第二十話 終わりと始まり
「そこまでじゃ!」
私とニアの戦いは、闇精霊達が暮らす『月明りの里』の長、オルドシークの強制介入によって幕を閉じた。
私が渾身の一撃を放つ前にニアは気絶。既に雌雄は決していた。
戦いの後、私は、オルドシークに森深き里へと案内された。
気絶したニアは、私が背負って運んだ。
月明かりを受けて静かに色とりどりの淡く優しい光を放つ植物達に囲まれた里は、落ち着いた雰囲気で、心が鎮まる。
辺り一面に散りばめられた光彩があまりにも幻想的で心が奪われてしまっても仕方がない。時が経つのも思わず忘れてしまいそう。
里には庭園付きの一際立派な木造平屋の建物があって、そこはオルドシークが治める集落の政を執り行う場所。そして、今私がいる場所でもある。
これからオルドシークと里の要人達がここに集う。そして、レイ・スロスト事件の真相と、先遣隊の処遇についての話合いの席が設けられる。
私は、庭園を見渡せる長い渡り廊下の中央付近に位置する畳の間に通された。
移動の合間に私はオルドシークから闇精霊達が私達とこれ以上戦う意思を持っていないと聞かされている。これまでの流れを考えればここで嘘を着く方が難しいし、長の言葉として信じたい。
私情を挟むべきではないけれど、私は闇精霊とは心を通わすことができると信じている。
ニアは、この席に参加できそうにない。その代わり、ノエルがニアの代理で話合の席に立ち合うらしく、他の闇精霊に先駆けてこの場所に姿を現している。
「ラクラス殿、この度はどのようにお礼を申して良いのやら……」
「お礼なんてとんでもない。ノエル……、こちらこそ何というかその……。ニアが無事で良かったというか……」
「ニア様に全力でぶつかることは我々では叶わぬこと。貴方様のように圧倒的な力がありながらも、温かな心を持つ方に出会えたことがご本人の宝物となるでしょう。ニア様も、この戦いを通じて本当の強さがなんなのかを身に染みて理解されたことでしょう……」
この時のノエルはとても感慨深そうに見えた。孫を心配するお爺ちゃんみたいに……。
ノエルにとってニアが本当に大切な家族の一員だってことが伝わってくる。
「ニアは、これから変わっていけるかな? これで良かったのかな?」
「それは、ニア様にしか分かりません……。ですが、ラクラス殿がニア様に差し伸べて下さったその温かな手。それは、ニア様がご自身の未来に無限の可能性を切り開いて行くための原動力となるでしょう。わたくしは、そう信じています」
ノエルが穏やかで優しい笑みを私に向けている。……、これは、安心していいやつだ……。
「人も精霊も同じだとノエルが私に教えてくれた。私もそう思う。だから、私はニアと、これからも本音で正面から向き合っていきたい。心を分け合っていきたい。ノエル、こちらこそありがとう」
「ラクラス殿、ニア様をこれからも頼みます。ニア様は、あのような性格ということもありますが、幼い頃からご自身の置かれた立場のことで周囲から浮いてしまっていて……。ご友人のような方もいらっしゃらなく……」
「私も、最初は独りだった。でも、今は違う。私も変われた。だから、ニアもきっと……」
私もノエルに穏やかな笑みを返す。
「ところで、女性に失礼なことをお聞きしますが、ラクラス殿は今おいくつですか?」
「十四……」
「ニア様も、人でいえば同じくらいの年頃。これも運命の導きなのかもしれません……」
「運命……、かもしれないね。私は、死の祝福と闇の加護を宿した罪人。闇の導きがニア達との出会いをもたらしてくれた可能性もある。でも、この出会いは、死の祝福が大切な人や物を奪っていくための布石とも思えてしまう……。私は、大切ものが増えていくほど怖くなる……。六年前、この力のせいで、私が育った村の人達は皆死んでしまった……」
「そのような過去が……」
「うん……。村が滅びる前の私は、死というものに何の感情も抱いていなかった。いつか命は尽きるもの。それが早いか遅いかだけ。戦いに身を置く者ならば死を覚悟していて当たり前とだけ思っていた……。だから私は、冷酷非道に沢山の命を奪うことができた。でも、今は命の重さ、意味、輝き、その幸せを知っている……」
「かけがえのない何かを失ってしまった時、その理由によって、怒り、悲しみ、絶望、恐怖、憎しみ、寂しさ、そういった感情を抱くものです。もし自身が、他者の幸せ、未来、可能性、そういったものを奪い、壊してしまった時、後悔や罪悪感、他にも様々な複雑な想いが交錯することでしょう」
「うん……」
「ラクラス殿は既に人の痛みを身に染みて分かっておられる。だから、ご自分の力をどう使うべきか、どう使えるのか、そして、その力で何を変えることができるのか、こうした悩みの先に進むべき道をご自身で見付けられた。そして、強い意志を持ってその道を進まれている。それは、何にも代えがたい力です。その力が、この先も正しい道に光を照らす道標となっていくことでしょう」
長い時を生きてきたノエル。その言葉は私の心に響く。
ノエルには自分の弱さがまるで見透かされているかのよう。
「私は、強くなんてない……。きっとこの先も、迷い、悩み、立ち止まり……。時には来た道を戻ってしまうかもしれない。それでも……」
「覚えておいて下さい。真の強者は幸も、不幸も深く知り、絶望から立ち上がり奇跡を起こすことができます。ラクラス殿の進む道もきっと……。そして、ご自身を罪人と呼び、責められないことです。それはご自身が死ぬか生きるかの中でのもの。ラクラス殿が無益な争いを好まれていないこと、お優しい心を持たれた温かな人であることをわたくし共は分かっております」
「ありがとう。ノエルともまた色々な話を沢山したい。そんな機会もあるのかな?」
「ええ……、そういう機会もきっとあるでしょう。孫がもう一人増えたようで、なんとも嬉しい限り。長生きはしておくものですな」
ノエルの頬が緩む。その表情は、とても穏やかだった。




