前編
明るい作品を!
私はこの国の王太子殿下。そう!次期国王だ。だから、私は小さい頃から帝王学を中心に様々なことを学び、剣の腕や体術を学んできた。自分でいうのもあれだが、まあ、そこそこ優秀ではなかろうか。世辞もあるかと思うが、そこそこ褒められるし、騎士との訓練でも勝てない奴もまあいるが、あれらは人間ではないと思う。うん。動き方とか力加減とかおかしいんだよ。守護とか祝福とかもってるわけでもないのに、うらやま……っけしからんな。全く。
皇太子という身分もあるのだろうが、小さい頃からよく婚約話がきていた。なんだか気が乗らずにそのまま釣書は放置していた。だからかまだ婚約者はいない。そろそろ決めねばならないのはわかるものの、なかなか気が乗らない。
だからなのかわからないが、少し前に一人のご令嬢から猛烈なアピールをされていたんだ。これは無事に解決した。バーバラ嬢の力も借りたんだけどな。この時のことは本当に申し訳ないことをしてしまったと思ったが、おかげで助かったんだ。
私はこれまでにも、夜会や茶会でご一緒になった年頃のご令嬢から、妙齢のご婦人や幼子まであの手この手で様々なアプローチをしてきたんだ。彼女のアプローチはな、そんなのが可愛らしいと思えるものだったんだよ……。その時の話は思い出したくもないが、まあ、ある意味よいきっかけでもあったな。
***
「殿下、お久しぶりでございます。こんなところでお会いできるなんて……。殿下、私に会いたくて会いたくてたまらなかったのではございませんか?」
目を閉じてその声だけを聞くと、小鳥の囀りのような可憐な声のように聞こえるんだ……。小さくて赤い唇、頬が赤く染まり、目はきらきらとしている……。そんな幻が見えるような声なんだ。
「殿下、目を閉じてどうされたのですか?」
目を開けたくないんだ。現実を見たくはない!このまま目を閉じたままでいさせてくれ!!
「でーんーか。目を開けて」
そういって彼女は私の硬く閉じた目蓋を物理的に、そう指で無理やりこじ開けたんだ。
そうして私の目に現実が飛び込んできたんだ。
ゴリラ。
目の前にはゴリラが……。ゴリラがいるんだ………。
ご令嬢のドレスをきたゴリラが……。
エリザベス・ホワイト伯爵家令嬢。
それがこのゴリラの名前。そう、彼女は、というよりも彼女の一族、ホワイト家は獣人なんだ。ゴリラの。
「その……、エリザベス嬢、申し訳ないが、実は目が痛いんだ……。だからその、そろそろ手を離してほしいんだ」
「うふふ。殿下ったら私のことずっと見ていたいし触れていたいくせに、そんなこと言ってしまうのね……」
「ゴ……っ……エリザベス嬢。そなたの可愛らしい顔は私なんかでは勿体ない。もっと皆に知らしめるべきではないのかな?」
「まあ、殿下ったらお上手ね」
「私は事実しかいわないさ、さてこの可愛らしい手も離してもらおうかな」
そう言って私は彼女の手を掴んだんだ。見開かされているから、瞬きできなくて目が痛くなってきたんだ。
「ふんっ」
動かない。
私はこれでもいい歳の男性で、日頃からそれなりの鍛錬も積んでいるから、それなりの力はあると思うんだ。なんとか手を離してもらおうと頑張ってるんだけど、動かない。このゴリラが!!あ、本物か?
「エリザベス嬢、すまない。目が痛いんだ離してくれるかな?」
「まあ、殿下。エリザベスだなんて……。ベスとお呼び下さいな」
ぐふっ
私は今想像だけど、死にそうになってしまった。ご、ゴリラにべ、ベスと!?お、おいおいおい!!これまで言い寄ってきたご令嬢達のことなんて、愛称でだって呼んだことがないのに!?このゴリラにベスと愛称で呼べと!?嘘だろ……。そんなことできないだろう!?ゴリラと結婚だなんて、無理だろ!?色々と!?
