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「私と仲良くなろうとしない方がいい」


 入学した当日、後ろの座席にいた彼女に話しかけた時、言われたのがそんな言葉だった。


 彼女は入学当初からこんな調子だったのでクラスの人間からは腫れ物扱い。自己紹介でも名前だけでどこの中学なのかとか担任から聞かれても無視を決めた。

 だが見た目はふわりとしたボブヘアーに桜色の唇に儚げな瞳と良いので、男子の先輩から話しかけられているところはよく見た。だがそれも無視を決めたので誰が名付けたのか彼女に「氷姫(こおりひめ)」なんてあだ名が付いた。


 私はあの子が言った言葉の真意が気になったが、それは入学してから三日ぐらいで分かった。

 簡単に言ってしまうと、彼女に学校のルールは適用されない。

 体育の時間は見学。完全入部制なのにどこの部活にも所属していない。遅刻早退欠席なんて日常茶飯事。親の代理人らしき人が彼女を車で迎えに来るところをよく見かけた。服装は特段目立つところはないが、腕には校則で禁止されているはずのスマートウォッチらしきものが付けられていた。


 だがそんな彼女は成績優秀。しかも容姿端麗なので彼女は良くも悪くも色んな人から目を引く。だからなのか一度だけ彼女が廊下で先輩たちから注意という名のリンチを受けたらしいが彼女はそれでも動じることもなく、先生たちにばれたとしても先輩たちが怒られていた。

 どこかの財閥のお嬢様だとか、元不登校だとか、子供がいるとかそんなよく分からない根も葉もない噂ばかりが飛び交った。



「氷姫って何者なんだろう」

「本人に聞いてみたら?」

「直接本人に聞いたら変な顔された」

「相手が氷姫じゃなくてもそうなるでしょうよ」


 どストレートに聞くなよ。と咲夜は呆れて溜め息をついた。

 背が高く、ロングの毛先をカールさせている咲夜は写真部に所属しており、咲夜とは中学からの友達だ。

 だが私と咲夜はいわゆる数合わせの部員。

 入学した当時、部員は三年生と二年生一人ずつしかおらず、存続のためには四人以上必要。私と咲夜はどの部活に特段こだわりが無かったので籍だけ置かせて貰っているのだが、私たち一年生はこうしてお昼ご飯を部室で一緒に食べている。


「あの子も一応写真部の部員なんだよ」

「そうなの!?」


 しれっとパンをかじりながら言った小雪に私と咲夜は目を見開いた。そのまま小雪は続ける。


「うん、ほら数合わせの一年。居なくても一応私たちで存続の条件には満たしてるけど、先輩引退した時の保険で先生が勝手に入れたんだって。ここの顧問川端先生(氷姫の担任)じゃん。本人もそれで了承だけしたんだって」

「へえ……」

「でも氷姫と同じクラスなのになんで梢は知らないの」

「私だってあの子と関わり無いし」


 座席は前後なんですけどね。それにあの担任が私に何も言わなかったのなら、本当に氷姫は写真部を存続させるために名前を借りただけなのだろう。あとは学校の規則の都合か。


 氷姫とは座席が前後しているものの、顔を合わせるのはプリントを回す時だけしかない。

 伏せた瞳に簾のように長いまつ毛が影を差し、その瞳を埋め込んだ肌は陶磁のようにキメが細かかった。




「あのさ、明日時間ある?写真部の活動で来て欲しいんだけど」

「私が居なくても変わらないじゃない。それに貴女も自称幽霊部員じゃないの?」

「うっ……いや、部長から言われたってのもあるけどさ、先輩引退する前に活動実績残さないとなんだ。

 来月の市民ギャラリー用に何枚か撮ろうよ。カメラは部室のを貸すから」

「…………出来が悪くても文句言わないでよ」

「それは私も同じ」


 私は彼女と話したくなった。そんな安易な理由で私は彼女に近づいたけど、私が彼女の名前を呼んだら戸惑うことなくあっさりと受け入れてくれたので、私は氷姫を下の名前で(のぞみ)と呼んだ。


「「心霊写真だ」」

「ダイレクトに言うな!?やめてよ!!」


 現在部長である卓也(たくや)先輩から撮影指導を受けている。ちなみにいつも真面目に出ていたはずの二年生の隼人(はやと)先輩は私と希が部活に参加すると言えば「部長の相手は任せた」なんて言ってそそくさと帰ってしまった。


 唐突だが私が写真を撮るとなぜか心霊写真が出来上がる。

 原因はカメラの設定を余計にいじくりまわしたせいだったり、偶然風で木の葉などの影が邪魔してそう見えたり、後は偶然揃った三つの何かが顔に見えたりとそんな理由なのだが、なぜそんな偶然が私が撮影するときにだけ起きるのか甚だ疑問である。


