第十五話 答え合わせ
「到着~。うわぁ~、ここがシャルロット……、賑やかぁ♪」
お昼前、シャルロットに到着。お姉ちゃんが何で一緒に居るかというと――。
私がシャルロットに帰る当日の朝、お姉ちゃんが、
『さて、一緒に出発するよ~! セイントルミズまでの道中、ララちゃんと一緒なら安心だなぁ~』
とか何とかいい出して、そのまま、一緒に付いてきてしまったという流れ。
お姉ちゃんのご家族もこのことを事前にお姉ちゃんから相談されて知っていたらしく、知らなかったのは私だけ。結論だけいうと、私は罠にハメられたのだ。
しかも、エリオンからご丁寧にも、『お姉ちゃんの護衛と荷物運搬を手伝いなさい』との任務依頼書まで私宛に郵便で届いている。
ことはそれだけで終わらない。
エリオンからはお姉ちゃん宛の手紙も一緒に同封されていて、出発直前になるまでこのことを私に黙っていたら、私が余計に驚くだろうっていう話と、シャルロットに着いたら私に町を案内してもらうといいなんてことも書いてあった。
更には、セイントルミズまでの護衛も私が担当するなんてことも……。
エリオンの気遣いが垣間見えて嬉しかった反面、驚いて、あいた口が塞がらなかった……。
飴乃国での初日、困っていたお姉ちゃんを助けた時に、私が自前の大容量対応の魔導運搬具を使用したこと、私の仕事をお姉ちゃんに伝えていたこと、こうした情報を元に、お姉ちゃんがご両親に引っ越しの段取りを相談して、それを受けたお姉ちゃんのご両親がシャルロット西支部に護衛手配をかけたという流れらしい。
本来なら、遠方への引っ越しは、それなりに準備が必要。
生活必需品は現地で買い揃えるにしても、それ以外の荷物をどうするかも問題。
魔導運搬具は元々希少な魔道具。だから容量の大小に関わらずとても高価。レンタルするにも順番待ちで時間がかかってしまう。
容量が大きい魔導運搬具を自前で用意するには使用頻度と値段の関係から現実的ではないし、常に荷物を運搬する行商人か、長期の夜営がある治安維持の仕事をする者が食糧等運ぶために利用する以外に縁遠い代物。行商人でさえ、リースに頼る人も多い。
魔導運搬具が高価なお陰で行商人の利益は確保され、魔導運搬具はゴミやリサイクルにも大量に出回らない為、環境にも優しかったりもする。
ちなみに、レンタルした魔導運搬具は各町のレンタル業者の支店に返却すれば足りる。
支店を持てない業者は営業許可を取ることができない。
魔導運搬具には盗難と紛失、故障等に対応するために保険加入と探索魔法の設置が義務付けられている。
だから、一般の人が魔導運搬具の利用時にトラブルに巻き込まれても、法外なお金を請求されるようなことはない。
本人の移動は、魔空機を使うか、街道を低空飛行魔法で進む、又は徒歩等の方法を取る。
一般的には早くて安価、安全な魔空機が好まれるけれど、どちらを選ぶかはその人次第。
陸路は、盗賊や魔物に襲われるリスクがあるから不人気。
魔導運搬具に付与された探索魔法を解除するような輩も居ることから、魔導運搬具を取り扱う業者によっては、空路以外での使用を禁止しているところもある。
魔導車が治安維持と公務以外での使用許可がされていたら、事情は違うだろうけれど、魔導車の一般利用は基本的に不可能。
と、こんな感じに引っ越しは大変。
だから、お姉ちゃんが私とシャルロットに来るなんていい出した時には冗談だと本気で思った。
そんな中、エリオンからの依頼書を出されてしまい冗談ではないと知らされた。
だから、流石にその時は天と地がひっくり返るような衝撃が私に走った。
「無事に着いて良かった」
「ララちゃんが魔物を倒す姿は本当に格好良かった。良い刺激を受けました。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。お姉ちゃんの詩読みと風魔法の相性も素敵だったよ。自作の詩がそのまま支援魔法になるって凄いね! あまりにも綺麗だったから戦いを忘れて見とれてしまいそうだった」
「いやぁ、照れるなぁ。あまり褒めるな妹よ。調子に乗ってしまうではないか」
お姉ちゃんは、身をくねくねして喜びを表現している。
「さて、先にエリオンに帰路無事に任務を終えたと報告に行ってしまおう」
「了解。お手紙くれた人だね。なんだか面白そうで楽しみ」
嫌な予感。お姉ちゃんとエリオン、絶対に気が合う……。
月亭の近くにいた私達は、すぐにお店まで辿り着いた。
お昼時だったからか、店に入ると、人で一杯だった。
それでも、すぐにルシリアが私達に気付いてくれて、海側のテラス席に案内してくれた。
そして、
