第十一話 死闘の行く末
私が本来の力を解放して十分。目まぐるしく事は動いていた。
相手の戦力は大幅に削ったはず。
狂気の集団に属する強者でさえ、私に一太刀すら浴びせられないまま、私を悪魔と蔑み、恐怖の面持ちでこの世界から消え去った。
この数分。どれだけの殺戮? を行ったか……。
大勢のアンデッドは浄化したというべきかもしれない。
少数の人間は血の雨を降らして散っていった。
時間喪失を抑えるため、魔法を控えて物理攻撃を優先した結果だ。
私達は、こうしてリディアとの打ち合わせの場所に辿り着き、合図を待っていた。
敵の追手も諦めてか、それとも態勢を整えているのか、こちらへ向かおうとはしない。
同じ場所で留まっている。
「……」
気絶していたリニスが弱々しく私の手を握る感触が伝わった。
「リニス、気が付いた?」
「……」
返事は無く、代わりに握った手に少しだけ力が入る。
(こっちならお話できるかな?)
(ありがとう……。まだ体が動かない。こんな恐怖初めて……)
(ごめんね……)
(だからラクラスは、この力のせいでって思って自分を責めてきたんだね)
(うん……)
(最初ね、幻影の男に出会った時、怖くって、この世界で終わりを見たと思った。でもそんなことさえ遠い昔のことみたい。だって、さっきのラクラスを見たら、あんなの何ともない。今日は、私の生まれて初めてをラクラスといっぱい経験しちゃったな)
(なんかその……、ううん。リニス、今も私が怖い?)
(正直にいえば怖い。凄みのある恐怖の重圧で吐き気がする。変なこというけど、冗談抜きにして、これ以上怖くなったら私、別の物が出てしまいそう……)
(えと……、どう答えたらいいのかな。体に力が入ってなさそうだから、いざとなったらいってね?)
重圧が……って、リディアにもいわれたばっかり。
(ラクラスの背中や手から感じる温もりを感じていなければ耐えられていないかも。えへへ。それはそうと、そんな恥ずかしいお願いなんてしたらラクラスの顔が見られなくなっちゃう)
(私のせいだから……)
(そういうのよくないよ。私は望んでここにいる。だから誰のせいでもないよ)
(わかった。気を付ける)
「……、ん」
「もう、喋れる?」
「う……ん。乙女が恥じらう様な変な話を『させられたら』少しずつ感覚が戻ってきた……」
「取り敢えず、良かった? で、いいかな……。恥ずかしい想いをさせてしまったことは……」
「冗談は抜きにして、二人とも生きている。だからこうして気持ちを伝え合える。それが悪いわけない」
「そうだね。変なこと聞いてごめんなさい。リニス、もう動ける?」
「何とか」
「もう少し、力を貸してね」
「自信満々にとはいえないけど、私に任せて」
何とかリニスも元通り? 良かった……。
リニスと会話をしている間にリディアと別れてから更に十分ほど過ぎようとしていた。
合図までもう直ぐ。私達の準備も万端。
リディアと別れて二十五分が過ぎようとしたその時、東の空に合図は現れた。
(リニス、私から離れないで。少しだけ怖いと思うけど我慢してね)
(大丈夫。覚悟はできてる)
死の祝福と闇の加護。導く運命は月の定め。大気は冷気の華となれ。
「来よ、冥界の使者。運命の導きに従い、絶望しか存在しない永久の世界にかの者達を誘へ。審判の暗黒、そして黒く染めた月の反浄化の裁きの光。光無き世界に残るは極寒。闇と月と氷の三重奏。罪深き咎人に神罰を与える。特殊能力、――終焉無き破滅」
私の固有能力。広域空間魔法。全てを滅ぼす闇……。
生者には永遠の絶望を、死者には浄化の祝福を与えることができる秘奥義。
一面は暗黒。そして、一瞬の閃光。閃光の後、辺りは元通り。
――貴方達の生殺与奪は私次第。私が神となって創造した世界に生者は閉じ込めた。
永遠の破壊を与え続けるに値するような罪深い者なんて滅多にいるものではない。
故に、今回、生者を生かす理由はない。
私が創造した絶望空間は既に消滅。
敵は、ほぼ壊滅。ほぼ……。
(お、終わった……の?)
