第十三話 飴乃国
アトリエ平原の戦いから一年半。
私は西支部の仕事でノッケルン雪山西部の飴乃国を訪れていた。
ここは世界で最も有名な職人街を有し、ありとあらゆる装飾品や芸術品が町中にあふれている。
シフォンが芸術国家と言われる由縁は、この町が世界にその名を轟かせているからともいわれる。
綺麗な細工が彩る素敵な町並みそのものが芸術に讃えられている。
険しい山の向こう側に、これほどの異世界が存在しているとは想定外。
初めて訪れた飴乃国、その美しさにただただ言葉を失うばかり――。
今回の私の仕事は、シャルロット市場で少し高価な交易品を仕入れた飴乃国の職人が町に帰るまでの護衛。何事もなく町に着いて、その仕事を終えている。
これからどうしよう。まずは宿でも探そうかな……。
『飴乃国か……。滅多に行く機会はないと思うから、しばらく観光してきたらいい。これは支部長命令だ!』
なんていうエリオンの一声で、これから四日ほど休暇になっている。
と、いうことなので、楽しませてもらわないと。
今いる場所は町の中心付近。
町の中心部といえば、繁華街で喧騒な場所を想像するけれど、それとは正反対。
広い間取りでゆったりした外観。悠長に構えるお洒落なお店。
中心街は、閑静な佇まいを見せている。
この穏やかな雰囲気が心地良い。
中心街の一角にある郵便屋で、任務完了報告の手紙をエリオンに送る用事も済ませることができた。
まだお昼前。時間も沢山ある。宿もいいけど、まずは食事? かな。
「そこの黒い服の女の子」
あれ? いつの間に。
私の目の前には、私と年齢が近そうな『可愛い』ツインテールの少女。
「えと……、私?」
か、可愛い……。
「そう。あなた!」
グロシュライトガーネットのような緑、宝石のように綺麗な髪は腰の上まで伸びていて、クリッとした放物線を描いている。二つの髪の結び目には、白いふわふわの綿飴風生地に赤と青の飴玉風の丸い飾りが付いた髪留め。
左側の髪留め付近から長い髪がピョンと飛び跳ねている。それが、また何とも……。
色白で小さい顔には、純度の高いサファイアの瞳の右目、純度の高いルビーの瞳の左目、桜色ほっぺ、小さな薄いピンク色の口。
「どうしたの?」
「実は困りごとがありまして……」
宝石色の綺麗な瞳をキラキラと輝かせながら見つめられている。
視線に負けてしまいそう……。取りあえず話を聞いてみよう。
「それで、何故私に声を?」
少女は嬉しそう。
次々と変化する表情や仕草がまた可愛い。
「えと……、その話の前に、失礼ながら自己紹介がまだでしたッ! 私は、メルト。あなたは?」
元気一杯。明るい子。
「私は、ラクラス。えと、自己紹介とは離れちゃうけれど、その服可愛い……」
「おぉぉ~。いいことを聞いてくれましたねぇ。これは、『和風メイド服』と呼ばれる通に人気の服で~、この町でもまだ流行前のファッションなのです!」
落ち着いた生地の薄紫色の上着に、縦切り一枚一色・虹色でデザインされた膝上十五センチ丈で着こなすゴアードスカート。この上下に白いエプロンを掛けている。
スカートにはエプロンと同色のボトムフリルが着いていて、そのフリルが可愛さを強調。
エプロンの腰留紐は長めでフワフワの作りにしてあって、フリフリ感が一層際立っている。
そして、最強のアイテム、『ニーソックス』。
これらの組み合わせは反則過ぎる。
私も着てみたい……。似合うかな?
