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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第一部 夢探し編 - 第二章 闇に架かる月
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第十話 激化する戦いと交錯する想い

 私とリニスはアトリエ平原の南西部、ノッケルン雪山山道付近にまで移動していた。


 私の探策魔法でリニスが安全に敵と戦えるルートを選択。途中、十五小隊程と交戦。配置されていた半分程度の敵を倒してきた。


 リニスも若くして隊の在籍を許可されている才能の持ち主。

 実力はルクス達にはまだまだ追い付かない。

 それでも彼等といい勝負をできるセンスを持ち合わせている。


 そのレベルであっても今回の事件には荷が重い。

 能力が圧倒的に足りていない。

 技量を突き詰めれば、圧倒的能力差を少しは補える。

 それでも限界がある。

 今回の戦いはそういう次元の話。


 幻影の男の仲間達とは二度遭遇。確かに幻影の男より数段に強かった。

 魔力制御は解いてない。

 それでも、私と数太刀合わせられるレベルの人間達だった。


 敵についての新しい情報は得られなかった。

 徹底して機密を守られたまま逝かれてしまった。


「ラクラス、大変なことになってしまったね」

「うん。リニス、怪我はしてない?」

「大丈夫。心配してくれてありがとう。ラクラスの加護があって助かった。じゃないとぞっとする」


 これが駆け出しの隊員だったら気が卒倒していたかもしれない。

 多数の屍を乗り越えながらここに来るだけでも普通なら相当な苦痛のはず。

 怖いといいながら、ここまで戦えているリニスはとても強い。


「私も、今のところリニスを守れていてほっとしてる」

「まさかだけど、アンデッドに接触した対象までがアンデッドにされてしまうなんて……」


 ここに来る途中、アンデッドに対抗属性を持たない剣士の生存者に遭遇した。

 彼は遠距離攻撃を得意とする閃撃剣士ではなく、剣に自分の魔法を乗せて戦う近接スタイルの剣士。

 そのため、悲劇が起こった。

 彼が剣を振ってアンデッドを倒してきたという話をしていた時に、彼はアンデッドになってしまったのだ。


 彼から聞けていたのは、アンデッドから外傷を受けていないことと、斬撃する際に彼がアンデッドに触れてしまったという情報だけ。

 彼は最初に死への恐怖から徐々におかしくなり、いつしか意思が消失。

 そしてマスト達同様に姿を変えた。


 アンデッド化には、術者によるその場召喚、感染による時間差変貌のケースが想定されることが理解できた。

 この時間差は実に巧妙。

 アンデッド予備軍達が町に戻ってアンデットになったら……。


 彼はリニスに遥か及ばない実力。

 このルートが重要拠点だったら彼はもっと早く尽きていたと思う。


 私のように距離を取って空間越しに斬撃をできるのは特殊。

 閃撃は魔力を具現化するから、それとも違う。


 対抗属性や加護、特殊な戦闘スタイル。

 こうした例外以外、気を付けないと命を失う。

 それが対アンデットの現実であり真実。

 これだけ危険なら、難度Sは妥当。


「山道付近にきたけれど、実験後、敵はこのルートから脱出を考えていないようだね」

「そうだね。近辺は手薄だったね。ラクラス、これからどうしようか」

「うーん。仲間と合流するにも、アンデッドとなってしまった彼としか未だに出会えていない」


「私達の本陣は逆方向。中央最東部で町にアンデッドが絶対に侵入しないように陣を張っている。そこに報告を挙げにいく線は難しそう」


 リニスがいう通り、ここは本陣とは逆方向。


「うん。本陣にはコルベットを先頭に、実力者で固めた部隊がいる。情報がないなら、ないなりに何とかしてくれると思う」


「それなら、別の街道に続く最北側に進む?」


 私達の目的を考えれば、その線が妥当。


 ただ……、北範囲の数地点にそれなりの強い魔力反応がある。

 魔力制御をした状態のままリニスを守りながら戦えるかどうか。

 かといって、リニスを一人にしたら余計に危険……。


「リニス、そうしよう。北は今までと違って強い魔力反応がある」

「危険ってことだね……」


 リニスには加護の力を使った時にそれとなく話しているけれど……。

 安心させてあげないと。


 私のことを隠さずに全て話そう――。


「正直に話すと、私はまだ本気ではないんだ。今、確認できている強い魔力反応なら本気を出せば問題ない。リニスも守れる」


(本気を出せない理由があるんだね。さっきラクラスがいっていた、あの、えと……、ほら、恐ろしい力が何とかって話?)