(まだ。リニス、もう少しだけ付き合って)
(よく分からないけど一緒に行く)
(被弾前に疑似空間の外に逃げた者がいる。幻影で本陣を偵察して、疑似空間から外にこちらが陣を敷いているのを知っていて警戒されていたのかも。それに、敵本陣と思われる隊は最初から疑似空間と現実世界の境界にいたようだし……)
(……戦いで勝つって本当に難しいな。ただ強いだけでも生き抜けやしないね)
(戦いにおける究極の正義は生存。極論、勝者の言葉は絶対。だからお互いにどんな手段でも用いる。リニスのいうように、いくら戦闘が強いからといっても死んでしまえば元も子もない)
魔法を放つと共に、直ぐに最北へ急行してきた。
もう直ぐ主犯格と対峙する距離まで来ている。
(こんな大きな事件で、締めの戦いにまさか私が向かっているとは想像もできなかったな)
(私も。もし、最悪な結果をもたらす戦いになっていたら、私一人で孤独な戦いに臨んでいるのかな? というくらいは、思っていた)
(私で、役に立てる……かな?)
(リニスは私に力をくれた。山道に向かうまでも一緒に戦ってくれたから強敵と集中して戦えた。それに……、親友と時を過ごせるってこんなにも幸せなんだなって心が温かかった)
(そういってくれて嬉しい)
(だけど、命懸けの戦場じゃなくて、お休みの日とか平和な日常で幸せな時を刻んでいきたいなって……)
(そう……、だね。だけど、これは私達が選んだ道。どんな場所だって、近くにいたって、離れていたって、心はこれからもずっと絆で繋がっていくよ。同じ空の下にいる限り……)
(ありがとう。もう、この戦いの終幕が始まる。絶対に生きて帰ろう)
(ラクラス、こちらこそありがとう。町に戻ってから沢山楽しいことをしよう)
私の背におぶさっていたいるリニスが、私にしがみつく力を少し強めたのが分かった。
私を抱きしめてくれたその手がとても愛おしかった。
「ほう、本当にここまで来るとは」
「貴方は本物みたいだね」
「今度は女の幻影でも使うと思ったか?」
「賢い貴方だからこそ、本物は男だと思っていた」
相手は男三人。全て人間。
いかにも研究者という風貌の中年の男。
力が自慢そうな斧を持った年齢不詳の地黒な巨漢の男。
そして、色白で細身、しなやかな肢体をした普通の長剣を構えた黒髪短髪の青年という組み合わせ。
どの男からも練度の高い気配が漂っている。
「それで、貴方達の背後には何があるの?」
「そんな誘導尋問、三文芝居に乗るとでも思ったか?」
「ラクラスのいっていた通り、大事なことは何も話してはくれないね」
「そっちの金髪の方がラクラスか。聞くまでもないか」
(ごめん。不用意に名前を呼んだらこうなるね……)
(大丈夫、今回は内通者がいて、こちらの状況は大体割れていた。それに最初の戦いでも、ある程度の情報は把握されてしまっていた)
「幻影では何もかも状況は見えていない。現に貴方は、キラーラビットを召喚したとき、貴方が化物に例えた刹那の動きを私がしていたことに気付けていなかった」
「聡いな。敵にしておくのがもったいない」
思った通り。
広域召喚をしながらあらゆる状況を把握できていたとするなら愕然とするしかない。
でも、違った。
「私達の名前を知っておきながら、貴方は名乗りもしないの?」
「機密情報だからな……、って返答したらいいか?」
「どちらでも構わない。貴方が本当の名前をいう保証もない」
「聡明な判断だ。まぁ、名前くらい教えてやろう。俺の名前はレイ・スロスト」
「レイ・スロスト……。って、あの科学研究都市ティラミスの消えた天才研究者??」
リニスがその名前を聞いて驚いている。
「俺も有名人じゃないか。こんな子供にまで名前が知れ渡っているなんて」
「私、ティラミス出身だから……。三十代にして国家序列第八位まで登り詰めたことはあまりにも有名」
「その有名人に最期を看取ってもらえるのだから名誉なことだと思っておけば良い」
「レイ・スロスト、貴方は内通者を使ったといっていたけど、誰を使ったの?」