俺はこのゴリラに目を潰されるのか、心が壊されるのかどちらだろうか、なんて思っていたら、いきなりエリザベス嬢が手を離したんだ。
「………っ、殿下は良い部下をお持ちのようね」
「エリザベス・ホワイト様。いい加減になさってください」
今まで空気のようだった近衛がな、エリザベス嬢を撃退してくれたんだ。なんというか、殺気?というやつを飛ばしたのだろう。エリザベス嬢がいきなり手を離して、私の後ろを見るから驚いた。目が生き返ったよ。くそ、あのゴリラ……。
アレックス、よくやったと褒め称えたいが、エリザベス嬢の前でやって恨みなんて買った日には、私何されるかわからないよな。エリザベス嬢に勝てるなんて……、ドラゴンキラーとジャイアントキラーにリード位か?騎士ではないが、ローザ嬢も確実だろう。ローザ嬢、私の近衛にならないかな。興味ないだろうか。
「殿下、これで私の姿目に焼けつけましたでしょう?殿下の愛しい私はこれで失礼致しますわね。また今夜お会いしましょう?楽しみにしてましてね」
「え………こ、今夜?」
「それでは、うふっ」
とても恐ろしい台詞を吐きやがった、あのゴリラ。うふっじゃねーよ!ふざけんな!夜になんて会ったら、会ったら、会ったら絶対に喰われるだろう!?いろんな意味で!?怖い、怖すぎる。
「とりあえず今日は立てこもる」
第一騎士団全員に緊急招集をかけよう。私の寝所に騎士団員の壁を作ろう。時間は稼げるだろう。私のために皆生命を捧げてくれ!
「お待ち下さい、王太子殿下」
アレックス、私の近衛の名だ。良い騎士だぞ。彼女から提案があったんだ。近衛の中では唯一の女性でな、リードの薦めで入って貰ったんだ。特殊な力があるとかで護衛に有益とのことで、貴族ではないが近衛に所属してもらっているんだ。そのアレックスが提案してくれたんだ。
「こんな言い方は同じ女性としてどうかとは思いますが、どなたか……夜を共に過ごしてくれてエリザベス様よりお強い方はいないんでしょうか?」
「……うーん、となると侯爵家か。五大からか、バーバラ嬢、ローザ嬢?、エリ嬢か……強いとなるとローザ嬢かエリ嬢だが、ローザ嬢は私諸共な気がするし、エリ嬢は性格的にな……」
こんなことならさっさと婚約者をたてとけば良かったか。あまり意味がなさそうか。今後の検討事項だな。
「私としてはアレックスでもいいんだぞ」
アレックスはな、ココアのような髪色にキャラメル色の瞳のなかなか見目の良い騎士だ。
「殿下、御冗談を。身分が違いすぎます。………それならばクリス様が殿下の愛妾として名をあげればよいのでは……!?」
「俺は男だろうが!妾になんてなんねぇよ!後、様つけんな」
「嫌です。身分が違いますから。男同士のほうが意外にエリザベス嬢が嫌がるかもしれませんよ」
「馬鹿ックス。あのゴリラにそんな常識通用しねぇから。こんな王太子殿下でもそんな醜聞あり得ないだろう」
「主人の危機ですよ!」
クリスはアレックスの隣にいるもう一人の近衛だ。アレックスとクリスの二人がよく私の側に控えてくれているんだ。
「誰かと一緒であれば乗り切れるだろう。いざとなれば壁になって貰えば良いからな。お前達一晩付き合え」
「「………御意」」
***
その夜は、何もなかった。私にはな、といったところだ。その夜は周りの者にも必死に頼み込み、皆からの同情と哀れみの眼差しが辛かったが、自室ではなく客室に護衛達と泊まり込んだ。夜食や酒やらで一晩盛り上がった。騎士流の飲み方でなかなか良い経験をさせて貰った。
ちなみにエリザベス嬢は、結果から言えば、やってきた……。そう、やつはやってきた……。私の部屋の前までにやってきて、ドアを叩き壊した……。その時点で近衛が取り押さえようとしたんだが、全て倒されたという。一人の令嬢に対して十人近くで取り囲んだらしいがな。ただ、その時点で部屋にいないことを察知したらしい。においで。ぞわっとするだろう?ぞわっと!その後すぐに私のことを探し回ったと……。文字通り台風が過ぎ去った後のような荒れっぷりだったそうだ。
私は客室といっても、そこまで格式の高くない部屋だったし、限りなく騎士団寄りの部屋にして貰ったんだ。ほら、壁は多ければ多いほど厚くなるだろう?エリザベス嬢はそこまでは来なくてな、私の身の安全は守られたんだ。
エリザベス嬢を何とか罰則を与えて接触禁止にさせたいんだが、上手くいかない。
先祖に言いたい。何故、何故獣人を貴族に招いたのか。いや、お前達、何も言うな。お前達だってゴリラに追いかけられてみろ。怖いだろう!?おい、首を振るな。私はお前たちとは違い人間だからな。怖いんだよ。ゴリラが。獣人達も獣人達だ。人とは必要以上に接触を好まず、自分達の集落だけで暮らす彼らが!何故!人間の!貴族になるんだ!!何故!許可をだしたんだ!
