第十七話 酷似した二人
闇精霊との初対面は私の撤退にて終了。
直ぐに各所へ報告を挙げて次の作戦を待った。
次の作戦までの間、私は星砂糖の森の側にある中央管理局の事務所で時を過ごしている。
「もう三日……。そろそろ動きが欲しい」
と、こんな感じで時間を持て余していると、その時はきた。
「ラクラスさん、シフォン国危機対策局準局長殿より伝令が届いています」
「了解。ありがとう」
作戦は単純だった。優先事項は相手を殺さないこと。進行と撤退を繰り返し、情報収集を行う。
相手の戦力分析、先遣隊の救援、これらの課題の糸口が見付かるまで情報収集を繰り返す。
レイ・スロストの件は後回し。
先の戦闘で出会った闇精霊隊のニアと呼ばれていた少女の性格を考えたら、こんな理に適った作戦は無い。
私は、『異存はなく、滞り任務を遂行する』と返事をして欲しいと伝令係りに伝え、事務局を後にした。
それから、リアンとアリヴィアが眠る私のお気に入りの地に夜営を張って、聖地への侵入と撤退を何度も繰り返した。案の定、作戦は功を奏して、相手は苛立ちを隠せなくなってきた。
時間を掛けても問題が解決できないという無能さを晒していることに対する焦り、簡単に聖域へ侵入させてしまう失態を繰り返していること等が相まってこちらの思うつぼ。
そして、好機は必然と訪れた。
相手戦力の現状がおおよそ把握できた。私達が優位に立っていればあとは全てが上手くいく。
聖域への侵入方法という重大機密を漏らしながら、機密保持者を排除できず、成果を出せない無能な少女が指揮する隊が継続投入されている時点で現状戦力は皆無。
勿論、罠かもしれないと警戒は怠らない。それでも、こちらも行動を起こさないと変化は訪れない。次の作戦の遂行許可も得ているし、これから実行に移る。
「そろそろ、仲間たちを解放してくれる気になってくれた?」
「いちいち癇に障る奴だ。イライラする。何度ここへ来ても答えは変わらない」
「それなら、実力行使しかないのかな……?」
「やれるものならやってみやがれ!」
少女は焦りから余裕がない。苛々している。さて、敵将を討つのは簡単だけど……。よし!
「じゃぁ、まず貴方の仲間から消えてもらう」
「おい、お前ら、こいつを何とかしろ」
「お言葉ですが、相手のあの自信と不気味な気配。ここは様子見をした方が……」
「うるさいッ! ここ連日であいつの戦力は測れているだろ。お前らも、こんなに失態を繰り返して黙って大人しくしていられるのか?」
「だからこそです。戦力を測れた? ご冗談を。どこをどうしたら、我々をこんな簡単にあしらう相手に余裕を見せられるのですか? お考え下さい」
やはり……。部下の方が有能だ。士気が乱れて統率が取れていない。この子を貶めるには……。そう、あれしかないという手がある。
「貴方の部下が折角進言してくれているのに、聞かなくていいの?」
「あたしが隊長だ。自分の下した判断で、部隊を好きに扱って何が悪い? それに、これは部下に意見を聞いたことを交えて下した私の判断だ」
彼女は分かっていない。部下の意見を自分の利己主義な考え、自尊心に基く都合の良いものへ書き換えて、部下にその責を押し付けているだけということに。
どうしてだろう? 私はこの子に何だか苛々? 怒り? に近い感情を抱き始めている。戦場では常に冷静でいなければならないというのに……。
「少女の周りの人達。貴方達は賢明だと私は思う……。そうだとしても、これは貴方達の隊長の判断。私は手加減しない……」
私からの挑発……。相手の出方はどうか。
「くっ、止むを得ん。かかれ!」
少女の相談役と思われる年長の男が彼女に代わり部下へ指示を出す。私はタイミングを見計らって準備ができている魔法を繰り出す。
「闇に、呑まれなさい……」
――終焉無き破滅……。
魔力制御をかけていてもこの程度の相手なら造作もない。
私が神となった世界に少女以外が堕ちていった。
勿論、今回はただ閉じ込めただけ。ありとあらゆる負の概念に怯えながら出口のない世界で耐えてもらうしかない。殺さないよう、息を絶やさないように手加減をしている……。