「そんな情報くらい教えてやろう。そいつは、そいつの親しい仲間に倒されてしまっていて、既に用済みだからな。ライオスって奴を使ったのだよ」
「彼はそんなことをする性格ではないはず」
「ああいう性格だからこそ、操りやすいということだ」
(ラクラス、気を付けて。その人、天才なのは研究者としてだけじゃない。術者としても優秀。確か、闇属性使いとしても名を馳せていたと思う)
(分かった。教えてくれてありがとう)
「ライオスの悔しさの分も、貴方には後悔してもらう」
「今更、後悔なんてするわけなかろう」
レイ・スロストと私の実力差は未だ計れていない。
私みたいに力を隠していなければ負ける気はしないけれど……。
側近二人ならどうにでもできる。
「貴方には、約束された地位や名誉があったみたいだけど、何故、それを捨ててまでこんなことを?」
「研究者として興味があった。ただそれだけだよ」
天才って分からない。
今の言葉が本当かどうかもそうだけど、全てを手にいれた存在が欲するものなんて想像もできない。
「ラクラス、私、そんなことのためにこれほど多くの命を犠牲にしたこの人を許せない……」
「許せないといおうが、お前では私をどうこうすることは叶わない。力なき者に未来はない」
「私は、一人じゃない。ラクラスと二人。仲間との絆を力に、全力で立ち向かってみせる」
「せいぜい頑張りたまえ。それにしてもだ。こんなところで絶対領域に会えるとは運が良い。研究者冥利に尽きるというもの。秘属性と常に比較される存在。私も生きた素体を見るのは初めてだ。お前は運命に何を奪われた?」
「そんなこと、貴方には関係ない」
この人達は、力を解放するまで、私が絶対領域とは知らなかったはず。
こんなところで、不要なことは話さない。
「俺も少し気が変わったよ。ラクラスは生かして連れて帰る。そして、実験素体になってもらおう。やれやれ、疲れるから戦いは嫌いだが、頑張るとしよう。今回は骨が折れそうだ」
「貴方の思い通りにはさせない」
「ラクラス、私もあなたを実験素体になんてさせないんだから」
「友情ごっこは余所でやってくれ。おい、そろそろそっちの赤い髪の方を殺っておけ」
レイ・スロストが他の二人に指示するやいなや、側近二人のうち、細身の一人が動く。
熟練された青年の動きは一級品。疑う余地はない。
常人であれば目で追えないほど素早い身のこなしでアッという間にリニスに詰め寄られた。
相手にとって最高の間合いを取られている。
リニスの守護は万全。私の防御魔法で固めている。
この展開も想定済み。
もっとも、相手もそれくらい承知の上かもしれない。
それを踏まえた上で、こちらの実力を図っているのかもしれない。
私は、残った二人の男を警戒。
青年が風の魔力を纏い、リニスに剣を振りかざす。
(リニス、今)
「獄炎」
「氷華」
私の魔法発動とほぼ同時。
キィーンッ!! と、高い金属音がなり響く。
「……くっ」
青年の声は苦しく、歪んだ表情。
私達の作戦は功を奏した。
「予想通り、防御結界か。それを破ってこちらが先手を取るはずだったのだが……。守りは堅い、その後の攻撃も素晴らしい。息があった差温攻撃にしてやられたな」
「それはお互い様。貴方なら仲間に魔力防壁を張るだろうと思った。だから、リニスには魔法と同時に槍で相手を刺すようにも話していた」
リニスはこの好機を逃さない。青年の左腹部に届いていた槍の刃を抉り相手に深手を負わせる。
「うぅぅ……、の…やろ……ぅ」
周囲に飛び散る赤い飛沫――。
「フム。少し侮っていた。差温で壊したのは私がこの者に付与した魔力防壁か……。そこまで予想しての攻撃」
「私は……、私だっていつまでも何もできないままじゃない。これが私! 濁った汚い赤い血より、綺麗な紅を見せてあげる。滾る業火で鮮やかに染めてあげる――」
青年は虫の息。リニスは負けない。
「お前達を少し、甘く見過ぎたか……」
「槍と魔法の狂宴。初撃、紅槍天舞……」
天から地上に無数の炎槍が降り注ぎ、敵を貫く。
