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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第六章 零に還る場所

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第九十七話 秩序の天秤

 足音が、やけに響いた。

 地上に戻ったはずなのに、空気が違う。


 重くもないのに、どこか静かすぎる。

 まるで、何かに見られているみたい。


「……来るよ」


 お姉ちゃんの短い声。


 突如、視界が、歪んだ。

 光でも闇でもない記憶のような何か。

 それが空間に滲み出す。


 森でも、街でもない。

 それなのに、どこか懐かしい。


 ――大樹。そう、大樹だ。

 頭の奥で、言葉が浮かぶ。


 次の瞬間、目の前に“誰か”が立っていた。

 白い装束。

 静かな瞳。

 でも――その奥には、感情がない。


「……刻印者」


 その声は、ひどく平坦だった。


「知り過ぎた……ここで、還す」


 空気が、凍る。


 その言葉と同時に、空間が揺れ、景色が崩れる。

 私たちの足元が、溶けるみたいに消えていく。


 ニアが構える。


「来るぞ!」


 でも――。

 違う。


 私は、一歩前に出た。


「待って」


 自分でも驚くくらい、はっきりした声だった。

 ソラノアが振り向く。


「ララ!?」


 でも、私はそのまま進む。

 目の前の “ 彼女 ” を見る。


 ――攻撃じゃない。

 これは……。


「記憶に引き込もうとしてる」


 お姉ちゃんが小さく呟く。


 でも、もう分かっていた。

 これは排除じゃない。


 ――取り込む。

 存在ごと、ここに溶かす。


 私は、ゆっくりと手を伸ばした。


「……大丈夫」


 自分に言い聞かせるみたいに声に出す。


「立ち向かってはいけない――」


 足を止めない。


「これは、戦いじゃない」


 景色が、さらに歪む。

 記憶が流れ込んでくる。


 知らないはずの光景。

 知らないはずの温もり。


 それでも――。

 怖くない。


 私は、その “ 彼女 ” の前に立つ。

 距離は、あと一歩。

 彼女の瞳が、わずかに揺れた。


 その瞬間、私は手を伸ばしていた。


 触れる。

 逃げない。

 拒まない。


 ただ――。


「……ここにいる」


 小さく言う。

 そして、名前を呼ぶ。


「――リシア」


 ……零環の理。

 どこかで均衡が測られている。

 見えないはずなのに――分かる。


 空気が、止まった。

 彼女の瞳が、大きく揺れる。

 私は、リシアの手を取った。


 冷たい手。

 でも――確かに、ここにある。


 私は、その手を握る。

 強く、逃がさないように――。


「消さない」


 静かに言う。


「消えなくていい」


 彼女の呼吸が、わずかに乱れる。

 初めて、“ 人 ” の反応が返ってきた。


「ここにいていい」


 その瞬間、景色が、静かに戻り始めた。

 歪みが消えていく。

 記憶が、ほどける。


 彼女の手の温度が、少しだけ変わる。

 冷たさの奥に、微かなぬくもり。

 ――戻ってきている。


 ソラノアは、何も言わない。

 ただ、見ている。


 私は、彼女を見つめたまま手を離さない。

 やがて、彼女のもう片方の手がゆっくりと動いた。

 そのまま包むように、私の手の上に重なる。


 その瞬間、光が灯った。


 手を握ったまま、私は動かなかった。

 目の前の存在――『地上の巫女』は、まだ揺れている。

 完全には崩れていない。

 でも、保ってもいない。

 記憶と、意思と、役割が――交錯している。


「……還す」


 かすれた声。

 最初に聞いたときより、ずっと弱い。


「すべては……大樹へ――」


 その言葉に、心の深い場所でわずかな痛みが走った。

 違う。それは、きっと“間違い”じゃない。


 でも――。


「それだけじゃ、足りない」


 私は、静かに言った。

 握る手に、少しだけ力を込める。


「ここにいるものは、消えない……消さない」


 視線を逸らさない。

 やがて、彼女の瞳が大きく揺れた。


 ――崩れる。

 いや、違う。

 保てなくなる。


 均衡が崩れていく。

 上でも、下でもない。

 ただ、その『間』が欠けている。


「……っ」


 空気が歪んだ。

 光と記憶が乱れる。

 世界が、不安定になる。


 ――違う。

 これは、壊れているんじゃない。

 ……保とうとしている。


 見えないはずなのに――感じる。

 ……あの場所と、同じだ。


 そのときだった。


「――もういいよ」


 柔らかい声が後ろからそっと届く。

 振り向かなくても分かる。

 お姉ちゃんだ。


「独りで抱えなくていいんだよ」


 その声は、強くない。

 でも――揺れない。


 私は、息を止める。

 お姉ちゃんが、迷いなく、静かに一歩前に出る。


 そして、上から包むように私たちの手に触れた。

 ……空気が、変わった?


 冷たさでも、熱でもない“ちょうどいい温度”。

 張り詰めていたものが、すっとほどけた。


 彼女――地上の巫女の呼吸も安定した。

 乱れていた光も静かに整っていく。


「……大丈夫」


 お姉ちゃんが、小さく言う。


「消えないから」


 その言葉は、誰に向けたものだったのか。

 私か、それとも――。


 握っている手が、わずかに動いた。

 地上の巫女――リシアの手。

 震えている。

 でも、離れない。


 お姉ちゃんの手が、さらに強く包む。

 そのとき、光が、重なった。


 私の手のひら。

 そこに刻まれた――冥の印。


 ニアの手の甲。

 そこに宿る――天の印。


 そして、お姉ちゃんの手のひら。

 まだ何もなかった場所に――。

 淡い光がゆっくりと灯り、紋様が浮かび上がる。


 その場にいた者が、息を呑む。

 でも、誰も止めない。

 止められない。


 光は、三つ。

 重なり、呼応し、形を成す。


 私の手のひらにニアの手のひらが重なる。

 その横から、お姉ちゃんが包む。

 さらに、もう一つの手。

 地上の巫女の手が、重なる。

 四つの手が、ひとつになった。


 その瞬間。

 文様が完全に繋がった。

 光が弾ける。

 でも、眩しくはない。

 ただ――満ちる。


 上からの光。

 下からの受容。

 その間にある、温度。

 すべてが、ひとつに重なる。


 ――繋がった。

 はっきりと、そう分かった。


 地上の巫女の瞳から、力が抜ける。

 崩れたのではなく、ほどけた。

 役割ではなく、“存在”として。

 そのまま、静かに言った。


「……残る」


 初めての言葉だった。

 “ 還す ”ではない。

 “ 消す ”でもない。


「ここに……」


 その声は、とても小さかった。

 でも、確かに聞こえた。


 光がゆっくりと収まっていく。

 手のひらに残る温もり。

 重なったままの手。

 誰も離さない。

 離す理由が、もうなかった。


 お姉ちゃん(メルト)が、小さく息を吐く。


「……これで、いい」


 その声で。

 ようやく――世界が、静かになった。

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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

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