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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第六章 零に還る場所

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第九十九話 空白の光

 見上げた空には、大きな月。

 再び足を踏み入れた丘――。


 吹き抜ける風が草を揺らし、花々の影が淡く震えている。

 前よりも、ほんの少しだけ色が濃く見える気がした。


 アーカ・ルミナで感じた背中越しの視線はもう感じない。

 気配が消えたというよりも、『役目を終えた』のかもしれない。


 今ここで感じているのは、闇に覆われた深い夜に広がる静けさだけ。

 揺らぎのない静寂――それだけが、かえって異質だった。



「……へんだな。ここって、こんな空気だったか?」


 ニアが肩をすくめる。


「うーんっと。何となくだけど、“ はじめて見るみたい ” な感じがする」


 お姉ちゃんの言葉がすっと胸に落ちた。

 その感覚は、私にもあった。

 知っているのに、初めて触れるみたいな、奇妙な二重の感覚。


 月の光は、冷たく美しい。 

 なのに、どこかで温度を帯びていて――胸の奥をそっと押すような優しさが混じっている。

 まるで夜そのものが、別の表情を見せているみたいだった。


「……刻印がそろったから」


 フィリエルの声は淡い囁きに近かった。

 ――その一言が、この場のすべてを示しているように思えた。


 彼女の言葉のあと、誰もすぐには動かなかった。

 でも、迷う理由が見付からなかった。


 私は、石碑に浮かぶ文字を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。


 “ 天、地、冥 ”――三つは、確かにそろった。

 さっきまで、ばらばらに感じていたものが、ひとつの流れとして繋がっているのが分かる。


 ここは、流れの中にある、ただの一点。

 還り、巡り、また生まれる場所。

 留まり、終わりを迎えるものじゃない。

 再び巡るために在る。


 ――それなのに。

 何かがわずかに引っかかる。


「……ララ?」


 ニアが不思議そうに私を見る。


「ううん……」


 首を振る。


 分かっているのに――届いていない。

 この感覚は――きっと、まだ私にしか分からない。

 だから、言葉にしなかった。



 もう一度、手のひらを見る。

 刻印は、静かにそこにあって、欠けているようには見えない。


 足りないものなんて、どこにもないはずなのに。

 なのに――なぜか、“ これで全部 ” とは思えなかった。


 ほんの少しだけ、ほんのわずかに何かが外れているような気がする。


 それが何なのかは分からない。

 胸に手を当てても、鼓動はいつも通り。

 でも、その奥に何もない。


 夢を失ったままの夜、暗闇の中にある静けさと同じ感覚。満ちているはずなのに、どこかに空白がある。


「……ララ?」


 ニアの心配する声。


「えっと……。ただ、少しだけ……届いていない。そんな気がして」


 言葉を探しても、見付からない。

 代わりに、ぽつりと零れた。


「何が?」


 ニアが眉を寄せる。

 私は、少しだけ視線を落として答える。


「分からない。でも……」


 ゆっくりと顔を上げて続ける。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 言った瞬間、自分でも驚いた。

 でも、それが一番近かった。


 ソラノアが、静かにこちらを見た。

 フィリエルは、黙って私たちのやりとりを見ている。

 そのふたつの沈黙が、まるですべてを見透かしているみたいだった。


 風が、また丘を撫でる。

 花が揺れ、光が揺らぐ。

 すべてが、正しく巡っている。

 それでも――。


 私は、月を見上げた。

 大きく、静かに、そこにある光。

 届きそうで、届かない距離。

 その奥に、何かがあるような気がして――。


 私は、無意識に小さく息を吸った。

 言葉にはならないままの違和感――ただそれだけが、胸の奥に静かに残り続けていた。


 さっきまでそこにあった温もり。

 それを確かめるみたいに、私はゆっくりと手を差し出した。


「……もう一度」


 小さく呟くと、お姉ちゃんが頷いた。

 ニアも、何も言わずに手を重ねる。


 石碑に浮かぶ文字が、淡く揺らぐ。


 “ 再生の時空が満ちるとき―― ”