降り注ぐ炎槍は集束。やがて敵を呑みこみ焼き尽くす。
「これで終わりだよ。終の緋槍。真炎……、絶衝撃!!」
炎槍が創った炎も取り込み、業火の渦が天に向かって舞う。
渦が猛り狂い、空を焦がす。
その炎の勢いは衝撃の波となって青年に襲いかかっていく。
リニスによる炎の連携技。地獄の真炎、炎の波が引き際に青年を世界の果てへ連れ去ってしまった。
炎が彼方に帰って行くと、青年が居た場所には燻る炎痕以外、もはや何も残ってはいなかった。
「二人目との交戦も、私が既に終わらせた」
間髪入れずに私も続く。
斧を持つ巨漢の男がリニス達の戦いの行方に気を取られている間に、空間越しに鎌で一閃。
魂を刈取った。
抜かりがない者なら、リニスが大技を打つ瞬間が好機だと理解している。
そう、私も含め、目の前にいるレイ・スロストのような者なら――。
私の魔防壁は、並の相手ならそれを貫けない。
だけど、これ程の相手なら分からない。
私がいなければ、彼はこの瞬間、勝者となっていたはず。
「そのようだな。中々の連携攻撃。一人目を仲間に任せて、もう一人をその隙に倒すところも素晴らしい。それにしてもこちらもそれなりの強者を用意していたのに。また補強に骨が折れそうだ……」
「次はレイ・スロスト、貴方の番」
「やれやれ……。仕方ない」
レイ・スロストは余裕を崩さない。
「そちらからこないの?」
「そんなに死に急ぎたいか?」
あれ?
赤い……。
誰の? リニス??
えっ、私……?
足? お腹? 酷い出血。
「………………」
「これで終わりだ」
「レイ・スロスト、貴方は一体私に何を……?」
「その怪我では動けまい。そこで、仲間の最期をみておくといい」
やめて。何で? やめて、お願い……。
「ラクラス、助けて……」
………………。
……………………。
今度は、幻覚魔法……?
そんなもの、私には無意味。
「……。お前には無駄か。幻影も幻覚も、届かないか」
「分かってくれた?」
――次はこちらから。
月花夢幻、私の鎌による速斬連撃。
「速い!? これが絶対領域の力か。神か化物か、否、悪魔の力か。実に素晴らしい……」
私の鎌が当たらない。
魔防壁と錫杖で私の攻撃を受け止めている。
私の動きをすべては追いきれていないのに、それでも上手にいなしている。
「貴方も大概。本気の私に対応してくるなんて……」
「そうそう、これはただの防壁ではない。攻撃を反射させる反射防壁だ」
(ラクラス、あちこちから血が……)
(安心して、リニス。このくらい、平気だから)
「攻撃をそこそこ反射する防壁といったところみたいだね」
「このままでは防戦一方。こちらからも行かせてもらおう。黒炎連撃」
「氷霧」
レイ・スロストが連続で放つ無数の黒い炎。強い魔力。普通なら凄い使い手に感じたかもしれない。
氷と黒い炎の相殺。一見考えられない手段。実力差があってこそ成せる技。
演技を交え対応して見せるも、闇の加護を持つ私には、無論、最初から闇の炎なんか通用しない。
レイ・スロストから見たら私が加護持ちかどうかなんて見えていないはず。
いわば、こちらの手札を隠しているだけ。
当然、冷気が圧勝する展開。
「なんだって? 私の魔導を持ってしても通用しない……だと? これは増々興味深い」
恐らくレイ・スロストは私の実力を計りきれていない。
闇の炎は用心を重ね、私への探りも兼ねた魔法に思える。
「貴方の実力が少しずつ見えてきた。貴方の強さは確かに普通より遥かに飛び抜けている。異常といっても正しい。でも、ただそれだけのこと。私に届くまでは、まだ足りない――」
「仕方あるまい。これはいざという時に使うためのとっておきだったが、手段は選べない」
「何? どうするつもり?」
レイ・スロストは平然としている。戦況に応じて冷静に対応してくる。
「強者に勝つためにできることなど知れているだろう。相手より強くなるか、相手に弱くなってもらうか。もう、遅い」
「ダメ――。させない。ラクラスごめん」
リ、ニス……?