「ところで、メイドって何?」
「ごしゅじ……、じゃなくって、お客様の従者として、あれこれ誠心誠意を尽くしておもてなしをするお仕事のことです!」
「ということは……、お仕事の服?」
「正解です。えへへ。実はですね……、私の家、この町で喫茶店を営んでいまして。これはそのお店の制服で……」
「お洒落で可愛いメイドさんが接客してくれる喫茶店って素敵な感じ」
「そうでしょ~。ここに信者……ではなく、理解者が。同種よ、私の望みの喜びよ。実はこの服、私がデザインしたオリジナル。これこそ、数ある和風メイド服のデザインを参考にして仕立てた至高の一品なのです。ほらほらッ、私の背中も見て。エプロンに小さな羽も着けてみたよ。羽は、魔道具でね、私の風の魔力を受けると……、何とッ、キラキラで神々しい大きな羽へと変貌を遂げてしまう優れものでございます!」
「綺麗な羽? 是非見てみたい……」
「まぁまぁ。それは追々。えと、ラクラスちゃんだったね。う~ん……。じゃぁ、ララちゃんって呼んでいい?」
ララちゃん……。斬新。
「うん……。ちょっと恥ずかしい……。ララちゃんって呼ばれるのは初めて」
「まぁ~!? 『初めて』だなんて……。ララちゃんの大切な何かを私が奪う展開……。これは美味しすぎる」
え、えぇ……っと、何だろ……?
そんなこんなだけど、初対面で普通なら引いてしまいそうな話をされても全然嫌じゃない。
ずっと前から知っている……、そう、身内みたいな? 感じ。
「そんなことをいうなら、私にも貴方の初めての何かを一つ欲しい」
私も、冗談を返してみる。
「まぁ! そんな。困りますわッ。えぇ~っとぉ……。少々お待ちを! そうだ、ララちゃんは今おいくつ?」
「十三歳」
「ほほぅ~。私は十五歳。私の方が年上。なので、ララちゃんには特別に、私のことを『お姉ちゃん』と呼べる特権をプレゼント。私一人っ子だから、勿論私の『初・め・て』。いやぁ、それはそれで照れるなぁ~」
そういえば、リアンやアリヴィアも、血の繋がりはなくても、私を家族のように慕ってくれて、『お姉ちゃん』って呼んでくれていたな。この提案は、意外とポイントが高い。
「お、お姉ちゃん……」
とはいえ、な、なんだか恥ずかしい……。
「お姉ちゃん……、キタァ~~ッ!!、ララちゃん、もう一回」
お姉ちゃんは正直な人らしい。両手で自分の頬を包んで、くったくのない笑顔で喜びを表現。人目もはばからず自然体。
「お姉ちゃん……」
遊ばれている?
「お互いの呼び方はこれで決まり。あぁ、でも『お姉様』の響きも……。えへへ……」
「お姉様??」
「あれっ? 妹よ、私の心の声を読んだ?」
いえいえ、ちゃんと口にしていましたよ!? まさかの天然?
うーん……、ワザとらしい笑みを浮かべて欲望を口にしていたようにも……。
「声が漏れていたから……」
「あぁぁ、やってしまった……」
……ワザとらしい。
本人は上手く演技できていると思っているみたいだし、そっとしておこう。これはこれで可愛いらしいし。
それにしても、偶然かどうか分からないけれど良い? 出会いに恵まれた気もする。
「話が随分横道にズレてしまったけれど、何を困っていたの?」
「おぉ、忘れてた。つい私好みの妹風の……、じゃなくって、偶然にも歳の近そうな子がいたから話もしやすいかなって思って声を掛けてみたんだっけ……」
「……、何か困りごとではなかったの?」
大丈夫かな……?
「困りごとは本当。実は、団体のお客様からお店を貸切りで使いたいって話が急に舞い込んで。予約には応じたものの、お客様が選ばれた喫茶注文が希少食材や、嵩張る食材を使うものばかりで……。だから、その準備に追われていて……」
「それで、そのお客様は、いつお姉ちゃんの家のお店に来店するの?」
「今日の夕方、十八時半」
「それは、大変。私は仕事が休暇中だし、お手伝いするね」
「ありがとう! お客様にも事情を説明した上で、メニュー調整させて欲しいとお願いはしているんだけどね……」
「そっか。でも、お客様のことを考えたら、できる限りの対応をしたいよね」
「そうなんだ。だから皆で手分けして準備をしていたところ。私は食材の担当」
事情は呑み込めた。ボーロ・レイで培ってきた経験を活かせそう。良かった……。
嬉しい出会いと、嬉しいお手伝い。頑張ろう!
