第十六話 ニア
星砂糖の森には調査目的の先遣隊三名が派遣された。
現在先遣隊は、帰還予定日を三日も過ぎて尚音信不通のままとなっている。
そこで私の力が必要とされ、単独で失踪した先遣隊の捜索調査を命じられることになった。
星砂糖の森は、危険区域に属している。危険区域は中央直轄。
だから、本件は中央が最終的な指揮権限を有している。
こういった場合、中央と事件が発生した国とが協力して解決に当たることが決まりごとになっている。
そのため、何らかの異常があれば、星砂糖の森近くの簡易事務所、中央直轄の危険区域管理局に滞在するシフォン国の管理官にすぐに報告を挙げる手筈となっている。
中央が解決策を立案し、中央とシフォン国で改善点がないか等を協議。協議が整うと、中央からシフォン国に実働指示が出され、共同で解決に当たるのが正式な流れ。
背景はさておき、目の前に現れた新手。
褐色の少女を先頭に数にして五十。空から地上にいる私を牽制している。
歓迎されている雰囲気にはとても思えない。
私は警戒しつつ空に昇り、アメジストの瞳の奥に静かに闘志を燃やす少女達に対峙する。
「やっと見つけた」
「くそ、連日こうして人間が聖域に足を踏み入れるとか、どうなってやがる……」
肩より少し伸びた黒髪、左右に獣耳に見えるように髪を結っている少女が呟く。
「私はラクラス、少し前にここを目指してやってきた仲間を探しにきた。それ以外の目的はない。皆はここにいる? 安否は?」
今回の任務は、失踪した隊員の救援が主目的。闇精霊の存在が確認できれば、まずは情報共有。
そこから策を練るのが最善。
とはいえ、存在を隠して暮らす種族が、すんなり私を異空間から返す保証はない。
関係性を良好に保つ為に交戦を避けたいのが私達の意向だけれど、身を守るためなら交戦も許可されている。
さて、相手はどうでて来るか……。
枯れた木々が立ち並ぶ荒廃した大地。暗闇に覆われた世界は、常時夜ということと、魔力に満ちているということを除けば、私達の住む世界と然程変わらない。
大気も普通に存在しているし、荒れた大地の先に、豊かな生きた森も存在する。
上空には月と星々までもが輝いている。
「聞かれたからって、見ず知らずの奴にこちらの情報を容易く答えるわけがないだろ!」
「ニア様、この人間をどうしましょう」
側近と思われるそこそこ歳を取った男が『ニア』と呼ぶ少女に意見を求める。
少女はこの隊の指揮権を持った存在で間違いなさそう。
「いくら他種族とはいえ、いきなり排除したら問題となる。先ずあたしが話をしよう」
「承知しました……」
「おい、そこの、えと……、ラクラス? とかいったか。あんたらの仲間という奴等は三人か?」
「そう。三人で間違いない」
「あいつらの身柄はこちらで預かっている。他種族である人間に、この場所の情報を外に持ち出されては困るからな」
「他種族? 貴方達は一体……?」
「しらじらしい……。これだから人間は。お前らが探していた闇精霊だ。聖域を守る神の使い。支配と呼ばれる存在だ」
「闇精霊で間違いない? 高い知能を持ち、言語も操る。他種族との関係性も考えた今の発言も……。それなら」
「何がいいたい」
精霊にも核があるみたい……。
会話に合わせて魔力流に微妙な波がある。
感情に近いものも持っていそう……。
「こちらも、できるだけ穏便に、話合いで何とかならないかって提案したい」
「そんなのことと次第によるだろう。あんたを排除するか身柄を拘束すれば少なくとも今すぐ外部に聖域の情報が漏れることはない」
「私にも仲間がいる。そんなことをしても、ただの時間稼ぎに過ぎない。仲間の捜索任務に当たっている私が戻らないとなれば、お互いに困ることになる」
「それは否定しない」
ここは相手の領域。未知が存在する不明瞭な場所。
下手に問題は起こせない。慎重に進めないと。
「貴方の話から察したけれど、先遣隊に何か魔法でも使ってこちらの目的を聞き出したのでは?」
「まぁ、そこは、そうなるな」
「それで、仲間達から何を聞き出したの?」
「あたしらが、生命真理の魔導書事件に関与しているとかなんとか話していたが……」
「なら話は早い。私達はその事件に本当の終わりを告げるためにここに来た。でも、今は仲間の救出を優先している。先遣隊を無事に帰還させるのが私の役割」
「うむ。おい、どう思う」
少女は、先程少女に話し掛けてきた年長の仲間に意見を聞く。
熟年者故に、まだ若年者の指揮官を補佐する役目でも担っているのかもしれない。
「そんな、ぽっとでの話を信用するにはいささか慎重さが足りないと思います……」
「同じ意見だ。捕えるか?」
あまりいい方向には進まなそう……?