私はリニスに突き飛ばされた。
それによって、リニスが私の代わりに得体の知れない魔道具の効果を受けてしまった。
黒い霧がリニスを包み、リニスの意識を奪ってしまった。
リニスの命に別状はなさそう。私に使うつもりだったのならそう判断できる。
今分かるのは、リニスの魔力が過剰に弱っているということだけ。
「く、お前。なんてことをしてくれた。苦労して手に入れた『魔封じの闇』が無駄になったではないか……。気絶しているようだし、そいつから殺してやる」
「やめなさい」
そんなこと、させるわけない。
「うぅぅっ……。隙を突かれたか」
間一髪、リニスに気を取られたレイ・スロストの隙を突き、腹部に私の鎌の先端が届いた。
レイ・スロストの表情が歪み、動きが止まる。
それでも、致命傷までは負わせられていない。
さすがに実力がある。隙を突かれても、魔力の防御幕で直撃をかわされた。
簡単で微弱な魔力防壁だからといって、攻撃の軌道を予測して一瞬で発動させるのは、普通は無理。
「魔封じの闇って何?」
「その名の通りだよ。相手の魔力を短時間だけ極度に弱める貴重な魔道具」
「それなら、リニスは無事。それさえ分かれば十分」
「お前を倒しても、倒した後に回復されてしまえばこちらが殺られる。だから、お前が抵抗できなくなる処置をするまで力を抑えておく必要があった。こんなこともあろうかと用意周到な準備をしていたのに思わぬ邪魔をされてしまった。興ざめだ……。いや、これが戦か……」
「そう、これはリニスを侮った貴方の油断が招いた結果」
「その通りだ。言い訳はしない。しかし、『闇精霊』め。今もそこでこちらを見ていただろうに。何故、見て見ぬふりをする。どうして俺を見捨てやがった」
「闇精霊??」
「支配の一族なんて物語の世界の話とでも思っていたのか? そいつらは存在する。幻影・幻術を操り、生者を夢と現実の狭間に放り込んで支配するような奴等だ」
「夢?」
「幻影や幻覚とは夢うつつと似たようなものではないか」
「そう……。私には夢うつつなんて分からない。貴方が今語っていた、その闇精霊にはどこに行けば会える?」
こんなところで夢に纏わる話が聞けるとは……。
「そんなこと、お前に話す必要はない。戦況は、こちらが圧倒的不利。そろそろ決着を付けさせてもらうとしよう。お前達を倒した後、あいつらとじっくり話し合おうではないか」
「そんな手負いで私に勝てるとでも?」
「さぁな。なるようにしかならん。まぁ、別に、戦わずとも良いのだが……。お前が俺達の実験に協力するなら闇精霊にも会う機会があろう。それなら手負いだろうが何だろうが関係なくなるが」
「分かり切ったことを私に聞く必要がないのでは?」
「そうだな。では、この一手でこの舞台に幕を引かせてもらおう……。お前らが勝てばこの魔導書は無用の長物。こんなものくれてやるさ」
レイ・スロストが魔導書を手にしてこちらにその姿を晒した。
なんとも禍々しい気配を帯びている……。
これは、力を持たないものなら恐怖と絶望を感じる代物だ。
少し前に倒した二人を収集する気がなさそうなところだけは幸い。
でもこれで、ようやく魔導書の所在も確認できた。
あとはこの戦に私が終止符を打つだけ。
「何をする……、つもり?」
レイ・スロストに周囲の魔力が集束されている。これは……。
「そこを動けば、お前の後ろにいる仲間は助からない。その場に留まってこの俺の魔法を全力で防ぐ他にお前には手がない。しかし、お前はここに辿り着くまでに大量に魔力を消費したはず。なのにだ、何だその強さは。化物め……」
「何とでもいえばいい。だけど、貴方だってそんな馬鹿なことをすれば無事では済まないでしょう?」
「そう聞かれて、正直に答えるわけがなかろう」
いくら天才とはいえ、自らの命を爆発させる魔法を使って、無事でいられる準備をしているだろうか。
そんな話は聞いたことない。
でも、これだけの相手だ。不気味でならない。
「そうだね。だけど、話は簡単。私が貴方の全力攻撃を防げれば私の勝ち。防げなければ貴方の勝ち」
これだけの実力者。こんな人間が自分の命を燃やす。
自身が持つ魔力の何十倍もの威力の爆発を引き起こされれば、ひとたまりもない。
「貴方は何故、疑似空間でこの魔法を使うの?」
「お前達のためではないことだけは確かだ」
徐々に周囲に凄まじい魔力の嵐が立ち込めてくる。
本当にこんなの防げる?
