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 夏祭り当日。部員全員浴衣着用という部長からの無茶振りに全員が応えることも無く、ただ唯一楽しみにしていた希だけ浴衣を着るというので、梢は準備の為に希の家に来ていた。


 そんな希が浴衣に着替えている最中、普段なら目にすることの無い場所が目に入り思わず目を見張る。

 別に彼女の胸が意外と大きいからとかそんなことではない。胸部の上に不自然に盛り上がった場所があり、手術痕であろう傷跡がある。梢は希の嫌がる事を承知で気になった場所を指さした。


「それってどうしたの……?」

「ペースメーカー。器具を埋め込んでるの」

「ヘルスメーター?」

「違う。なんで身体に体重計入れなきゃいけないの」


 自分で指をさし、その肌をつうとそのまま心臓部までなぞって見せる。

 浴衣を羽織った状態でキャミソールの隙間をなぞる仕草が、なんでかその仕草が色っぽく見えた。


「……ここから電極を流して、心臓に刺激を与える。小さいAEDみたいなもの」

「これが無くなったらどうなるの?」

「すぐに死にはしない。でも脈拍は弱いから寝たきりになるでしょうね。それでゆっくりと死ぬの」


 昔から弄り回してきたんだからそりゃあ、ね。なんて自嘲じみた笑みを浮かべる。どこか諦めているような顔。前にもそんな顔をしていたことを思い出す。

 梢はそっと浴衣で彼女の胸元を隠しては帯を締める。元々結んでいる帯を取り付けることは簡単だ。

 終わればその器具を埋め込んでいる個所は隠され、何も見えなくなる。


 希は生きることを諦めているのだろうかと梢は思った。だがそうじゃなければ彼女はこんなことをしないはず。

 梢は電極を流しているという場所に耳を当てた。希は自分が抱きしめられることに体を強張らせた。


「梢」

「……生きてる」

「勝手に殺すな」


 とくとくとその心臓の鼓動が梢の耳にまで響く。希は少し緊張しているのか鼓動が少々大きく聞こえた。

 希の細くて薄い身体は抱き締めると一層その細さを実感する。

 このままもっと強く抱き込めば希の命はあっけなく壊れてしまいそうで、耳をすませば彼女の内臓から血液の流れる音までその薄い肉と皮越しに全て聞こえてくるような気もした。


 もしこの場で彼女の体に埋め込んでいるその器具が壊れたら彼女はそのまま死んでしまうのだろうか。もしそうだとしたら――。


「あいたっ!?」


 だけどその思考は希からの軽い手刀によって止まってしまった。


「くっつきすぎ」

「……うん」


 希の鼓動は安定していた。だけど希から離れても梢は謝罪をしなかった。というより出来なかった。

 それは自分は悪くないという強がりか、それとも気まずさからかは分からない。




―――



 二学期に上がってから希は一定期間の入退院を繰り返しながら学校生活を続けていた。

 それに伴い部活も来ることもなくなり、一応学校には来ているもののそれでも半日くらいしかいない日の方がほとんどだった。

 だから必然的に梢が課題やノートを彼女の家か入院している病院に持ってくることが多くなり、希の教科書を広げてはその日の授業の振り返りをするようになった。


「その質問フォーム使ってる人初めて見た」

「梢の説明が下手だからよ」

「辛辣だなあ……」


 一部課題が電子化している授業については学校から配布されているPCを用いたり、先生によっては簡単な個別授業を受けていたりもしていた。時々梢も時折話にまじる事があった。


 何時しか学校内で氷姫を噂する声は聞こえなくなったものの、クラスメイトも梢とのやり取りを見て彼女に対する扱い方が分かってきたのか、それとなく声をかける子も増えてきたのは梢も純粋に嬉しかった。


 そんな梢も希が入院をしてもその度にお見舞いは欠かさず行い、病院に行けない日はSNSなどの連絡手段を用いて連絡を取り合った。

 たまにすれ違いも起きたりして、そのせいで希発作が起きる騒ぎにもなったが、見かねた一人のクラスメイトが仲裁をした。

 文化祭では写真部の活動写真の中に夏祭りの浴衣を着た希に入院中の希の写真などを展示していたので、希が部長にあまり痛くなさそうな蹴りを入れりもした。


 そんな穏やかな生活が続き、部長は文化祭を終えたと同時に引退した。

 副部長だった隼人がそのまま部長に繰り上がって一年の中では一番真面目に活動していた小雪が副部長になった。


 そして前部長は卒業し、それ以外は無事に進級。梢たちは高校二年生になった。



「希?」


 梢がいつものようにお見舞いに行けば、希は呼吸器を付けたまま静かに眠っていた。

 顔見知りになってしまった看護師からは、昨日発作を起こしたので疲れて眠っているだろうと言っていた。


 彼女が発作を起こした後は死んだように静かに眠る。

 だが胸元につながる心拍計の機械音と、口元を覆う呼吸器の内側の曇りで彼女は生きていることが分かった。

 だがそんな医療機器に縛られているようなこの姿は、いつでも彼女が死んでもおかしくないように見えて最初こそは心配もしたが、何度もその様子を見ていると徐々にその感覚が麻痺しそうになる。


