差し指、そして中指を額に当て、少しの間目を瞑って考えごとをするかのような仕草をした。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……、すまぬ、ワシ等では力になれない。世界の歴史を紐解いても、神が与えた神秘を覆した例をワシは知らぬ。神に近い存在とされているワシ等でさえ知らぬこと故、この先それを叶えるのは絶望と等しいと思って間違いないじゃろう……」
無い……。…………。報われない。やっと叶うと期待した願い……。
そんな……。
「嘘だ!! そんなはずがない!!」
私は無意識に大きく鋭い声を張り上げていた。
まるでパンドラの箱に詰まった全ての絶望が一気に爆発したかのような気分……。
違う。パンドラの箱の方がまだマシ。最後に希望の欠片が残るのだから。
こんなんじゃ、夢も希望も無い。私が追い求め辿り着いた境地は……、絶望……。
「無理な話かもしれんが、冷静………」
もはやオルドシークの話は私の耳には入って来なかった。ここから先、どんな話があったのか、どんな話をしたのかを私は一切覚えていない……。
『夢は取り戻せない』という現実が真実で、唯一無二の答え。
落ち着いて冷静になっても、覆ることのない結果だった……。
私の心は空っぽで、希望の光は心をすり抜けて瞬いて消えてしまった。
それでも、ない答えを探し続けるよりはいい。
この旅の終わりが私にもたらしたものは絶望だけではない。
かけがえのない出会いがあり、心や思考の成長にも繋がった。
眠りの中の夢を取り戻す願いは叶わなくても、現実世界で見つけた魔導研究者になる夢はこの先も消えることのない現実。
世界に確実に存在し続ける夢ならば、諦めない限り叶う可能性はゼロではない。
これからは魔導研究者を一直線に目指せばいい。それだけで今は充分に幸せだ。
まだ、心の整理が完全にはできてはいない。それでも、結果が出てしまえばこんなものかと思えてしまう自分もいた。
神様が私から奪った夢と、その夢を探し求める過程で得た財産は等しく平等だったのかもしれない。
それは、これからの私次第――。