(そう、その話。今の会話が他の人に聞かれないように気を使ってくれてありがとう)

(しかし、これで本気ではないなんて、驚く意外何もないなぁ……)


(リニスは、私が怖くないの?)

(怖いとは思うよ。でも、そんなの関係ない。そういうの全部でラクラスでしょ)


(ごめん。失礼なことを聞いてしまったね)


(いいよ。その代わり、最初のご飯はラクラスのおごりだからね)

(分かった)


(リニス、私ね――)


 同じ場所でじっとしていると危険。


 リニスには、魔力制御をしていることと、それを解放するリスクだけを話した。

 肝心の力の解放の有無については、必要なら躊躇しないとリニスに話している。


 リニスは私の手を握り、じっと寄り添って話を聞いてくれていた。


 やっぱり、親友がいるって温かいな……。

 戦いは孤独なだけだと思っていた。


 でも、今は違う。どうしてだろう。

 生死を共に背負うことで、こうして絆が結ばれていくのかな?




 私達は北に進路を変えて進んでいた。


 あれからまだ交戦には至っていない。

 近くに微かな魔力反応を感じて、周辺を警戒している。


「大分近くなってきた」

「ラクラスがいう気配という奴?」

「うん」


「……。見つけた」


 微かな魔力反応だった原因は、女性の魔力が極端に弱くなっていたからだった。


「リディア。直ぐ治療する」


 意識が無い。全身傷だらけ。辛うじて息をしている。

 対抗属性を持つリディアだけど、例外があってはならないとアンデッドになっていないことも確かめた。 

 罠でもなく、リディア本人で間違いない。


 そうこうしていると、リニスもこちらへ駆け寄ってきた。


(危険がないことは確認しているから大丈夫。直ぐ治療するから周囲の警戒をお願い)

(分かった)


「……ク、ラス。ラクラス? それに……リニス?」

「リディアさん?」

「間に合って良かった」


 私は、リディアに治癒を施せてほっとした。


「ありがとう。正直死んだものとして諦めていたわ」

「リディアさん、何があったの?」

「リニスはラクラスと一緒の隊だったのね」

「うん。ラクラスがいなければ、私は確実に死んでいました」


「えとね、恐らく二人と一緒だと思うのだけど、幻影が現れて仲間を殺されてしまって……」

「一緒だね。リニスは私が闇の加護と月の護りを施していたから、魔導書の力が及んでいない」


「私が生きているのも、月が私の運命属性だったから。探索魔法を使えるラクラスに比べたら全然だけど、私も探知魔法なら使えるから、逃げられるルートを慎重に辿りながら、生きている仲間と合流しようとしていたの」


「どうして深手を負っていたの?」


 探知魔法を使って慎重に逃亡ルートを選んでいるのに大怪我。

 疑問に思って私はリディアにその理由を尋ねる。


「何故かは分からないけれど、私の存在が敵に把握されたみたいで……。一人の追手がこちらに向かって来ていることに気付いた私は必死に逃げたわ。それでも追い付かれてしまって」


「そっか。今回の相手は相当の手練れだから難しいよね」


「うん。最初は相手が一人だったからギリギリで何とかなっていたのだけど……。強い気配を出していた追手に乗じて気配を消しながら近付いていた追手もいたらしくて。気付いたらその未警戒の方に不意打ちを喰らってしまって……。そこから覚えていないの。だから止めを刺されずにいたのは奇跡だったとしか……」


 ここに来る前に遭遇した幻影の男の仲間は二人。数は合致。

 他にもいるかもしれない。警戒は続けておこう。


「リディアさんが生きてくれてよかったです」


「ところで、リニスはリディアと知り合いみたいだけど?」

「えぇと……。ラクラスは知らなかったかな? リニスが属する北支部のルクスはその……。私と、そういう仲なんだ」


 えぇと……。知らなかった。


「そうなんだ」


「ラクラス、私ね、ルクスさんの稽古の相手をよく務めていて、だからその、リディアさんと自然とよく会っていたというか」


「そういうことなの。たまに私がリニスと稽古をすることもあったわ」


 これも縁なのかな。


「ルクスも今回の作戦に参加しているから、心配だね」


(あぁ、ラクラス。それはいわないほうが……)


