第二十一話 闇精霊と他種族
私がノエルと話をしていると、オルドシーク達が姿を見せた。数にして十名。
全員が腰を掛け終えるのを確認したオルドシークが話を始める。
「では、これより、レイ・スロスト事件の真相についてと、闇の聖域に踏み込んだ人間、ラクラスを除く三名の処遇についての話し合いを始める。断っておくが、ラクラス一人が人族でそれ以外が闇精霊というのは好ましくない。だから、この村唯一のエルフ、ミザリアを間に立てて、話の進行をさせる。そして、ワシ以外の里の要職者には、この場の証人として事の顛末を見守る役割だけ担ってもらう。ワシが代表してラクラスとの対話を執り行う」
「では、私、ミザリアが長に代わりこの場を進行します。まず、聖域に踏み込んだ三名の人間の処遇について。長、闇精霊族からの見解をお伝え下さい」
ミザリアと名乗った女性。エルフが何故闇精霊の里に? って謎はおいといて、ミザリアも美人。エルフとは理知的で美形が多いのだろうか……。
「うむ。結論から話させてもらおう。我らの里のことを職務外で一切語らないこと。これを条件に三名を解放する意向である」
「ラクラスさん、今の長の話に対してご意見はありますか?」
と、ミザリア。
私は、少し考えてから答える。
「感謝の意しか示せない。私は、聖域に踏込み、その家族と戦いまでしている。それも何度も。それなのに、寛大な処遇を提示してもらえるなんて……」
「長、経緯の説明を」
「そうじゃの。ラクラス、お主のことは、逐一ノエルから聞いておった。ニアに全力でぶつかり、我々の期待に見事に応えてくれよった。我ら精霊も、人と同じ。家族に良くしてくれた者に対して、恩を仇で返すような真似は決してしない……。それに、我々と人とが争わずにして共存共栄していくためにもそれが最善」
この場にいる私とミザリア以外は全て闇精霊。周囲を見渡すと、闇精霊達は皆オルドシークの言葉に頷いている。
「ラクラスさん、今の長からの言葉に対して何かありますか?」
「まず、その心遣いに改めて感謝したい。そして、一つ教えて欲しい。先遣隊の三名の記憶は消さないの?」
「人の世界の中央が関わっておることだからの。記憶を消す意味がない。ラクラスよ、その理由が分かるか?」
「…………」
私は黙って首を横に振った。
「知らずともよい。知らぬのも当然……。我々とて、初対面のラクラスと信頼関係にあるわけではない。じゃが、それに相応する大義はある。故に、お主に協力すると約束しよう。どこぞの老兵もえらくラクラスを気にかけておったことだし、無下にはできまいて」
ノエル……。そのノエルは素知らぬ顔で、目線を縁側の先の庭園に向けている。
「他種族と必要以上に関わらないはずの精霊族が、人の世界について詳しいの?」
「他種族と闇精霊……。その関わり方が、先遣隊三名と、レイ・スロスト、二つの話に繋がっておるのじゃよ」
「えーっと……、どういう……こと?」
私は首を傾げる。話の流れが見えない。
「精霊と他の種族間に交流がないとされておるが、それは表向きの話に過ぎないということじゃ」
ふぅ……っと、オルドシークが一息着く。
「ラクラスさん、あなたは恐らく、エルフの私が何故闇精霊の里に居るのかって疑問も持たれたのではないですか?」
ミザリアが私に質問をする。確かに知りたかったことだけど……。
「ミザリアのいう通り。疑問に思った」
「私は、幼き日に、この里に迷い込んだ孤児だったそうです。エルフは希少種で、この大陸にはエルフの集落はないそうです。このような背景の中、私がどうして里に迷い込んだかは謎のままですが、事情を汲んだ里の皆が私を育ててくれたのです」
「ミザリアがこの里で暮らしてこられたことも、他の種族と闇精霊の関わり方が影響しているってこと?」
「そういうことです。私達エルフは他種族と共存共栄している種族ですから、エルフが他の種族の元で共存することには問題がありません。だから、あとは闇精霊と他種族との関わり方が問題となるのです。長がいわれている闇精霊も人も同じという意味。ここには『心を持っている』ということ以外に、共存共栄という考え方にも人と通じるものがあるのです」
