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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第六章 零に還る場所

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第九十八話 温もりを紡ぐ手

 手のひらには、まだ温もりが残っている。

 四つの手は重なったまま、誰も離そうとはしなかった。


 光が完全に収まる前――。


「……確認する」


 静かな声が落ち、目の前の“彼女”――リシアが、ゆっくりと顔を上げた。

 さっきまでの揺らぎは、もう見られない。

 そこにあったのは、ただの“静けさ”だけだった。


「刻印の共鳴を観測」


 感情のない声。

 でも、その視線は確かに私たちを捉えていた。


「天、冥、地」


 ひとつずつ、確かめるように言葉を置く。


「三位、成立」


 その言葉のあと、わずかに場の流れが変わった。

 音ではない、気配でもない、もっと根源的な何か。

 世界の“仕組み”が、動いた感覚。


 私は、無意識に手を見る。

 重なった手の中で、光がまだ微かに残っている。


 でも、それはさっきとは違う。

 強くもなければ、主張もしない。

 ただ、()()()()()()()


「……安定している」


 リシアが小さく呟く。

 お姉ちゃんとニアも、静かに頷いた。


「干渉がない……」


 その言葉の意味を、私は考える。

 干渉がない。

 つまり――。


「……ぶつかってない」


 思わず、声に出た。

 リシアが、わずかに視線を動かす。


「当然」


 短い言葉。


「これは統合ではない」


 私は、息を止める。


「……違うの?」


 問いかけると、彼女は即答した。


()()


 静かな断定。


「上も、下も、排除しない」


 視線が、私たちの手に落ちる。


「だから成立する」


 その言葉が、胸の奥に浸透していく。


 ――排除しない。

 私は、さっきの感覚を思い出す。


 拒まなかった。

 押し返さなかった。

 ただ、受け止めた。


「これって……?」


 小さく呟く。

 リシアは、わずかに間を置いて答えた。


「確認」


 短く。


「適合するかどうか」


 その言葉に、ニアが息を吐く。


「試すまでもなく、危険なやり方だな」


「排除より合理的」


 即答だった。

 リシアが淡々とした様子で続ける。


「失敗すれば還るだけ」


 その一言に、空気が少しだけ冷える。

 でも――。

 私は、不思議と怖くなかった。


 さっき、触れたから。

 “ 還る ” ということが、どういうことか。

 なんとなく、分かってしまったから。


「……でも、消えるわけじゃない」


 私は、ゆっくり言う。

 リシアの目が、わずかに細くなる。


「定義が違う」

「違わないよ」


 自然と、言葉が出た。

 胸の奥に残っている温もり。

 あれは、消えていない。


「ちゃんと、残るんだよ」


 手を、少しだけ握り直す。


「ここに」


 沈黙。

 ほんの一瞬だけリシアの表情が、揺れた。


 初めてだった。

 完全な無ではない、何か。

 ほんの微かな、人の気配。


「……記録する。例外事例として保存」


 気配は、すぐに元に戻った。


 その言葉に、少しだけ違和感を覚える。

 でも、嫌じゃない。

 それでいいと思えた。

 ここにあったことが消えなければ、すべてを理解しなくてもいい――。


「役割は……、継続する」


 リシアが静かに言う。


「この地は、還元の場として維持される」


 フィリエルが、わずかに目を伏せる。

 ソラノアは、何も言わない。

 ただ、現実として受け入れている。


 私は、もう一度手を見る。

 刻印は、消えていない。

 でも、暴れてもいない。

 ただ、静かにそこにある。


 それで分かった。

 これは力じゃない。

 奪うものでもない……。


 ――()()()()()


「……行こう」


 私は、小さく言った。

 誰に言ったのか分からない。

 でも、皆が頷いた。


 重なり合っていた手が、温もりだけを残してゆっくりと離れる。


 完全に手が離れると、空気が、わずかに動いたような感覚を覚えた。


 ――どこか遠くで。

 誰かが、それを見ているような気配を感じる。


 ……気のせい?


 振り向く。

 けれど、そこには誰もいない。


 ただ、空気だけが――わずかに“整っている”という違和感。

 さっきまでとは違う静けさ。

 重くもない。張り詰めてもいない。

 ただ――揺れがない。


「……何かいるね」


 お姉ちゃんが低く言う。


 でも、構えはしない。

 まるで、敵じゃないと分かっているみたいだ。


 ニアも、ゆっくりと視線を巡らせる。

 ソラノアとフィリエルは、ただ静かに見つめている。


「気配が……薄い」


 その言葉の意味を考える前に――音がした。

 かすかな紙の擦れる音。

 それは、誰も触れていないはずの場所からしている。


 壁際。

 古い棚。

 積まれた資料。

 視線を向けた先で、その一冊がひとりでに、開いた。


 誰も触れていない。

 風もない。

 それなのに――。

 まるで読まれているみたいに、ぱらり、ぱらりと規則正しく頁がゆっくりとめくられていく。


「……」


 思わず、息を呑む。

 怖くはない。

 でも――理解できない。

 やがて、開かれたままページが止まった。


 そこに記されているのは、見たことのない紋様。

 でも、なぜか、分かる。

 さっきの光と同じ構造。


 三つが重なり、ひとつになる形。

 その中心に――空白。

 何も描かれていない場所。


 けれど、そこに“何か”があると、はっきり分かる。


「……記録」


 小さく、声がした。

 振り向いても、誰もいない。

 だけど、確かに聞こえた。


「完了」


 感情も、抑揚もない無機質な声。

 ただ、結果だけを告げる音。


 次の瞬間、音もなく静かに頁が閉じた。

 その自然な様子はまるで、最初から何もなかったみたいだった。


 沈黙が戻る。

 それでも、さっきとは違う。

 何かが “ 終わった ” あとの静けさ。


 ニアが、呟く。


「……観測か」


 フィリエルが、わずかに目を伏せた。


「干渉は……していない」


 私は、もう一度本を見る。

 ただの資料。

 動かないし、何も起きない。

 でも――。


「……見られていた」


 ぽつりと、言葉が落ちた。

 誰が、とは言わない。

 言えない。

 けれど、あれは確かに“視線”だった。


 そのとき、胸の奥で何かが小さく響いた。

 刻印がわずかに反応している。


 ……間違いなく認識された。

 ――そんな感覚を覚えた。


 私は、そっと手を握る。

 温もりは、まだ残っている。


 今は、それとは別の何か。

 消えずにどこかに残る “ 記録された ” という感覚。

 それが、なぜか分かってしまう。


「……行こう」


 私は、小さく言った。

 そして、静かに歩みを進めた。


 ここに、長くいる場所じゃない。

 そう感じたから零した言葉に、誰も反対しなかった。


 その一歩を踏み出して行く私の背中を――。

 まだ、どこかで “ 誰か ” が見ている気がした。

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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

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