「さぁ、今度は貴方の番。どうする?」
「う、嘘だろ……?? 爺や、皆……」
少女は目が泳いで動揺を隠せていない。
「思った通り……。貴方にとって、皆は大切な存在……。私は、最初に貴方に聞いているはず、『本当にいいの?』って。判断したのは貴方。貴方が無能だったから皆やられてしまった。それだけのこと」
「この、悪魔めぇぇぇぇぇぇぇ!」
「自分のことを棚に上げて、私に責任転嫁?」
あぁ、そうか――。分かった。あの子を見ているとどうしてこんなに苛々するのか。
少し前の私にそっくりだからだ。
私の孤独や不幸が、この力のせいだって勝手に決めつけて、そこに原因を押し付けて、甘えて、凝り固まったまま、固執したまま何も見えていなくて。
それでいて、何もしない癖に調子の良いことばかりいって、周りに合わせて……。
「あんたがこんな奴だって分かっていたら、こんなことにはなっていなかった……」
「少なくとも、貴方が爺やといった側近はこうなることを理解していた。貴方はそれを自己の都合で排除した。これは戦い。遊びじゃない。そんなに簡単にことは運ばない。一歩間違えれば死に至る。そういう危険と隣り合わせているって思えば嫌でも慎重にもなる。今更何をいっても言い訳。真実は貴方が無力だったということ……」
「…………」
「今まで貴方が対峙してきた相手は、部下の意見を聞いて、貴方の直感を信じて判断したらそれで良かったかもしれない。そんなことをしていたら、いつか大切なものを本当に全て失ってしまう。私のように……」
ボーロ・レイの時みたいに……。
今日はもういい。これ以上、苛々したくない――。
「私にも大切なものがあるし、貴方達は私達の仲間を殺さず礼を示してくれている。だから私も貴方の仲間を返してあげる。これからどうするかは、貴方の行動次第。貴方が決めたらいい」
敵に情けをかけたなんて知られたら、国から怒られるかな? 正直、そんなこと、今はどうでもいいか。
何度も対峙して分かったことは、私達と同じで、闇精霊達にも大切な仲間がいて、かけがえのない時間を共にしている。そんな雰囲気を感じ取ってしまったこと。
それと、心の底から悪い精霊達ではないということも何となく感じ取れた。
闇精霊の部隊長は戦闘には向いていない。けれど、真っ直ぐで気持ちの良い心を持っていることは確か……。
戦闘に向かないといっても、支配の一族であることに違いないし、並の人間よりかは強いことは間違いない。そういうのも含めて戦闘に向かないって感じ……。
「くっ……、情けねぇ。あんたにここまでやりたい放題されて、あたし達がこのままで済ませると思うなよ。覚悟しておくんだな。あたし達にはあたし達なりのプライドってもんがある」
私は、いきり立つ少女を差し置き、闇に呑まれた少女の仲間達を返した。
幻影や幻覚に精通する彼等でも、恐らく生涯初めての絶望と恐怖を味わったことだろう。
解放した彼等が精神的に壊れていないかと案ずるべきだけれど、私もそこまでは責任を持てない。後は、少女が隊長としてどう行動するか。そういう問題。
本当に私はお人好しだ……。
「……、こんな絶望は久しぶりに味わいました。自分達の得意とする魔法がこんなに恐ろしいものだと再認識させてもらった次第……。耐性のある我々にこれほどまでの影響を与えるとは……」
少女が爺やと思わず口にした側近の男が私に向かって話かけてきた。
流石に歳相応。私の魔法に掛かりながら言葉を発することができるなんて。
「それは答える必要がないこと。このまま平行線を辿るなら知る機会があるかもしれないけれど……」
「まあ良いとしましょう。にしても、今回は流石にニア様に愛想を尽かした者が多いかもしれませんな……」
「あたしが無策で、無能だからか?」
とても強い口調だ。私は悪くないといいたいかのように……。
「いわずともお分かりでしょう……。仲間達のあの怯えきった様子、据わった目。ニア様が彼らに強いた行為がどれだけ恥ずべきことかは明白」
確かに。まさに正論。
「…………くっ、お前らはいつもそうだ。あたしの苦労も、何もかも理解せず……」