 初めて梢が病院にお見舞いに来た時も同じような雨だったなと思うが、あの日との違いは紫陽花の花が花瓶に飾られていないことと、緩やかにリズムを刻む心拍計の機械音。そして希が眠っていることだった。


 梢はおもむろに鞄に潜ませていたカメラを取り出して彼女の寝顔を撮り始める。

 部活で何枚も撮れば心霊写真だった梢の写真も、制止している彼女の前では怪奇現象ひとつもないただの写真としてデータに納まった。

 とりあえず撮影してデータを確認してみたものの、自分の思ったように上手く撮影できなかった。


 しばらくすると様子を見に来た看護師がやってきて、彼女の呼吸器と周辺の器具を片付けた。希しかいない病室は医療器具の機械音が無くなれば、静寂に包まれ外の雨音が梢の耳に大きく響き渡る。



『俺たちが毎日送ってるような日常生活に憧れ?みたいなもんを抱いてんじゃない』


 卒業した卓也が言っていた言葉。もうじき体育祭が始まるが、この様子では彼女は体育祭も参加どころか出席すらできるのか怪しい。

 かくいう梢も競技の練習でしばらく放課後希の元へ訪れる頻度が減る。こういったことは初めてではないが、流石に共に過ごせない寂しさはある。

 そんな多忙な数日を超えて彼女の顔を見ては寂しかったと抱き着けば、大げさだと困ったように希が笑うのが常だが、希が思っているよりも梢が希に会いたがっていることを知らないだろう。


 普段から冷静な態度を取っているのに寝起きには弱い。

 諦めている癖に自分のできることに対しては負けず嫌いだから、写真のコンクールで後に入部した小雪が賞を取ったのに自分が賞を取れなかったときは少々悔しそうに顔を歪める。

 薄味の入院食を食べ慣れているせいか、味の濃い食べ物は苦手。


 これまでは冷たくあしらっていたのに、彼女自らクラスメイトと関わるようになる姿を見て拗ねる姿を希に笑われたりもしたが、彼女に対する独占欲は日に日に大きくなるが、そんな希の一面を知っているのは自分だけだという優越感だけを頼りに、梢はその気持ちを無意識に抑え込んでいた。

 本来なら希は学校に行くべきではないのに通っているということは、彼女は普通の生活を望んでいる。

 それを自分が独占するなんておこがましいことは出来ないから。


 だがそんな彼女の理性も無視して、土砂降りの雨が側溝に流れ洪水となって溢れていく。

 カメラを置いて椅子から立ち上がると手を伸ばして彼女の頬に触れた。そしてその触れる親指で唇をなぞれば、呼吸器内の湿度で湿った唇がふにと形を変えた。



「……こ、ずえ?」


 目を開けた希はまだ微睡んでいる。喉が乾いているのか喉が掠れている。

 きっと完全に覚醒すれば自分の視界を梢が占有しているこの状況に戸惑うだろう。だけど。


「ごめん」


 梢は目が覚め切っていない希の唇を奪った。



―――




「二人ってそんなに仲良かったけ……」


 部室に入ると咲夜と最近ほとんど部室に来ることがなかった希が居て、二人が一緒に話していた。


「たまたまだよ」

「……うん。じゃあ、迎えが来てるからもう帰らないと」

「あ、うん……じゃあね」


 最近梢は希に避けられている気がしていた。まあこれは自業自得なのだが、実際梢と希は二年に上がってからというものクラスが分かれてしまったため教室内で関わることはほとんどない。基本的にお互いマメに連絡することもないので、梢が知らない間に梢が学校に来ていたこともあった。


「なに話してたの?」

「ないしょ」


 そんな梢の事情を知らない咲夜はいたずらっぽく人差し指をだして口元を抑える。ドライな咲夜がそんな態度を取るなんて余程希との会話が楽しかったのだろうかと間くぐってみるが疑っても何も答えは出ない。