それから、仕入先を沢山回り、森に食材採取に行き等々、時刻は気付けば既に十五時。
調理の仕込み前までに何とか食材を間に合わせることができた。
お姉ちゃんの家が営む喫茶店『メルティ』は、それはそれは大きなお店で、この町に溶け込むお洒落で閑静な佇まいをしている。
この町ではこれが普通だけれど、町が町ならお姉ちゃんはお嬢様と呼ばれる存在かもしれない。
食材をお店に届け終えて、私達はそのまま一休み。
「ララちゃん、ありがとう~ッ! いやぁ、私の人を見る目は確かだった。こんなハイスペックな子を捕まえるなんて」
お姉ちゃんが私に抱き着いて、頬と頬をスリスリさせてくる。
私は、それに和んでしまう……。
「こら、メルト! ラクラスちゃんはお客様なんだぞ。丁重におもてなしをしなさい」
「えぇ~、お父様……? これはただのスキンシップ、おもてなしだからね」
お姉ちゃんは、またもワザとらしく『お父様』なんて冗談をいっている。
食材が提供されたお店は大忙し。お父さんも、店内を行ったり来たりしていて、私達が休憩している場所も何度も往復している。
時折、こうして親子の会話? が展開されては、私もその輪に加わっていた。
「ラクラスちゃん、ゴメンね。うちの娘が色々とご迷惑をかけたみたいで……」
「いえ。色々楽しかったので……」
「仕事がお休みに入ったばかりの時に、すまなかったね。でも、本当に助かったよ。後でお礼するから」
「とんでもない。私はこうして皆で一緒に時間を過ごせたことだけで嬉しいので……」
「何てできたお嬢さんだ。メルトにも……。と、それはさておき、それじゃぁ……、せめてこの町にいる間だけでも家に泊まっていくといい。宿もまだだって聞いているし」
「「いいの?」」
あれ? 何でお姉ちゃんが私と一緒に返事を……。
「もちろん! 既に母さんにも話しているから。母さんも娘が二人に増えるみたいで嬉しいっていっていたぞ。外食をしない時は家で食事を用意するから遠慮なくいってくれていいから」
「やったぁ。ララちゃんとしばらく一緒。嬉しいなぁ~」
「ありがとう。お世話になります……」
バタバタしていたこともあって、私が泊まることだけ確認したお父さんは、笑顔で軽い会釈をして、仕事に戻って行った。
「「ありがとうございました!」」
本日最後のお客様を店員の皆さんと外に送り出す。
メルティの目まぐるしい一日が終わった。
私は、お店の営業時間の間はゆっくりしててっていわれていたけれど、可愛い洋服が着てみたくて、お店のメイドさんとしてもお手伝い。充実した一日を過ごすことができた。
「「お疲れ様~」」
お客様を送り出した後、皆ぐったり。そんな中、私以外の全員も充実感に満たされた顔をしていたことが印象的。
「皆、ちょっと」
お父さんだ。
「ララちゃん、何だろう?」
「何だろう?」
「これから後片付けがあると思うけれど、一旦手を止めて、食事にして欲しい」
あ、そっか。今日は仕事が遅くなるから、残れる人は食事付きで残業だった。
「今日のご飯は、特別だね~。珍しい食材を贅沢に食べられるなんて幸せ~」
お店で準備された食事はどれも絶品だった。
食後、お店の片付けは、あっという間に終わった。
お店の戸締りもして、私達はお店をあとにしている。
お姉ちゃんの家はお店から徒歩でほんの数分。庭付きの大きなお屋敷に招待された。
もはや私は、その規模の大きさに驚かなくなっていた。お店のお手伝いで町中を回っているうちに、この町の感覚にどうやら慣れてしまったみたいだ。
今日は忙しい中、観光気分も味わえて、気分転換にもなった。
お姉ちゃんの家に着いてからは、お姉ちゃんとお風呂に入って、お姉ちゃんのご家族と私の四人で団欒のひと時を過ごして……。こうして幸せな時間があっという間に過ぎていった――。