相手は嘘を着いている感じもなさそうだし。
「おい、あんたも聞いての通りだ。本来、目的のない迷い人なら記憶を消して元の世界に戻すのだが、あんたはそれとは違う。ここは慎重に対処させてもらう。何、抵抗せずにあたし達に従うならその身柄を丁重に扱うことだけは約束しよう」
「むやみやたらに殺生を行う種族ではないということ?」
「属性が違えば、そこの精霊族の掟があるんじゃないか。そもそも、他種族と必要以上に関わらないことだけは精霊の共通認識。だから、それに沿った対応がされていると思うが……」
推測……。要するに分からないということか……。
さて、どうしよう……。
目の前の敵位なら、簡単に退けられるけれど……。捕えられたふりをして中枢まで入り込むか、ここで威嚇してその隙に離脱するか……。
捕えられたとして、中枢に連行されるか分からない。私の実力を超える人知を超えた領域の存在にでも遭遇したらそこで終わり……。『撤退』が最善。
「貴方達が野蛮な連中と違うことは理解した。先遣隊が無事ならそれで良い。貴方達が実在するという真実を確認できただけでも、今日のところは充分」
「あたし達の支配領域から脱出しようとでもいうのか? それは不可能。ここに入り込めた以上、脱出手段を持っているのかもしれないが、あたしらがそれをさせない」
……この空間への出入りについては本来闇精霊達が何らかの方法で制限を掛けていると思う。
でも、次元に穴を空けることができる私には無意味。
入口を幻覚や幻影で偽装しているだけとしても、それも私には通用しない。
現に、私はこの異世界へは次元に穴を空けて侵入した。
魔力の流脈というか、流れが不自然なところに答えはあった。
それに、先程闇精霊の少女が迷い人の話をしていたこともヒントになる。
魔力が満ちやすいところでは、次元断層が生じやすい。それが起こることで異世界への扉が突如開いてしまう。迷い人が現れるのはそのためだろう。
この考えに照らし合わせれば、次元を切り裂く手段を持たない先遣隊が何故この場所へ侵入できたかの謎も解ける。偶然できた断層からこの場所に侵入できたと推測できる。
だから、いくらこの世界への出入口に細工をされていようが、それは、意味を成さない。
異世界への出入り口を封鎖されているなら、私がしたように次元に無理矢理穴を空けてしまう方法が有効。そうではなく、幻覚で行き止まりになっているように偽装しているだけなら、真っ直ぐ突き進めば簡単に出入りができてしまう。
「私には、それができる」
「どちらでもいいさ。撤退の意思を見せている以上、実力行使をされても構わないな。一応、最終的な意思を確認することは礼儀だからな」
「ええ、構わない……。月華夢幻」
私は、愛鎌を構えて戦闘に備える。
今回は殺してはいけない。
戦力の解析は既に済んでいる。
恐らく魔防壁くらいは張っているだろう。
それに干渉して振動派を送る魔法を放ち相手の動きを止める。
その隙に撤退しよう。
鎌は囮。次元に穴を空ける為に使い、敵は魔法で対処。
準備はできている。
「おい、お前ら、その少女を捕えろ」
「いくよ!」