 頬を膨らました梢に呆れ、咲夜は座り直して細長い脚を組み直した。


「梢、最近無理してんの?」

「なんで?」

「顔色悪いから」

「別に、無理はしてないよ」

「あっそう」


 すんと咲夜から表情が抜け落ちた。梢は今日の咲夜の機嫌が分からない。彼女は不機嫌な顔で頬杖を付いては空いてる手でスマホを操作する。


「全くどいつもこいつも……」

「咲夜?」

「なんでもない、こっちの話。 あ、そうだ。小雪はしばらく美術部で来られないって。コンクールの締め切りまで近いとかなんとか。頑張れよ副部長代理」

「代理って大したことなんて……」


 所詮部長の代わりに撮影許可を各所に求めるだけだ。最近は雨が多いからあったとしても校庭の紫陽花とかそんなモノだろうから別に許可を求める必要もないはずだけど。


「何言ってんの。卒アル写真、写真部が撮ってんだよ?今日説明会あるし」

「なんで知ってるの!?」

「むしろなんで梢が知らないんだよ。このくだり前にもやったでしょうが」


 ほら行った行ったと何も知らない梢は咲夜に押されて説明会があるという教室に向かうのであった。



―――



 部室で喋っている間、梢は部長である隼人と二人きりになったタイミングで彼に声をかけた。


「先輩。恋って何でしょうね」

「好きな人でも出来たのか?」

「…………わかりません」

「あー、そういう……でもなんで俺なんだよ。他に適任居ただろうに」

「咲夜は恋愛に潔癖だし、小雪はフラれたばかりらしいし、先輩なら……まあ……」

「色々突っ込みたいとこがあんだけど、結局は消去法かよ」


 詳細な事情まで話す事ははばかられたが、隼人は何も言わず、机に腰かけていたのを椅子に座り直す。一応梢の話は聞いてくれるらしい。


 あの日梢は、眠っていた希が目を覚ましてまだ微睡んでいるところをつまみ食いするように唇を重ねた。

 そして希の意識がはっきりする前に梢は逃げるように病院から去ったのだ。

 その後梢はSNSで希に謝罪のチャットを送ったが、「そう」なんて感情の読めない返信が来た。ちなみに通話も拒否されているし、病院に行けば発作を理由に面会謝絶されてしまう。

 それ以降は体育祭の練習やらで梢は希に弁解とか謝罪とかも出来ずにいたが、何回か登校していた日もあったものの、その時にも彼女から思い切り避けられている。


「恋ってなんだって言われてもそのままの意味だろ」

「歯切れ悪いな。なにが違うって?」

「えっと」


 梢はたどたどしくも話を続ける。


「……その子が元気な顔を見る度私は安心するんです。今日も生きてるって」

「?…………うん」

「でも、私何もできなくて、あの子の腕や胸に付けてる機械もあの子の生命線を握っているのが、それが……ずるいって思ったんです」

「お、おう……」

「そんな、感情を恋って片付けてそれを押し付けていいのかなって……」


 最初こそ自分はただあの子と一緒に居たいだけだと思っていた。

 だけど徐々にその感情は恋に近いものに変わり、見て見ぬふりを続けていたらいつしか重たいものに変わってしまった。


「大丈夫ですか?私、相手を殺しちゃいません?」

「俺そんなヤバイ案件の相談を受けてたの?」


 だが隼人自身もそういった恋愛経験は少ないし、そもそも恋愛話をすること自体初めてだ。

 とは言え相手は同じ部活の後輩。悩んでいる後輩のためなら多少の力になりたいとは思っているものの、彼なりに出した結果は雑なものだった。


「そんな気があるなら告白すれば?」

「告白……?」

「だってそう思うくらいには好きなんだろ。重いけど」

「……あっさり言っちゃいますね」


 もし、同性だと言ったらどう言う反応をしただろうか。

 だが梢の言葉で隼人は梢の言っている相手が誰なのか察してしまった上で話しているのだれけど。


「まぁお前がその相手と付き合いたいかは別だけどさ、そう思うのって結構しんどいし」


 そして空虚を眺めながら微炭酸のオレンジジュースの入ったペットボトルを二本の指を蓋の下に引っ掛けてはぷらぷらと揺らした。


「俺、付き合ってた先輩がいたんだけどさ」

「…………はい?」

「でも、先輩が卒業してからはもう疎遠になってそれっきりだけどな。今もろくに連絡してないし」


 先ほどの隼人と同じような反応を今度は梢がしている。

 隼人とは学校ではそれなりに交流があると思っていたのだが、彼が上級生と交際していたことなんて初耳だった。

 だが隼人はそのまま話を続ける。


「俺は別にその先輩と付き合ったこと自体は後悔してねえよ。告白しないで変に後悔はしたくなかったし、する後悔よりしない後悔っていうヤツでさ、実際本人に告ったのはほぼ事故だったんだけど、まー今思えばして良かったなって思う。

 傷付けたり殺すのはダメだけどさ、梢が後悔しないよう動けばいいんじゃないの?」


 正直しっかりとした解決にはなってないものの、何だかすとんと腑に落ちた気がした。


「そう、ですね……ありがとうございます」

「まぁせいぜい頑張れよ」




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