……ふう。
ちょっとすっきりした。前に一度、ホワイト家に正式な苦情を出したんだ。私の身が危ないからな。そうしたらあのゴリラ。泣きながら、私が愛おしいと、だからだ、とな。ふん。そしたらな、ホワイト家は『愛故の行動を何故止めるのか』と。『娘の可愛い求愛行動ではありませんか』、『あまり真剣に受け止めずとも良いのですよ。時間が経てば熱も覚めます。それまでお付き合い下さい』と。く、ゴリラのナイスミドルがかっこいい事いったって、私の危機なんだ!どちらかが倒れるまでこの追いかけっこは終わらないんだ……。父上……、陛下も妃殿下も話を真面目に聞いてくれないし……。
だから正式に婚約者を立てることにしたんだ。ホワイト家が太刀打ちできない五大侯爵家からな。陛下に直談判しオルティース家には、詳細に説明し時期を見て婚約はなかったことにしようと内々に話している。陛下は借りを作るとか作らないとか言って嫌々だったが、息子の命がかかっているからな。
「バーバラ嬢か?」
「はい、殿下。この度は父からお話を頂きまして、光栄に存じます」
「うむ。そなたには大変申し訳ないことだが……」
「殿下。私のことは気になさらず。一度も二度も変わりませんわ」
「すまぬ」
バーバラ嬢は見た目はきつそうな外見ではあるが、中身はとても素晴らしい女性だ。こう見えても幼なじみの婚約者とは上手くいかなかったようだが、こういうのは何かもっとより良い縁があるから、そうなったのだと思うのだ。そう思わないか?……なんだお前達、何でそんな呆けた顔するんだ!?ん?
「私のことより、殿下は愛しい方はいらっしゃらないんですか?」
「わ、私か!?そ、そうだな。あまり考えたことはなかったが……」
アレックスを見ても何も反応がない……。
「殿下。一つお伝えしておきますわ。言葉で伝えないと何も伝わらないのでしてよ?目線、行動、贈り物……、どんな物も言葉が伴わなくては相手の勝手な解釈で物事が形作られてしまいましてよ?ですから、気持ちはきちんとお伝えしないと……。私のようになってしまいましてよ」
バーバラ嬢は吹っ切れたような綺麗な笑顔で私の背中を押してくれたんだと思ったんだ。だから行動あるのみではないか!
「……アレックス。愛しているんだ」
「殿下。血迷われましたか?それとも頭の病気?……クリス様、私すぐ医師を呼んで参ります」
アレックスは本当に心配そうな表情をしていた。クリスはこちらを見てお気の毒にと言わんばかりに見やがって………。
「殿下。今のはいただけませんわ」
「何!?どこがだめだったんだ?」
「全てですわ」
その後バーバラ嬢による指導が入ったが、やはりどこが悪かったのかわからなかった。訓練や帝王学とはまた違う難しさだな。
医者は追い返した。
***
まあ、とりあえず、バーバラ嬢との仮初の婚約が決まり、目に見えてあのゴリ………、エリザベス嬢の接触が減った。というか無くなった!!私の偉大な作戦は成功したんだ!!やはり獣人は特定の相手がいると避けるようだな。魔族や妖精ではなくてよかった。魔族は出会う前から下調べをされるというし、妖精は相手がいようがいまいが、自分の集落へ連れ帰るというしな。
「バーバラ嬢、今回は本当に助かった。ありがとう」
仮初の婚約者ではあるが、建前上定期的にお茶会を開いたり、夜会のパートナーとしてその仲を疑われないようにはしていこう、という契約内容ではあった。
「殿下のお役に立てることが侯爵家たる我らの務め。お役に立ったのであれば上々。礼には及びません」
「今しばらくはカモフラージュもあるので、このまま婚約を続行させてもらう。……年頃である其方には申し訳ないが……」
「殿下。私、恋だの愛だのなんて飽きてますのよ。……こういうのは縁ですから。気にされずとも良いのですわ」
「………もし何かあれば言ってくれ。其方には良縁を紹介しよう」
「ふふ、殿下はお優しいのですね。ですが、私の前に殿下ですわ。エリザベス・ホワイト様は獣人ではございますが、良い成績で学園を卒業していると伺ってます。おいそれと縁を無くすのは勿体なく思いますが……」
バーバラの言う通り、貴族が通うと言われている学園をエリザベスは優秀な成績で卒業していた。年上からも年下からも慕われていたようである。主に女性から。
「……特に戦闘技能が優れていたようだ」
「…………礼儀作法も悪くなかったようでしてよ」
