塾の帰り道は鉄道
すっかり遅くなっちゃった。お腹が空いたな……名駅でサンドイッチでも買っておけば良かった。
勢いで居残り勉強をしたのが間違いだった。慣れないことをするもんじゃない。塾帰りの電車の中、移動時間を有意義にするためには授業の復習か暗記モノをやればいいのはわかってる。でも今日は何もする気がしない。疲れちゃった。
ああ、また上のクラスに行けなかった。問題を解くのが遅すぎるんだよね。暗記問題ならそんなに負けてるとは思わないけど、思考力を問われる問題で差をつけられちゃう。頭の回転がわるいのかなぁ……。ああ、嫌だ嫌だ。バカは嫌だ。めちゃくちゃ勉強してたくさん問題を解けば、いろんなパターンの問題に慣れてスピードアップできるのかな。
窓の外でも見てようかなって思ったけど、車内の様子か自分の顔しか見えない。外が暗いとガラスが鏡になっちゃうか……。窓に顔を近づければ外の様子が見えるけど、なんかダサい。一所懸命窓の外を見たって、どうせ夜に沈んだ街だと明かりくらいしか見えないし。家やマンションの窓明かりを見ると家族の団欒を連想しちゃって惨めな気持ちになる。
中学受験の勉強をするようになってから友だちが減ったなぁ……。6年になったら仲良かった子たちと違うクラスになっちゃったし。放課に勉強してるとクラスの子たち引いちゃうし。学校のテストなんて全部100点取れちゃうから天才とか言われるけど、塾じゃポンコツだし。
ああ、つまんない。たまには皐月とチャットでもするか。もう気安く話しかけられるのが幼馴染の皐月くらいしかいなくなっちゃった。
――今、いい?
――どうした? 珍しいな。
――今、電車の中。超ヒマ。
――今乗ってるのって何系? 6500系?
――知らんよ、そんなの。
――なんで電車の中にいるのに暇なの? 楽しいじゃん。
――あんたと違うから。
なかなか返事が来ない。ちょっと言い方酷かったかな。そういや学校でもときどきキツいって言われてるな……。皐月にも見捨てられたかな?
――名鉄名古屋駅19時59分発の豊川稲荷行き急行だよね、今乗ってるの。
――そんなの調べてたの?。
――そろそろ知立に着く頃だね。
皐月らしくてほっとする。
――夜ってさ、車窓が見えないじゃん。つまんないね。
――じゃあさ、前面展望の動画見てみない? 絶対面白いから。
――動画ってさ、通信量すごくない?
――HD画質で、1時間で1GBくらいかな。
なら大丈夫か。
――じゃあ見てみようかな。何見ればいい?
――今乗ってる名鉄名古屋本線の前面展望がお薦め。鉄道に興味のない真理でも絶対面白いよ。URL送るね。
――ありがとう。
――じゃあ、楽しんでね。
しばらくするとURLが送られてきた。新安城に着いたら動画を開けと書かれている。言われた通りにしてみるか。
動画を開くといきなり途中から始まった。ちょうど新安城駅に着いたところからだ。芸が細かいな。
動画だと夜なのに一番前の席に座っているみたいな昼の景色が見られる。これが前面展望か。面白いな……全然退屈しない。動画の音と実際の走行音がハモっていてちょっと変な感じ。ミュートしよう。
動画だと男川通過だ。駅に止まっている間は一時停止しなくちゃ。美合は大丈夫。藤川も通過か。ここも調整。もう大丈夫かな? この時間帯の電車だと停車駅多いな。
終点の豊川稲荷駅に着いた。当たり前だけど、外は夜だ。昼の動画をずっと見てたからギャップにドキッとした。電車を降りて改札口に向かって歩いていくと、改札の向こうに皐月が立っているのが見えた。
「どうして皐月がいるの?」
「迎えに来たじゃん」
こういう時、なんて返していいのかわからない。こんなの初めてだ。
「家まで送るよ」
「そんなことでわざわざ来てくれたの」
「まあ暇だったし、夜も遅いしね」
「お腹空いた。そこのコンビニ付き合って」
「いいけどさ、ご飯食べてなかったの?」
「食べるの忘れてた」
「なんだそれ。バカだなぁ」
「早く行こうよ。お腹空いた」
「わかったわかった。俺、ソフトクリーム食べよ。メロンのやつ、超美味しかった」
「私、サンドイッチ」
「真理ってほんとサンドイッチ好きだよな」
「今日は二つ食べる!」
「肉も食えよ」
「そこは野菜でしょ」
皐月も中学受験すればいいのに。同じ塾に行けば一緒に通えるのに。でもどうせ中学は別々か。私、女子校行きたいし。
この小説は note に連載している『皐月物語』のスピンオフです。