「エリオンから、二人が着いたら席に通して、時間をみて食事なり何なり用意してやって欲しいと聞いてるから、適当に用意するね。食事はまだでしょ?」
と、私に聞いてきた。
「まだ。忙しいところありがとう」
「えと……、私ルシリア。メルトちゃんのことは、エリオンから聞いているよ。よろしくね」
「よろしくです。メルトでいいですよ」
「うん。じゃぁ、そうさせてもらう。メルトも遠慮せずに普段通り私に接してくれていいからね。メルトは食べ物の好き嫌いはないかな?」
「大丈夫。お昼ご飯楽しみだな~」
「了解! じゃぁ、お店も今かき入れ時だから後でゆっくり話そう」
「わかった。あ、ルシリア、エリオンに無事帰還の話だけ通してくれるかな?」
「うん。メルトもゆっくりしていってね」
「ありがとう♪」
お姉ちゃんのお礼を聞くや否や、ルシリアはテキパキと次の仕事に移っていった。
「月亭のご飯はどれも絶品。きっと、お姉ちゃんも気に入ると思う」
「ご飯楽しみ! それにしても、さっきのルぅちゃん? とっても綺麗な人だね。大人美人って感じで、ふわふわってしていて、まさに『お姉様』って雰囲気」
「うん。ルシリアは見た目もさながら、女子力も圧倒的。そして、何よりも優しいから、いつも、つい甘えさせてもらっています……。お姉ちゃんとも気が合うと思う」
「落ち着いたらゆっくり紹介してくださいな。月亭は、景色が綺麗で風流。落ち着いた雰囲気がまた心地良いね」
「私もお店の雰囲気が大好き。仕事柄いつも月亭でご飯を食べているけれど、その時間は私の安らぎのひと時。ところでお姉ちゃん?」
「どうしたの?」
「セイントルミズへはいつ出発するの?」
「一週間後。仕事に早く就きたいけれど、今しかない時間も満喫したい。それを刺激に良い詩作りに活かせたらいいなって気持ちもあって」
「そっか。とにかく、後でエリオンにもこれからの予定を伝えておかないとだね」
「そうだね。それと……、新居の管理人さんと、新しい就業先にも予定を知らせておかないと。後で郵便屋さんに案内して下さいな」
「分かった」
そんなこんなで話は続いた。
そして、しばらくしてエリオンが食事を運びにきた。
「よぅ、ラクラス、お帰り。ルシリアから報告は聞いているぞ」
いつもの屈託のない笑顔。
「どちら様でしょう?」
私を飴乃国で驚かせてくれたお返し。
こちらから仕掛けてみる。
「おっと、俺はエリオン。メルトちゃん、よろしく」
えと……、スルーですか? しかも、お姉ちゃんへの自己紹介を口実に、ちゃっかりと私の反撃を華麗にいなしている。酷い、いくら何でも酷い、酷過ぎる……。頑張れ私。
「初めまして。お昼ご飯ありがとう。メルトでいいですよ~。私もエリオンって呼ばせてもらいますね~」
「オッケー。にしても、メルトは元気がいいな。それは魅力でもあるし、何より明るいことは良いことだ。ところでラクラス。あの手紙のことで怒ってるのか?」
「さて、どうでしょう」
本当は怒っているわけでも、根に持っているわけでもない。
でも、ここで辞めたら歯切れが悪いというか……。
更にそっけなく冷たい風に返事をしてみる。
「エリオン凄いな~。ララちゃんの口撃が効かない♪」
ここで、今までの私とエリオンのやり取りを見ていたお姉ちゃんが、タイミングを計ってかは不明だけれど、この戦い? に終止符を告げる言葉を不意に発した。
また私の負け……。いや、引き分け……。
はぁ……。毎回私は何と戦っているんだか……。
我に返るといつも虚しくなるのに。
「まま、冗談はここまでにして、あと一時間もしない内に店も落ち付くだろうから、詳しい話はそこで。長旅の疲れもあるだろうし、それまではご飯でも食べてゆっくりしていて欲しい」
いや、まぁ、冗談だけれども、エリオンが冗談っていうのは何だかな……。ほんとに何だかな……。
エリオンは、それだけいうと、ルシリア同様に次のお客様の対応に行ってしまった。
そして、その去りゆく、否、勝ち逃げするエリオンの姿を見ていたお姉ちゃんが更に一言つぶやく。『獣耳、衣装に映える!!』……と。
これまでの話の流れから、何故そこなの? という不思議。なんだかグダグダ。まぁ、いいか。こうした一見意味をなさないような時間を過ごせるのは今が幸せな証。
この幸せな時間がいつまでも続きますように……。
お姉ちゃんが私の部屋に滞在を始めてからの時間は、全てを呑み込み押し流す急流が如く、勢いよく加速を続けながら、滞まることなく、あっという間に流れて行った。そして、もうすぐお姉ちゃんは新しい環境で、新しい生活を迎える。
光陰の如し、太陽の様に明るく温かいお姉ちゃんと過ごした笑顔弾ける日々は、煌めく思い出となって心の奥底に沈んでいってしまう。