「……まだ死にたくないんだ」
「………察せずに申し訳ございません」
バーバラ嬢はあのエリザベス嬢の正体を知らないんだ。教えてやりたい。あの年中発情しているように、私を爛々とした目で追いかけてくるごりらの姿を。
「バーバラ嬢、短い間ではあるがよろしく頼む。貴女に危害が加えられては私の立つ背もないので、念の為護衛を何人かつけてもらおう」
「分かりました。ですが、侯爵家の守りも万全ですので、殿下のお手を煩わせることはございませんわ」
パチンと手に持っていた扇子を閉じた。
「また楽しいお茶会に誘って下さいませ」
そう言うと護衛とともに帰っていった。
「はあぁ、緊張したな」
「王太子殿下、緊張なさるのですか?」
「アレックスは同性だからわかりにくいのか?バーバラ嬢はな、あの雰囲気がな。いかにも高位貴族のご令嬢っていう感じだろう?背筋が伸びるっていうかな……」
「はあ……?」
アレックスにはこの気持ちは伝わらず残念だ。クリスならわかるだろうか。頭の先から足の爪先まで見つめられていて、何か粗相したわけでもないのにヒュンってなるんだ。ヒュンって。
「ですが貴族の年頃なのに二度の婚約破棄はこの先大変だろうな」
「クリス様、そうなのですか?」
「だから様付けはやめろって。……家同士の契約だから、それが二度も破棄されたとなるとバーバラ様の結婚は諦めるか条件がかなり悪くなるだろうよ」
バーバラ嬢の場合はあの過保護な家族が全力で何とかするだろう。……以前にジョセフにこの婚約の件、相談したら即答で断られたし、オーガスタ嬢やニコラ嬢にも遠回しで能無しって言われるし、ヨハンは同情的だったがとりあえず面倒な仕事をやらなくなって私に回してくるし……。あそこの兄弟怖いんだよ。
「貴族のご令嬢とは大変ですね」
「何々、アレックスは良い人いるのか!?」
「いませんよ」
「つれないなー。周りは男だらけだから選びたい放題だろ!?」
「何言ってるんですか?身分差があります。対象外です」
「おまっ!なんて色気のない……」
「クリス様、お戯れを」
アレックスはクールだろう?面白味がないという者もいるが、仕事を真面目にこなす姿は好感が持てる。その姿勢には臨時の報奨金を出したい位だ。報奨金以外のものでも、いかなる名誉でも渡してやりたいんだ。
「あ、そういえば殿下。近い内にアレックス退団するんですよ。内々で慰労会でもしようかって話ですが、いかがですか?」
「……クリス様、不敬ですよ!……それに慰労会は辞退させていただきますと隊長にはいってあります」
「………え?アレックスは近衛をやめるのか?」
「……殿下。女性の騎士とはその……男性と比べて力が弱く華奢です。……無念ですが足手まといになる前に退こうと思っております」
その話に衝撃を受けた。正直この時の自分の顔は阿呆面だと思った。だが致し方ない。いきなりそんなことカミングアウトされてどうしろと!?アレックスがいなくなるなんて……考えただけで……。考え直さないだろうか……?……考え直して欲しい……。
「……やめてどうするのだ」
「田舎へ帰ります」
「田舎……ってどこだ」
「万年雪の山麓です。精霊の住む大きな湖水があって、夏は涼しくて冬は雪深いですが、住むと都ですよ」
「エモナックか?」
「ご存知でしたか。良い所ですよ。是非一度いらして下さい」
エモナックは王家直轄地でよく避暑地に使われるんだ。そうか。エモナック出身か。
「アレックスはエモナックに帰って結婚するのか?」
「は?……あ、申し訳ございません。あー、結婚はどうでしょうか。クリス様どう思いますか?」
「俺に聞くなよ!」
「じゃあ、命令だ。結婚はするなよ」
「は?あ………、申し訳ありません。命令といわれましても、近衛ではなくなるので………」
「じゃあお願いだ」
「は?………申し訳ありません。私少し耳か頭がおかしいのでしょうか?クリス様、どう思われますか?」
「俺を巻き込むな!」
「アレックス、結婚するなよ!」
「まあ、相手もいませんから別に良いですが……。どなたか良い方をあてがうつもりですか?」
「………良い方?………う、うむ。そうだ。そうだな!最高の男を紹介しよう」
「……無理はしなくてもいいですから。普通の男性でお願いしますね?期待せずにまってますよ」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何も言うなよ。