 え? あ、そういうことか……。


「リニス、大丈夫。私もルクスも戦場で仕事をしていることは承知しているから。ラクラスも気にしないで。そうね、無事だと信じている。ここに来るまでにルクスはいなかったから希望はあるわ」


(えと、リニスごめん。でも教えてくれてありがとう。余計に不安を煽ってはいけないし、心配していないわけなかったね)


「リディアさん、私達もルクスさんは見ていないよ」

「うん。それが分かれば十分」


(ラクラス、ここに来る前にライオスに会ったわ。残念だけど彼はアンデットになっていて、辛うじて私が倒してきたわ……)


(彼程の実力者がそうなったことはリニスには伏せておいた方がいいね)

(話してもリニスは受け止めるでしょうけど、そうしておきましょう。それより、気になることが……)

(どうしたの?)


 リディアの顔が一瞬曇ったように感じた。


(ライオスは私やルクスと実力が拮抗しているのはラクラスも知っての通り。けどね、なんていうか、アンデッドになったからか、私の知るところより、全体的に強化されていたような感覚があったわ)


(教えてくれてありがとう。でも、どうしてリディアはそんな強い彼に勝てたの?)

(二つ理由があって、一つは、アンデッドになってくれたお陰で彼の思考センスが活かされず単調な動きだったこと、もう一つは遠距離から私が月の浄化魔法を使えたから)

(なるほど。納得した)


「それで、これからどうしますか?」


 リディアと思念通話をしていた中、リニスが切り出した。


「私に策がある」


(思念通話に切り替えるから、二人ともそのまま聞いて)


 リディアとリニスが頷いた。


(私が探索魔法で仲間の生存者を探すから、リディアはそれに沿って生存者を見つけて合流させながら東の本陣を目指して欲しい)


(ラクラス、こんな広範囲でそれほどの探索魔法が使えるの?)


(リディアにも話しておくね。私、魔力制御をかけていて相当力を抑えている。だからね、本気を出そうと思う。闇の加護が使えるのはそういうこと……)


 リディアもリニスと同じ反応。驚愕しているのは気配から明らか。


(そ、そうなの? リニスも知ってた?)

(私もそれを聞いて言葉を忘れてしまうほど驚きました)

(こんな力があったら、色々と困るから。隠していてごめんなさい……)


(驚いたけど、ラクラスはラクラスだから、信じるわ。今回生存者がいると想像するには絶望的だし、コルベットもさすがにこの件を知ったら揉み消してくれると思う。私も黙っているわ)


 リディアも、リニスと一緒だ。


(リニスのいう通りだね。リディアも私を在りのままで見てくれていた)


 リニスだけに聞こえるように伝えた。


(うん。ね、そうだったでしょ。話を続けましょう)

(私が力を解放したら、相手に直ぐに感知されてしまう。それも利用しようと思う)

((どういうこと?))


 リディアとリニスが息を合わせて私に質問する。


(囮になるってこと。私が気配を消さずに高速移動しながら強者を倒す。倒すために移動することで、こちらに注意を引付ける。その間にリディアが打ち合わせのルートで生存者と合流という作戦。先程リディアに不意打ちをした敵と同じ方法を使う)


(なるほど。確かに私も今回は、対アンデッド以外の戦闘では役には立てない。なら、ラクラスに相手の主力を任せるのが一番)


(今のところ人族とアンデッドしか見ていないから、リディアもその点は注意していたらいいと思う)

(気を付けておくわ)


(リディア、探索魔法で周囲の大まかな状況を調べたら、仲間の生存者数を伝えるからその人達と合流して本陣まで戻って欲しい。そして、本陣について報告が終わるまでの時間を試算して私に教えて)

(うん、了解)


(それで、必要な行動を全て終えたら、この魔道具を使って欲しい。空を十秒ほど真っ白に光らせる閃光魔法が発動するから、それを合図にこれから話す作戦を実行したい)


(私の方は、本題前までの話は理解したわ。リニスはどうするの?)