「でもこれはよく撮れてるね。」

「ホントですか!?……あー、ごめん希」

「私を撮らないでよ」

「せっかくだしオカルト部に売るか。タイトルは『呪われた氷姫』。もちろん報酬は梢にあげる」

「嫌です。売りません」

「それ肖像権私なんだけど」


 それは希がカメラを構えて何かを撮影している様子を撮った写真だ。だが彼女の後ろに黒い影がまとわりついており、まるで希が呪われているように見える。


「……でも、呪われてるのは間違いないか」


 先輩は瞬時に首に下げていたカメラを希に向けてパシャパシャと撮る。

 撮影したデータを確認するとニヤリと口角をあげてた。


「おし、氷姫の表情ゲット」

「ちょっと撮らないでください!」

「いいよいいよー。君は何でも絵になる。色んな表情出してこ。そして俺と儲けようぜ!」

「私の顔で儲けようとしないで!?だから撮るなってば!!」


 希に対して先輩は動じることなく自分のペースで巻き込んでいく。それでうまく彼女の感情を引き出しているらしいが、隼人先輩が彼と関わると疲れると言った理由も分かった。確かにこれは真面目に付き合おうとすると疲れる。

 だけど初めて見た彼女の笑顔は、何故か諦めたように見えて何か引っかかったのだった。



―――



「ねえ、梢。アンタ先生か誰かに脅されてるの?」

「なんで?」

「だって最近あの氷姫と一緒に居るじゃん」

「興味本位で話しかけたら、まあ……」

「はー、また梢の人誑しかよ。昔からそうだよね」

「違うわ。それに咲夜とは中学でしょ。そんな昔?」

「中学一年生なんてはるか昔だよ」

「そーですか。 もしかして嫉妬してるの?咲夜ちゃんも可愛いところあるねー」

「やめろキショイ」


 氷姫と私がつるんでいることに変な目で見てくるクラスメイトも居たけど、担任からは「彼女をよろしくな」なんて言われた。

 先生からそんなことを言わせる彼女は別に先生と仲が良いと言う訳ではない。言った言葉もその表情も妙に意味深長だったけれど、あの子はクラスでひとりぼっちだから心配しているんだとその時の私は思っていたが、その理由も案外早いタイミングで分かることになる。



 右手の人差し指には脈拍を測る機械。右腕に点滴の管が伸び、口を覆う呼吸器が一定の間隔で内部を彼女の息で曇る。


「希きたよ」

「なんで、ここの場所知ってるの」


 その場で余裕のない表情で希は私のことを見る。


「お母さんから聞いた」

「……見舞いになんて来やしない癖に」


 六月の末。彼女は突然学校で倒れて、救急搬送された。

 私はとにかく先生を呼ぶことしか出来なくて、先生たちは慌てながらも救急車で病院に搬送されるとその話はすぐ校内に広がった。


『彼女は生まれつき心臓が悪くてね。中学の時それで嫌な目に遭ったみたいで敢えて黙ってたんだよ。今日のことがあったから皆には話しているけど、あの子にはその辺について何も触れてあげないでな』


 それでも既に他の学年に広がってしまったので、先生からのフォローの意味もなくなったかもしれない。

 さすがに病となれば皆の嫌味も無くなるかと思いきや、「なら普通の学校に来るなよ。ここ私立だけど」とか「やっぱり理事長にコネがあるんじゃないの」なんてまた消えない噂が飛び交った。


「今ってどういう状況」

「見ての通りよ。……あまり喋りたくないから黙ってて」


 その状態だと本当に話すのがしんどいのだろう。よくそんな状況で私を病室に通してくれたなと思うくらい彼女は身体全身で呼吸をしている。


「これ、課題と期末テストの範囲表。棚に置いておくね」


 希は何も言わず窓の外を見つめる。外は雨がしとしと降っており、私はそのまま椅子に座りそんな彼女のことを眺める。

 足元にはただ置いておいただけのボストンバッグ。ベッドサイドの棚の上にはシンプルなデザインの花瓶には病室の外で切ったのだろう青の紫陽花が飾られていた。


「――あとね、これはギャラリーに出した写真。希のが一番好評だったって」


 これはベッドに備え付けのテーブルに置いた。その中の何枚かはフィルムで撮ったのを部室で現像したので白黒写真が混じっていた。


 そこから私はずっと彼女に部活動のことをひたすら話した。


「隼人先輩―あ、副部長ね。悔しそうだったな。あの先輩、希が出るときはいないけどやっぱり写真好きなんだよね。

 次はコンクールなんだけど、とりあえず気に入ったやつを教えて欲しいって。こっちでプリントして出すから。

 あと文化祭なんだけど、体育祭とかのイベントの写真も撮っててさ、生徒は気に入ったのを見つければ早い者勝ちで貰えるんだって。これ毎年恒例らしいよ。

 オリエンテーションで話せばよかったのに、それも話さないし。それと私もとうとう副部長に駆り出されちゃってさあ、放課後だけじゃなくて昼休みも写真を撮らされるの。でも咲夜には逃げられてばかりだよ。なんでだろうね、昼休み一緒にお昼食べてるのに」