共に過ごした時が刻まれるほど、一緒に重ねた日々が増すほど、互いを思い合う気持ちが積もっていった。この時、この一瞬、この一秒は濃密に色濃く決して消えない足跡を確実に残し続けた。
お姉ちゃんは、シャルロットでの日々を満喫したに違いない。
たった一週間の滞在で、少なくとも月亭の人々はお姉ちゃんに掌握されてしまっている。
エリオンやルシリア、リニス、西支部の治安維持部隊員達、観光や取引のために町を訪れていたお客様、沢山の人を詩で魅了した。
二日に一回のペースで、月亭で夕方に一度だけ歌を披露する即席イベント会を開催するやいなや、あっという間にその噂が広がるほど大盛況で、お姉ちゃんを一目でもみたいと人波が押し寄せて、月亭に例をみない行列ができてしまうという記録まで作った。
歌が上手いのは勿論、お客様の心を掴む話し方も一級品。
お客様を引付けるのは必然。何せ、この私の折り紙付き。
例えば、エリオン。『うちで雇いたいくらい。公式ファンクラブ一号はこの月亭がもらうからな。メルトの関連商品もあるなら、店においてやるからな』なんて、デレデレ。
それだけに留まらず、『西支部の決起集会や、節目は月亭を貸し切ってメルトのライブだ』なんてことまで話していた。
お姉ちゃんの歌は、その場に居た人達に夢や希望、活力を与えていた。
お姉ちゃんは皆から羨望の眼差しを向けられ、皆はお姉ちゃんに夢中になっていた。
凄い熱気だった。この場所にいなければ分からない一体感があった。
お姉ちゃんはこんな凄い職業を目指しているんだって肌で実感もした。
私の大好きなお姉ちゃんが皆に認められ、受け入れられて、憧れの的にされて、こうしたことが嬉しかった。なのに、心の何処かで、お姉ちゃんが取られてしまいそうで切ない気持ちになって、遠くに行ってしまわないかなって不安になって焦る気持ちに襲われて、こんな普段感じることのない複雑な気持ちを同時に抱いたりしていた。
私の方が皆より先にお姉ちゃんに憧れていて、特別な妹という存在で、お姉ちゃんへの想いも誰にも負けていないとか変に周りを意識している。
それでもお姉ちゃんは二人きりになるといつも通りで、私を安心させてくれて……、私を裏切らない。心から大切にしてくれている。
そんなお姉ちゃんだから私は全力で支えたい。精一杯応援したい。
シャルロットに来て以来、お姉ちゃんに出会えて以来、自分が変わり始めたのは事実。失うものすらないと命も省みない無理無茶無謀をして、残忍な死神や悪魔を装って心が傷付いていない素振りを見せて、それが強さだと自分にいい聞かせてきた過去の私はさようなら。
大切な人達が私に力を与えてくれる。守りたいものがあるから、叶えたい願いがあるから、だから私はその想いを力に、その力を愛に、勇気に、希望に変えて、限界を超えていける。
こうした活力が困難を乗り越えるための強さになっている。
もちろん戦いでは、私情を捨て、覚悟を決めている相手にこちらも覚悟を決める。冷徹非常を貫く。それでも、例えそうだとしても、人らしく変わり始めた自分の心だけ絶対に捨てない。
死の祝福を受けていようとも、月の運命に支配されようとも、私は負けない。大切なものを守り通す。どんな困難に巡り合おうとも、この現実を壊させはしない。
私は抱いてきた絶望の果てに幸せを掴みたい。未来は私の手の中に眠っている。だから、貪欲に、全てを諦めることは決してしない。
「ただいま~、やりたいことはやり尽くした! 我が行動に一片の無駄も無い」
今日も、帰ってくるなり『決まった』って顔で、この調子。
もうすぐ、少し遠くに行ってしまうのが寂しい。
「うん。それは最高! 私も一緒に連れて行って欲しかったな……」
無限に広がるこれからのお姉ちゃんの未来の果て、彼方まで……。
それから、セイントルミズまでお姉ちゃんを護衛して行き、その足で闇精霊の件でコルベットから預かった機密文書を国へ届け終えた。
機密文書を届けた後は、お姉ちゃんの引っ越しを手伝いつつ、お姉ちゃんの部屋で三日を共に過ごしてから、シャルロットに帰還。
この後、闇精霊事件は急展開を見せ、私は星砂糖の奥地へ単独で足を踏み入れることとなった。そして――。
私とお姉ちゃんが見付けた命題の答え合わせは――。
目の前に現れた異世界の住人達によって正しかったことが証明された。
「人間か、しつこい奴らめ」
今回で、第三章は終了です。
次回より、第四章「運命の支配者」が開始となります。
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