「ニア様、戦場では結果が全てなのです。仲間の命をあなたが預かっているのです。もういい加減にしましょう。その姿勢が我々を失望させるのです……」
私がここにいる理由もない。今回はそろそろこの場を去ろう……。
「そろそろ撤退。貴方達も今回は私を追うような真似はしないと信じたい」
「ニア様、追いますか? こんなことになっていますが、これは族長の命を受けた、我々の機密を守るための任務。ご判断を……」
「追わずとも良い……。どうせ向こうからまたこちら側にやってくるのだから……」
「そうですか……。わたくしもニア様のその決断を支持します。敵の情けを受けるのは恥ずべきことではありません。傷付いた仲間を使い、勝ち目のない戦をしかける方が恥ずべきことです。ここは、我々の同報を解放した敵方に、恥を承知で謝意を示すべきです」
「次こそは……、次こそは、そいつに好き勝手やらせねぇ! あたしはここで引く。あとはお前らに任せる」
そういい残すと、少女は部下を差し置き、一人先にこの場を去っていった。
そして、残された部下の一人、年長の少女の側近が私に一言。
「わたくしは、隊長、ニア様の側近で、名をノエルと申します。隊を離れたら彼女の家の使用人として代々仕えている家柄の者です。ラクラス殿、この度は我々の家族に情けをかけていただいたことに感謝します……。そして、お見苦しい姿をお見せした非礼を詫びさせてもらいたい」
「ノエル殿、そいつがニア様や我々を愚弄したから、こんなこと……」
精霊隊の一人がノエルに声を掛けようと私達の会話に割って入る。
しかし、その瞬間ノエルは、
「黙れ!! お前達の目は節穴か。もういい、ここは私一人で引き受ける。お前達は先に戻れ!」
と、部下を一喝。口出しするなと、ノエルが凄みを見せる。
「で、ですが、それでは……」
これ以上口を挟むなら、仲間でも容赦なく切り捨てる。鋭い眼光がそう物語っている。部下を圧倒的重圧で威嚇している。
ノエルは、言葉を続けようとした部下を委縮させ、それ以上の発言を遮断した。
これを機に、ノエル一人をこの場に残し、皆空の彼方に去って行った。
部下の姿が見えなくなるのを待って、ノエルが話を切り出す。
「何度も醜態を晒してしまい申し訳ありません……」
「いいえ……。私も、ノエルの取った行動には、少しだけ同情に近い感覚を覚えていたから……」
「寿命という面では、人からしたら我々精霊の方が遥かに長い時を過ごします。しかし、それを除けば、人も精霊も本質は同じ。だから、わたくしの気持ちが共感できられたのでしょう。我々も魔力を持つ存在で、人でいう感情のようなものも持っている。大切な家族や仲間達がいて、それを守りたいという気持ちも……」
「それでも、敵と味方、立場が違えば、時に刃を交えなければならない。例え、それが無益な争いだとしても……」
「左様に思います。それにしても、ラクラス殿はまだ幼く見えますが、あなた様からは、何度も人生を繰り返してきたような雰囲気さえも感じてしまうのは何故でしょうか。いえ、なんでもありません……」
「そう……、見えるのかな?」
「ええ……、六百もの歳月を超えてきたわたくしがいうのですから、少しは信憑性がありましょう……」
想像もつかない年月。嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、いろんなことをそれだけ積み重ねてきたということ。
もし、私が彼と同じ年月を超えてきたなら、重ねるのは罪と咎……。
それとも無限に広がる輝く可能性……? もしかしたら目の前のノエルなら……。
「いくつか聞いても……?」
「わたくしでお答えできることであれば……」
「貴方は、悠久の時を生きてきたと話してくれたけれど、それでも知らないこと、分からないことはあるの? 失敗や後悔を未だにすることはあるの?」
日々の経験は、どこまで己を高められるのだろう――。
ノエルは少し俯いた状態で目を閉じて一呼吸おいて、こう返事をする。