少し遅めの時間になって、今はお姉ちゃんのお部屋。
ミニチュアの人形とか、私達と同じ位の年代の少女のイラストが描かれた絵とか、部屋一杯に可愛い物が置いてある。それでいて、部屋は綺麗に整理整頓がなされている。
正に女の子のお部屋って感じ。今日からここでお泊り。
お姉ちゃんの部屋に来てからは、私がお姉ちゃんのベッドに腰掛けて、お姉ちゃんが机の椅子に座った状態で、あれこれ二人で話をして過ごしていた。
「ララちゃん、今日はありがとね。ほんっとぉ~に楽しかった。もう家の娘になっちゃいなよ」
「気持ちは嬉しいけれど、私にもやることがあるから……」
「もぅ、冗談にも真面目に答えてくれるなんて、なんて可愛い妹よ」
「からかわれた……?」
「愛情、愛情。ところでララちゃんのそのクマちゃん可愛いねぇ」
私がお姉ちゃんのベッドの枕元に置いたアルヴィーが気になったらしい。
「アルヴィーっていうの。私の大切なお友達……。宝物」
「そうなんだ……。そういうの、私、大好き」
あれ? お姉ちゃんが真面目な反応。こういう一面もあるんだ。
お姉ちゃんはそれ以上、アルヴィーについては触れなかった。
「ありがとう。アルヴィーも褒められてきっと喜んでいると思う」
「うん。ところで、ララちゃんは、明日は何をして過ごすつもり?」
「特に決めてない。お姉ちゃんのお仕事が休みなら、お姉ちゃんに町を案内して欲しいな」
「おっ、私の得意分野! 仕事は無いから大丈夫。オーナーの娘の特権って奴がね」
「さぼりってこと?」
「こらッ、人聞きの悪い。特権というのは冗談。私はこう見えて喫茶店のお仕事が大好きなのだよ」
たまたまお休みだったのかな? 町のことは町に住んでいる人に教えてもらうのがいい。それに、お姉ちゃんと一緒なら……。
「そういえば、お店でのお姉ちゃんはキラキラしていたね!」
「ララちゃん、私はね、将来アイドルっていう職業になりたいって思っているんだ」
お姉ちゃんがこっちにおいでって机の方に手招きをしている。
「アイドル?」
「そそ。お客様を歌や踊りで魅了して、夢や希望、活力を与えるお仕事。皆が憧れるアイドルが私の目標」
「素敵なお仕事。それなら、私は、お姉ちゃんがアイドルになる前から妹特権の各種サービスを期待しておかないと」
「どうしようかなぁ……? サービスについては考えておきます」
「お姉ちゃんの意地悪……」
冗談交じりのやりとりに二人とも笑顔。本当の姉妹になれたみたいで嬉しかった。
「ところでララちゃんは、娯楽には詳しくない?」
「うん……」
「じゃぁ、これを見てもらったらいいかな」
お姉ちゃんが机の上でふわふわ宙に浮かぶ四角い透明な物体に魔力を注ぐと、そこに映像が浮かび上ったからびっくり。
「これは、魔導通信機。文字や音声、映像、画像、イラストといった情報を記録・加工等ができる魔道機械。記録した情報は、離れた位置にある魔導通信機でも見られるようにもできます。それだけではなく、本日私が食材集めに利用したメモ。この魔導通信機に保管している情報をこうして……」
お姉ちゃんが、先生風の演技で解説をしてくれた。形から入るタイプ?
でも、この機械……。
「す、凄い……」
魔導通信機内に表示された文字があっという間に紙に複製されてしまった。
こ、これは、衝撃的。言葉にならない感動。二の句が継げない。
「飴乃国って、細工職人の町として有名でしょ。商売をする人にとって生産技術は勿論大切。でも、それだけでは不十分。折角良い物を作れても売れないと意味がないから、例えばお店にこんな商品が入りましたよ~っていうような情報を画像や映像で発信する技術があれば目から鱗な話なわけで」
今度は素で解説。気分じゃないのかな?