 “ 天、地、冥 ”

 “ 眠れる刻印が未来を描く ”


 その先が、まだ続いているはずだと――なぜか分かった。でも、文字はそこで途切れている。刻まれていない。


 ……違う。


「――フィリエル」


 私が名を呼ぶより先に、彼女は静かに一歩前へ出た。


 風が止まり、月の光がわずかに濃くなる。

 フィリエルは、石碑に触れてはいない。

 ただ目を閉じて――小さく息を整えていた。


「……応えて」


 囁きにもならないほどの、微かな声。


 その瞬間――重ねた手に宿る刻印が、同時にかすかに震えた。


 中心で、光がほどける。


 ――天。

 ――地。

 ――冥。


 三つの光が、交わらずに並び……そして、ひとつの “ 形 ” を成そうとする。


 そのとき、声がした。

 遠い――とても遠いのに、すぐそばで響くような声。


『……還るべきものは、還る』


 静かで、揺らぎのない声。

 冷たくもなく、ただ在るだけの響き。


 胸の奥がわずかに震えるこの感覚……知っている。

 境界に触れたときに感じたものと同じだ。


 ――冥。

 次に、もうひとつの声が、重なる。


『残るものは、記される』


 淡く、でも、確かに届く声。

 それは、どこかで聞いた響き。


 ……あの場所で、導き、確かめるように“記録”を告げた、あのときの無機質な声。


 ――地。


 フィリエルが、静かに目を開く。

 その瞳が、まっすぐに私たちを捉えた。


「……いま “ 続き ” が、開かれる」


 小さくても、はっきりとした声。


 ――その瞬間。

 石碑の文字が、光を帯びて浮かび上がった。

 刻まれていなかったはずの言葉が、ゆっくりと現れていく。


 “ 還るものは(ヒカリ)へ ”

 “ 残るものは(コトワリ)へ ”

 “ 交わらぬものが交わるとき―― ”


 そこで、光が一度強く揺れた。

 私の胸の奥で、何かが鳴る。

 でも――その先が、続かない。


 まるで、そこだけが “ 空白 ” みたいに言葉が、止まってしまった。


「……どうして?」


 思わず、声が漏れた。


 あと少しで、届くのに。

 完成するはずなのに……。


 フィリエルを見ると、彼女は、ほんのわずかに首を振った。


「……まだ。まだ、“ すべて ” じゃない」


 静かな否定。


 風が、再び丘を撫でる。

 光が静まり、刻印の輝きもゆっくりと落ち着いていく。

 石碑の文字は、また元の姿に戻っていた。


 でも――。

 私は、確かに感じていた。

 さっきの続き。

 最後の一行。

 そこに何かがある。


 なのに――届かない。

 言葉にもならない。

 形にもならない。

 でも、そこに在るはずのものを――私は、“ 読めなかった ”。


 胸の奥に残った違和感が、静かに深く沈んでいく。

 ――けれど、消えない。


 最後の一行……。

 そうだ。


 失われたもの……それが、ここで繋がる。

 そんな感覚だけが、はっきりと残っている。


 私は、空を見上げた。

 大きな月。その向こう側に、確かに“何か”がある。


 見えないのに分かる。

 そこにいる。


 導く者。

 干渉する者。

 見届ける者。

 そして、それを受け取る私たち。


 胸の奥が、大きく震えた。


 それは、言葉として理解する前に “ 知っている ” と感じてしまう響き。


 私の中の何かが、それに応えていた。


 ――だから、分かってしまう。

 これは、ただの言葉じゃない仕組みそのもの。世界の在り方。私たちが、今ここにいる意味。


 重なっていた手の中心。

 空白だった場所に、ほんの一瞬だけ光が灯る。

 それは、形を持たないまますぐに、静かに消えた。


 でも――。


 ……違う。

 消えたんじゃない。

 残らなかっただけだ。


 ――()()()() ()() ()()() ()() ()()()()()()()()()


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第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

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