目の前の相手に選ばせてしまった選択肢。
目の前の魔力の嵐を相殺するために私も必死に魔力を高める。
違うのは、相手は己の核を触媒に命懸けで魔力を爆発させているが、私は触媒なしにそれを防ごうとしている点だけ。
確かなのは、私達に実力差がなければこの手段を取られた時点で負けか引き分けていたということ。
そして、私がこの戦いの結末を決める運命の使者に選ばれたということ。
「なんて魔力量……」
「お前の予想通りか? それとも、お前も俺を侮っていたか? お前がここに辿り着く前に大魔力を使ってくれたことも私には好都合」
「貴方を侮るなんてしていない。最初から全力」
「そうか。ならこんな楽しい駆け引きができたことを喜ぶとしよう」
「貴方は、狂っている」
「そうでなければ、こんな研究や、こんな計画に手を出してはいないさ。あぁ、楽しいねぇ――」
レイ・スロスト。貴方がどんな理由で地位や名誉、財産、数々の成功を捨ててまでこんなことをしたのか私には分からない。
力を得た分、貴方は私のように何かを失ったり、孤独だったりしたのかもしれない。
だからといって、こういう手段に出ることが正しいだなんて私は思わない。
私達がここで負ければレイ・スロストが正義だと証明されてしまう。
戦場では勝者が常に正しい。
でも、勝者が死んでしまえば、生き残った者が正義。
つまり、私が絶えようと、リニスを守れれば私達の勝ち。
……なんだけど。
でも、こんなところで私も死ねない。いいえ、死ぬつもりはない。
「私は絶対に負けない」
「絶対領域。実に素晴らしい。その悍ましい力にどこまで抗えるか。目の前にいる恐怖の使者を異界へ還せるか否か。お前から常時襲ってくる恐怖と絶望の重圧、そして途轍もなく冷たく研ぎ澄まされた殺気からもこれでやっと解放される……」
双方の魔力はそろそろ臨界点に到達。
「貴方の魂を救済させない。私の裁きの闇の光が貴方を絶望の彼方へ誘うから。覚悟しなさい――」
雌雄を決する時――。お互いに最後の魔法を放つ。
「俺の悲願――、咲くか、散るか……。『曼珠沙華』」
「断罪ノ十字架、『奈落』……」
「……んっ」
「……ス。……ラ……ス」
私は一体――。
「ラクラス!!」
「……?」
何だろう、真っ白……。これが俗にいう死後の世界?
「ラクラス……!? ラクラス――」
リニス!?
「リ、ニス……?」
「そうだよ、ラクラス。ラクラス。ラクラス」
私は気を失っていたらしい。
目を開くと、涙でくしゃくしゃになったリニスの顔が見えた。
「終わった? んだね……? 私、どれくらい気を失ってた?」
「……。うぅ…。永遠……、と思った……」
リニスは会話がまともにできそうにない。
外は明るい。昼下がりの様相。
まだ上手に体が動かない。でも、起きないと……。
「駄目……。凄い怪我……」
「そっか。だから、体が動かせないわけだ……」
どうやら重傷を負ってしまったらしい。
「私が……、気が付いたらラクラスが酷い怪我をしてて……」
「その後、ずっと私の側に?」
「うん……」
「リニス、ありがとう。リニスの機転と勇気がなければ私達は負けていた」
「身体が……、勝手に……、動いてた」
「リニス、魔導書を見なかった? それと、敵に繋がる手掛かりは残っていた?」
「魔導書はあった。敵の姿や形は無く、他に手掛かりになりそうなものは何も……」
私と会話しているうちに、リニスも少しずつ落ち着いてきたように見える。
外が明るいから、私の為に沢山泣いてくれたのがよく分かる。
リニス、私の為に、ありがとう――。
「敵がいないなら、安心。魔導書には触れないでね……。少し眠くなってきた」
「魔導書のことは任せておいて。それより、眠る?」
「できたら……」
「そのまま死ぬなんてことはないよね?」
リニスは心配性だな……。
「一緒に帰ろうって約束したよ」
「なら、大丈夫だね。約束だからね」
リニスが私の動かせない小指に自分の小指を絡ませる。
「そうだ、リディアに渡した閃光魔法を発動させる魔道具。まだ一つここにあるから、これを今から使ってくれるかな?」
「分かった」
「お願い……」
私の記憶はここで途切れた。
それから丸二日。私は眠り続けていたらしい。