「映像と画像って何?」
「ほら、これ」
あれ? 動かないお姉ちゃんの複写。こっちはお姉ちゃんが動いて喋っている。
「動かない方が画像、動いている方が映像。幻影魔法の原理を応用した技術らしいよ」
「目の前の現実の映像は流せないの?」
「いいところに目をつけたね! 音声については、魔導通信機同士を魔力回線でつなぐことで町中どこにいても通話ができる技術が既にあるよ。映像についても現実時間で表示する技術の研究がされているらしいよ~。この技術は思念通話の原理の応用だって話」
「凄い。凄い凄い! シャルロットにも魔導通信機があればいいのに」
何か興奮してきた。
「う~ん。それは難しいかなぁ。この技術は今のところ飴乃国でしか使えないから」
「どうして?」
「解決しないといけない問題が沢山あって、機密情報や、良くない画像や映像、嘘の情報、そういうのが拡散しないような仕組みの整備がまだまだ未発達らしくって。それに、魔導通信機を製造する技術師が不足していて量産もできていないらしい」
「規制がない情報を誰もが知れたら怖いね。製造面でも、世界有数の職人街を持つ飴乃国の技術があってこそっていうのもありそう」
「そそ。だから今、全世界にこの技術を実用化していくための運用試験が飴乃国で行われている最中。情報は、先ずこの魔導通信機から中央が管理する仮想空間、情報置場に送られる。そこで閲覧可否の検閲。閲覧可能なら、別の魔導通信機でこの情報置場に置いてある情報を取り出せる仕組み」
「今聞いた話だけでも驚愕だけど、他にはどんなことができるの?」
「う~ん……。演算かなぁ。例えば、在庫管理をする時。『何月何日何個減りました』って情報を記録すると、『じゃぁ残りは何個ですね』って情報を提供してくれる。記録ミスに気を付ければ便利な使い方ができるよ」
魔法って、こんな使い方もできるの? 魔法に対する価値観が根底から覆えされそう。
「勉強になりました」
「これからも教えを乞う時は、遠慮なく真っ先に私を頼るのだよ。ホホホ」
あぁ……。得意げにしている姿もいいなぁ……。
「ありがとう……」
「じゃぁ、これからが本番。アイドルの映像を流すね」
お姉ちゃんだ。お店の服を着て、少し薄暗い壇上で歌って踊っている。
お客さんも音楽に合わせてノリノリ。凄い熱気。
お姉ちゃんが話してくれていた背中のキラキラの羽。これがまた『すっごーーーく』似合っていて、まるで『天使』みたい。
「透き通る声……。音楽も癒される」
「分かってくれるか、我が妹よ」
「あっ、次の曲。明るくてワクワクする」
最初の曲では、お姉ちゃんが爽やかな緑の光を纏っていたけれど、曲が変わった途端に、今度は太陽色の光を纏っている。
壇上が暗いのはお姉ちゃんが纏う光を綺麗に見せるためみたい。
「♪♪~」
お姉ちゃんが歌詞を口ずさんで、生歌を披露している。
映像よりも断然いい! 生がいい!!