「………、まず、最初のご質問から。私にも、知らないこと、未知の謎が未だに満ち溢れております。新しい物事に出会う度、新鮮で刺激を受けますが、反面、その永遠に広がっていく神秘に立ち竦んでしまう、膨大な謎なんて解き明かし切れないという諦め、時には複雑怪奇な世界の仕組みに疲れを感じてしまうことさえあります」
「…………」
私は返事をする代わりに軽く頷く。
ノエルは、ここで少し間隔をおいて、更に話を続ける。
「次に、失敗や後悔。これはいつもです。だから、こうしてラクラス殿の情けで生きていることにも安堵するのです。このような役柄、いつでも覚悟はしています。だからといって、もし、家族を失うような戦になった時、後悔をしないでしょうか。世界には理不尽なことも多い。抗う手段もなく、一方的に退けられるような……」
「そう……なんだ。それなら、例え、幾千年もの時を越え、幾億もの出会いを交わし、その役割を果たす者がいたとしても、いつ、何時、どんなことがあっても良いように、ノエルの経験、体験から得られたような教訓を、心の片隅に生きているかもしれない。それどころか、悠久に過ごさなければいけない時間さえ苦痛なのかもしれない……」
ノエルが頷く。
「ラクラス殿は、お若い。そして、これからがあなた様が一番成長していく時。人として輝ける全盛期に入っていく。そこで何をして、どのように進んで行くかは自分次第。大いに悩んで、それを乗り越え、困難を成し遂げた分、成長する」
「わざわざ、敵である私に助言をくれたノエルの礼に報い、今の会話を無駄にしないよう、活かしていけるようにするね」
「そういっていただけたことに感謝します。こちらこそ、敵対するあなた様とこのような話ができるとは思ってもみませんでした……。このような話をさせていただきながら、あなた様の身の安全を保障できるか分からないのだけが心残りです」
「そう……、だね。話し合って、理解し合って、前に進んでいけたらそれがいいのにね。ノエルがいうように、人も精霊も本質は同じだと私も思えたから……」
「はい。私も無駄に歳月を重ねてきた訳ではありません。かつて、ラクラス殿のような神に選ばれたような強さを持つ方に二度だけお会いしたことがあります。その経験から、わたくしどもがラクラス殿の身の安全の保障などと大それた言葉を使うことはおこがましくもありますが……」
ノエルの言葉は重たい……。これが経験の差というものかもしれない。
「私も、最初はこの力のせいで……って何度も自身の運命を呪うだけだった。その運命を受け入れて前に進むことさえできなかった。冷酷非情で残酷無慈悲な殺戮を重ねようとも戦場では常に冷徹さを貫くだけが正しいという自己暗示をかけ続けた結果、大きな過ちを犯してきた。今は沢山の出会いと経験を通じて、私が人であるという本質を教わった。いいえ、自然と理解した。だから、こうして気持ちが近付けた貴方達と命の遣り取りをすることになれば思うところはある」
「ええ。わたくしも、経験という仮面を被ってどんな時でも冷静さを装います。時には体験というコートを何重にも着込んで心を見透かされないように感情も殺します。でも、心の奥底、深いところにいる本当の私の心は揺れている。どれだけ生きてきても本質は人と同じなのです」
「覚えておく。次に会う時はどうなる運命か分からない。それでも、最善を尽くすと約束する」
「ありがとうございます。わたくしもラクラス殿の人間性、考えにふれることができました。そして、ラクラス殿はわたくしの立場を理解して、そこに配慮なさってくれました。ですので、勿論このことを留めた上でこちらも覚悟を決めて臨ませてもらいます。最後に……」
「最後に……?」
「いえ、わたくしが出しゃばって、しかも、敵対するラクラス殿にこんなことをいうのはおかしな話ではありますが、あなた様なら隊長、いえ、ニア様を……。気にしないで下さいませ」
昔の私にそっくりな少女……。その家族を私に恥も承知で託そうとした。
ノエルは、どこにでもいる家族を大切に思う『人』と同じ。この時の私はそう感じた。
そして私は、ノエルが人も精霊も同じといっていた意味を噛みしめていた。