「……そこに私はどこにもないんでしょ」


 ひとりごちたような希の声に窓ガラスに写る彼女の顔を見る。

 不貞腐れているような言い方をしたことに私はちょっとだけ驚いた。うるさいと言って怒るかと思っていたが寂しがっていたのだ。


「あるよ。ちゃんと、希の居場所もあるよ」

「……居場所の話なんかしてないわよ」


 なんで貴女が必死そうに言うの。なんて言うから私は顔を伏せる。


「いや、ごめん」

「分かりやすすぎ。気を遣うつもりならやめて」

「ごめん」

「謝るなら喋るな…………もう、うるさい」


 照れているらしい。その瞬間を顔が映っている窓ガラスも含めてカメラに収めたくなった。だけど今度こそ怒るだろうなと理性が勝り、私は鞄から手を離した。



―――



 冷房の効いた部室で副部長はコンビニで買ったアイスを口にしている。

 夏休みになると文化部はコンクールなどのイベントがないと動かない。今日はその撮影イベントの準備の為に数少ない部員はこの暑い中、学校に来て機材などをそろえる。と言うのは口実で、それ自体終われば適当にお喋りの時間だ。

 夏休みで写真を撮るイベントはあるとするなら地域のお祭りとかそんなもの。また市役所か地域センターにギャラリーとして出すのだそうだ。

 あとは先生に言いさえすれば、コンクールに出すことも可能らしい。


「氷姫来れないの?せっかくユーレイさんの咲夜も来てくれたのに」

「来られるか分からないんですよ。あの子の体調次第」

「卓也、希を氷姫って呼ぶのやめろ」

「いーじゃん、愛称だよ。隼人クン♡」

「でも来てほしかったな。あの子の写真まあまあ評判良いんだよ」

「そう、ですか」

「無視しないで隼人」

「うるさい」


 副部長は食べていた棒アイスを部長の口に押し込む。アイスをおしゃぶり代わりにするな。

 夏休みになっても副部長と希はお互い顔を合わせたことがなかった。理由は大抵彼女が出席していた時に部長である卓也先輩を後輩に押し付けたからだ。

 隼人先輩が自分が来ない日に来ることが分かったのか卓也先輩は「お前氷姫嫌いなの?」なんて言ってきたらしく、「嫌いなのはお前の方だよ!」なんて言い返したらしい。一応二人は先輩後輩なのだがタメ口になるくらいには仲が良いようだ。

 部長は押し込まれたアイスを一口分だけ食べて飲み込み、残った分は副部長に返す。


「一人、新入部員が来たんだよ」

「は、俺初耳なんだけど」

「でも美術部との兼部だから、来るのは週一。昼休みは大丈夫らしいけど、放課後とか学校が休みの時は確認してね」

「はーい」

「おい無視すんな。クソ部長」

「もー隼人の寂しがり屋さんめ♡」

「語尾にハートつけるような言い方をすんな」


 新しく入ってきたのは小雪というらしい。咲夜と同じクラスで平均より少し小さめの背丈だから、上背のある咲夜との写真を見ると凸凹コンビに見えた。

 私は黙ってその様子を眺めていた咲夜に顔を向ける。


「珍しいね、咲夜が誘うなんて」

「市民ギャラリーに展示してた氷姫の写真が気に入ったんだってさ」

「へえ……」

「珍しいね。嬉しくないの?」

「え、フツーに嬉しいよ。希の写真が気に入ったんでしょ?」


 彼女の撮る被写体は意外にも人間の方が多い。

 他の部活や同好会が何かの練習や活動をしている最中、昼休みにお弁当を食べながら談笑しているクラスメイト。他にもたまに私たちが写真を撮っているところを撮られたりもした。(もちろん写真部としての活動の一環として許可を貰っているけど)


「氷姫はまさしくか弱いかごの鳥みたいなもんだ。知らんけど、話聞く限りだと昔から何度も入退院繰り返してきたんだろう。

 だから俺たちが毎日送ってるような日常生活に憧れ?みたいなもんを抱いてんじゃない」

「先輩珍しくまともな事言ってる」

「確かに。そしてその内容が的を得てるから腹立つ」

「それは隼人先輩だけでしょ」


 結局今日希が学校に来ることは無かった。



―――



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