(リニスは私のサポートをして欲しい。どこにいても危険は変わらない。親友として頼らせて欲しい。リニスに敵が攻撃できないように、そこは私が守るから)


(私は……。私は、親友といってくれたラクラスと共に戦うよ)

(ありがとう)


(それで本題は? どう攻めるの?)

(それは――)


 私の作戦を二人は一つ返事で受け入れてくれた。


 リディアは命に代えてもこの作戦をコルベットに認めてもらうと約束してくれた。

 もしかしたらルクスと永遠の別れになるかもしれないこの戦いで、覚悟を決めてくれた。

 それぞれの想いが交錯する中、ことは進行する。


「始めるよ。二人ともこの結界内から絶対に外に出ないでね」

「分かったわ」

「うん」



 ――魔力、解、放……。



 静寂が最初に訪れる。静寂は一瞬だったはずなのに、それは永遠に続いてきたかのように周囲の空間を支配した。圧倒的存在感が誇示された。


 静寂が破られ、刻が動き出す。


 地面から轟音が鳴り響く。台地が唸りをあげ、その巨体を激しく揺らす。

 大気が叫び、暴風が吹き荒ぶ。いつ終わるか知れない不協和音。

 そしてまた静寂。静寂と共に周囲が深淵の闇に染まる。


 広大に広がる永遠の暗黒の果て、見知らぬ異界から恐怖、憎悪、悲壮、嫉妬、怨念、あらゆる負の概念が呼び寄せられて私を包む。


 やがて暗闇には極寒の冷気が浸透し始める。


 空の月はいつの間にか紅く染められている。

 その月からは、冷気に満ちた光が私に注がれていた。

 そして一面が真っ白な光に包まれ、その光が刹那に闇を散らした……。


 光は闇を散らすと、やがて足音も立てることなく去って行った。

 光無き後、大きな爆発音と共に無音の世界が壊れる。

 それは、恐怖の旋律を奏でる神が世界に降臨した合図だった。


 沈黙。そしてまた沈黙……。


 ――探策……。


「リディア……、生存者がここから東に一名。弱っている。他は皆本陣に合流済み」

「と……」


 リディアは答えようとしていたが、私の声に辛うじて反応しただけ。


「リディア!」

「お願い、ラクラス。私達を殺さないで……」


 リディアの目は虚ろ。

 リディアのそれは何かに犯されたような目をしていた。

 死んだ魚の目が生易しい、そんな目だ。


 顔も血の気が全くない。


 やっぱり私は……。


「大丈夫? びっくりさせたね……」

「うぅん。少し落ち着いた」


 リディアの声はまだ弱々しい。


「怖い思いをさせてごめんなさい。これが私の本当の姿……」


「さっき、死にかけていた時の方がましと思える。低くて底なしに引き込まれてしまいそうな声。極寒さえ凍り付かせてしまいそうな冷たい瞳。今のラクラスからはこの世界に終焉を告げる恐怖の存在のような重圧を感じる。絶対領域の力を封印しておいたのは正しい判断だと思ったわ。絶対領域なんて単なる物語の世界の話だと思ってた……」


「私も全力まで魔力解放をしたのは初めて。想像以上に凄い。私自身も怖いと感じる……」


 こんな力さえなかったら、孤独なんて知らずに過ごしてこられたのかな?

 ……って、今は感慨にふけってなんていられない。


「リディア、今は急ごう。敵も一瞬動きを止めていたけれど、既にこちらに向けて動いている」

「分かったわ。リニスは気絶してしまったみたい。ラクラス、リニスをお願い」


「リディア、例の時間は推測できた?」

「私が東の生存者を連れて、コルベットへ報告を挙げるのに全力で十五分といったところ」


「えっと……、リディアの護衛も私に任せて。そちらに向かう強敵だけ排除しておく」

「了解。頼らせてもらうわ。では動こう。お互い無事でまた会いましょう」


 リディアは何とか正気に戻ったみたい。青ざめた表情もしばらくしたら戻るだろう。


 こんな力さえなかったら。私は――。


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