そういうことか……。聖域を守るために他種族を近付けないというやり方もある。でも、他種族との交流を通じてこの場所を守る方法もある。
どちらも結果は同じ……。
「背景は理解できた。教えてくれてありがとう。あと、ミザリアと私は似た者同士だったんだね。私は生まれて間もなく捨てられ、この里から近い星砂糖の森の袂の村の人に拾われた……。違うのは、私の場合、育ててくれた家族がこの世界にはもういないということ……」
「えと……、あの、事情を知らなかったとはいえ、辛い話をさせてしまいました。ラクラスさん、ごめんなさい……」
「大丈夫。それはお互い様かもしれない。ミザリア、気遣ってくれてありがとう」
ミザリアがゆっくりと頷く。タイミングをみてオルドシークが話を進める。
「それでは、ここから本題じゃ」
「…………」
返事をする代わりに、私は頷く。
「我等闇精霊は、それこそ大昔は他種族との関わりを持たなかったと聞く。じゃが、今は時代も変わり、文化や知識、技術そういったあらゆる面で他種族と関わっておる。そして、相互に暮らしを発展させつつ、平和を維持する方針を執っておる」
「えっと……、質問してもいい?」
「気になったことでもあったかの?」
「ある」
「聞こうか……」
「種族間で各分野の発展度合いが同じとは限らないと思う。その場合、どちらかに行き過ぎた技術や知識等があるかもしれない。それらは色々と問題にはならないの?」
「着眼点が良いの。確かに、その点は慎重に携わらなければならない。何事も度を超えてしまえば、大惨事にもなりかねんからの……」
「でも……、私から見える世界では少なくとも表向きの平和は保たれている。それはつまり、裏を返せば各種族間に秩序を守る体制が整っているとも考えられる」
「うむ……。半分正解で半分間違いじゃ。次元世界に存在する各地の聖域には、人の世界と同じで沢山の居住区が存在しておる。特に精霊はそれぞれの集落で与えられている役割が違う。我々でいえば聖域への入口の守護。同じ種族間でも任務の特異性からお互いに必要以上に交流を持たなかったりする。ラクラス、これが何を意味しているか分かるか?」
「同じ種族でも相手の実態が見えない……。身近なところにさえ、文明格差があるかもしれないってこと?」
「ラクラスさんの仰る通りです」
「人の世界とて同じ。中央を頂点に、大陸、国等という単位で差別化がされておる。そして、各々が必要以上の情報を外部に流失しないように管理をしている」
オルドシークのいう通り。人の世界だって同じだ。
闇精霊も人も同じという意味に対して、私の理解は増々進む。
大陸、国家、人々。こうした対象の歴史を紐解けば答えは単純明快。
同じ種族でさえ、時に争いすら起こすのだから、ましてやそこに他種族の行き過ぎた力が行使されたなら……。
未曾有の大惨事さえ引き起こされてもおかしくない。
「そう……だね」
「もう少し範囲を広げてみるとどうじゃ。人と他種族との関わりが起こりそうな地域は危険区域に指定され、その区域を中央が直接管理しておろう」
「秘密裏に中央が他種族と交流を進めているとするなら都合の良い仕組み……」
「そういうことじゃ。もうワシが何をいいたいかラクラスは察したのではないか?」
「何となく……。つまり、この話合自体意味を成していない。既に中央とオルドシーク、いいえ、闇精霊の間で終わっている話ということ?」
「それが伝わったなら良い。ミザリア、今回の事件の真相を説明してやってくれんかの」
ミザリアはゆっくりと一度だけ首を縦に振って頷く。
「生命真理の書を巡る一連の事件は、私達闇精霊が産みだした魔通話機の技術を発展させるために引き起こされました。大規模な魔力を収集して、それを音声に変換する基幹システムの開発が主な目的です」
「魔導通信機とはまた違うものなの?」
「ラクラスさんは、魔導通信機をご存知なのですね。その魔導通信機は私達闇精霊の持つ魔導通話機の技術を人の技術者たちが応用して作った代物です」
「つまり、原理は同じってこと?」