不思議……。
いつもどこか冷めた気持ちでしかいられない私が、こんなに興奮して、熱くなって、揺れて……。
「あっ、大きなぺろぺろキャンディ。これってマイクだったんだ」
机の横に立てかけてある大きな飴。実は大変気になっていて……。
「イイでしょ! でもね、このキャンディステッキは食べられないのが残念」
「また冗談をいって」
私は可笑しくて、ちょっと笑顔。
なんだ、私も人間らしいな。こんな感情があったなんて……。
エリオンや、リニス、ルシリア達といる時に似たような感じでいて、それでいて、そうではないような変な気持ち。
シャルロットでの私も確かに笑顔になるけれど、それともどこか違う。
ボーロ・レイではニコって微笑むくらいの私。シャルロットで表情を交えて笑えるようになって、飴乃国で心の底にある感情のようなものが躍動して……。
「キャンディステッキは、私の戦闘での武器にもなって手放せない相棒なのです」
「お姉ちゃんの運命属性って何?」
「私は風。特殊能力が『詩詠』。詩詠は、歌を通して人の感情に働きかけて、色々な支援効果をもたらす固有魔法。アイドルを目指す私にピッタリな個性を持った力だよ」
「そうなんだ。私が今の映像に心がくすぐられたのはその魔法のせいかな?」
「違うと思うよ。映像は映像。それに、能力の有り無しに関わらず、生が一番。その場にいて体験して初めて味わえる感動があるってもので、それも醍醐味の一つ」
妙に力が入っているな。映像と実像の違いってそれほどまでに違うのかな。
そういえば、さっきお姉ちゃんが自分の歌を口遊んでいた時……。そういうことか――。
「目の前にいる貴方は映像? それとも実像。私の心はどちらに釘付け? 手を伸ばすと届く貴方は偽物? それとも本物? ……なんて」
お姉ちゃんの真似事。調子に乗ってみた。
『こういうのも大事』……ってことにしておこう。
「おぉ、詩人みたい。カッコイイ!」
「私にも詩の才能があるかもしれないね」
「勘弁してください……。私のライバルが増えたら大変。そういう悪い子はこうだ!!」
乱暴に……って思ったら、そっと私の側にきて、ギュってお姉ちゃんが抱きしめてくれた。
「色々、大変だったね。辛かったね……」
「…………うん」
あれ、涙? 私に……こんな気持ち……、あったんだ。涙なんて最初からないと思ってた。あったかいなぁ、お姉ちゃん。
「私ね、歌う時に光っているでしょ。この魔力光の色で支援効果に違いが生れるんだ。同じ歌でも、その時の私の想いとか感情とかで影響力や魔力光の色や状態も基本色をベースに変化するというか……。それはさておき、私は、人の感情に働きかける能力を持っている代わりに、相手が持つ強い想いというか、感情というかそういうのが感じ取れることが時々あって……」
心の中を覗かれたような気分……。
「私、色々抱え込んで、押し殺して、勝手にないことにして……」
どうしよ、今の私は何かがおかしい。目から降る雨が強くなる。
でも大丈夫。豪雨でも優しく包んでくれる傘を見つけたから――。
「さっき、私が歌を口遊んだ時に、ララちゃんから感じた重たさ。一人で抱えていたら壊れてしまう。辛いだけ……。ララちゃんは血の通った人間。心を持っている。だから、頼る時は頼る、甘える時は甘える。私で良ければ、そういうの全部受け止めてあげるから」
お姉ちゃんはそれ以上、私の心を詮索するようなことはしなかった。
お姉ちゃんはズルいな……。私の心が丸見えなんだから。
そのお姉ちゃんの温かさや優しさが私を溶かしてしまいそう……。
メルトお姉ちゃん……。
戦う機械になるために弱い心を殺して、冷酷非情になると覚悟を決める。それは私にとって必要な儀式。でも、それが私という個性を壊す毒にしかならないことにも何となく気付いていて。
本当に強い人は、自分の弱さを認めて受け入れて、それでも前に向かって進む。意固地になって、凝り固まって、目の前しか見えていなければいつか必ず足元をすくわれる。
「うん……。あのね、お姉ちゃん、ありがとう……」
「ささ、そろそろ寝ましょ。起きたら、一緒に町を散策するよ~」
「そうだね、落ち着いたら眠たくなってきた」
「ほらほら、おいで~。今日は特別。お姉ちゃんが一緒に添い寝をしてあげよう。悪戯なんてしないから安心したまえ」
変なことをいって、私に気を使わせないように気遣ってくれている。
もう、優しいんだから……。
「じゃぁ、お言葉に甘えて……」
おやすみなさい……。
私は、お姉ちゃんの布団に入るや否や、記憶が途絶えていった。疲れていたみたい。
朝起きると、お姉ちゃんが私に抱き着いていた。お姉ちゃんはまだ寝ていて、私を甘えさせてくれているというより、お姉ちゃんが私に甘えているみたい。
何だかちょっと微笑ましい。もう少し、そっとしておこう。