「その通り。魔通話機との違いは、基幹システムが収集した魔力を何に変換するか。音声なのか情報なのか。いずれにしても、遠く離れた距離にいる相手に瞬時に通信を行うには、大規模な魔力収集変換システムがなくてはならないのです」
信じられない……。こんなことって……。
お姉ちゃんから教えてもらった魔導通信機。その起源を知ることが出来るなんて思ってもみなかった。でも、通話技術の応用が通信機なのに、人の世界ではどうして今更魔導通話機を開発しようとしているのだろう? 『普及させる』ということなら辻褄が合いそうな話。
今は詮索しても仕方がないか。
「今、私達人の世界では、魔導通信機の基になった魔導通話機の開発を目指しているという話を聞いたことがある。それって正しい情報?」
「正しいです。通話の音声は、私達が住む世界のように魔力が満ちている場所ではハッキリとした綺麗な声になります。ですが、人の世界ではそれは難しいでしょう。ましてや大人数が同時に誰かと通話をするとしたら、より多量の魔力が要ります。ですから、現在の技術で快適な通話を行うのは尚更無理な話です。それに対象と距離が遠い程、音声は乱れてしまう……」
「それで基幹システムの開発が必要に……」
「そうです。そこで、生命真理の書の魔導収集・変換システムを研究する運びになりました。しかし、人の世界で倫理に反することを中央が表立ってできない」
「だから、違法研究者のレイ・スロストが利用されることになった。と、いうわけじゃ」
「長のいう通り。中央は彼を利用しました。勿論、基幹システムの開発のためというのが中央の大義でしたが、中央はレイ・スロストが研究していた禁忌でさえ手に入れようとしていた……。いえ、この話は憶測に過ぎないので……」
なるほど。これで合点がいく。
レイ・スロストと私達との戦いの戦況を中央と闇精霊は監視していた。
それにも関わらず、闇精霊はその場に姿を現さなかった。
背景が分かれば、それは当然。
切り捨て、罪被せという単純な話でしかない。
「ラクラスよ、中央には、本当に優秀な者達しかおらぬ。レイ・スロストでさえ、中央の序列でいったら、良くて下の中といったところじゃろう」
「そんな話を何故私に?」
「中央が介入する事件でラクラスはその年にして単独行動を認められた逸材。良し悪しは分からぬが、ラクラスと中央がこの先何らかの形で表向きに関わりを持つような気がしての」
「普通なら願ってもないこと……」
「『普通なら』の。優秀な者が集まる世界は息苦しくもある。歯車が少しでも噛み合わなければレイ・スロストのような結末を招いてしまう。逆に、能力さえあれば幾らでも上に登り詰めることもできる。中央とはそんな世界じゃ」
「私の力は中央には隠しきれていない?」
「残念ながらの。レイ・スロストが中央の差し金であった事実が答えじゃ」
「それなら私は、私の信じた明日を迎えるためだけにこの力を使う。そして、私の正義を貫く……」
「まあ、まだ先は長い。肩の力を抜くことじゃ。今はここからが新たなラクラスの旅の始まり位に思っておくがよかろう」
「あまり思い詰めないようにして、柔軟に考える。ありがとう」
「この事件は人の命を対価にした研究。倫理的な問題は否めない。じゃが、中央はそれを理解しながら、悪者を立ててまで秘密裏に研究を行った。これが何を意味しているか……。中央は優秀過ぎるが故に、黒い噂も尽きないと聞く」
「警告を無駄にしないよう、気を付ける」
「うむ。それでは、この話は終いじゃ。質問、意見等ある者はおるか?」
オルドシークが皆に問うが申し出る者はいない。
「では、解散します」
ミザリアの一言で、この場に集まった闇精霊達は次々に静かに部屋を後にしていった。
その様子を伺って、オルドシークが私に声を掛ける。
「この後、別の場所で話がしたい。良いじゃろうか?」
「私も聞きたいことがある」
生命真理の書を巡る事件は、こうして真の結末を迎えた。
私達が便利で快適な生活を当たり前に送れている背景には、様々な事情がある。
恩恵が大きいものなら、それに見合った代償があるのかもしれない。
真相を紐解くと、そう気付かされた事件だった……。




