少年
戦闘が終わって、凛姫はふうと深く深くため息をついた。指を酷使してしまったから、既にプルプルと震えていた。身体衰えてるなあと舌を出しつつ、凛姫は帰還命令のボタンを押した。
「凛桜!怪我はないか!?怪我はないか!?ちょっと爆風に巻き込まれていなかったか」
「ないわよ。巻き込まれていないし、巻き込まれたくらいで私が怪我するわけないでしょ?」
「良かったあ。私はとても心配していたのだぞ。前みたいなことがあったらどうしようかと」
「大丈夫だって、お姉ちゃんこそ大丈夫!?指震えてない!?」
うっ!痛いところを突かれてしまった。今芋けんぴが掴めなくて数本落としてしまった所だった。3秒ルール、3秒ルールと心で唱えながら、10秒以上経ってからそれを拾い上げた。
「お姉ちゃん?」
「だ、大丈夫だよー!」
「絶対大丈夫じゃないよね!?返答までそんなに時間かかってたんならどんな人でも心配するって!!お姉ちゃん、指先だけで機械制御してたんでしょ?操縦なんて今のお姉ちゃんができるわけないもん」
「いやいや、そうだけれども、たいして大変ではなかったぞ」
「嘘でしょ??どうせ芋けんぴもつかめたくなっているんでしょ?」
「……そろそろ話を進めていいか?」
北里は呆れつつも2人の演技っぽい微笑ましいやりとりに割って入った。
「空気読めメガネ」
「辛辣すぎるだろ」
北里は即座にツッコミを入れていた。凛桜はリアルゲートに帰還しているいる途中だった。
「で、結局なんでお姉ちゃんを戦場に連れてきたの?」
凛桜は少しあきれた口調で北里に尋ねた。
「一般人を巻き込みたくないからって拒絶していましたよね?私もその意見には重々納得していたのですが、なぜ今更になってその方針を撤回したのですか?」
「あ、ちょっと東雲君!!」
急に東雲が口を挟んできた。管制室でのんびり休憩をとっていたはずだが、どうやら相当気になっていたのだろう。無論北里としてはたじたじである。
「まあ私がしたかっただけだよ。ほら、アウトソーシングというやつだ」
「国防アウトソーシングする国がどこにあるんだ?」
北里の突っ込みにほかの女性3人は大笑いしていた。それはとても懐かしくて、人間の会話に楽しさを見出していた。昔の同僚である北里に、入れ替わりでPCPJへと入ってきた東雲さんに、妹の凛桜。戦闘後にこうした会話ができるなんて、今日も生きていた良かったと凛姫は頬を緩ませたのだった。
そんな時だった。
ダン!!!ダンダンダン!!!
大きな音に驚いて、凛姫は反射で通信を切ってしまった。ドアをたたく音だろうか、階段を勢いよく上る音なのかすらよくわからなかった。わかったことは、それが何か助けを求めている音だということだった。
しばらくすると音は鳴りやんだ。凛姫は少しだけ申し訳なくなり、玄関に取り付けたスピーカーを起動させた。
「あーテステス。聞こえているか?聞こえているならドアを1回たたいてくれ。もしくは階段を1段鳴らしてくれ。もう耳が悪くてね。どちらの音なのか皆目判別がつかないんだよ」
それは戯れだった。特に何かを目的としていたわけではない、一種のお遊戯だった。どんと1回ドアがたたかれた。どうやら入口の所にいるらしい。一体どうしてこんな摩天楼に紛れ込んでしまったのだろうと、凛姫は不思議に思った。
「そうか、君は何の目的でここに来たのかな?本当はそこのインターホンで確認をしたいのだけれども、残念ながらもう私は歩くのもままならないんだ。まあでも這ってトイレに入っているから、がんばったら君の姿は見ることはできるけれどもね」
凛姫がいたずらっぽく返したのに、ドアの向こうの人影は何の返事もなかった。敵をだまそうとしてくるものは、ここで美辞麗句を用いて甘言で罠に嵌めようとしてくるというのに、ドアの向こうは無言のままだった。
「ちなみに君の声はおそらくこちらに届く。だから何か言いたいことがあったら話してくれてもいいのだぞ?どうしてこんなところに来たのか?とか」
私はインターホンの方へ向かっていった。棒のように細くなってしまった足を必死に働かせ、テーブルを支えに一歩一歩進んでいった。ただでさえ腱鞘炎寸前の指を抱えているというのに、筋肉痛間近の両足など地獄のようだった。結局インターホンのカメラ前に行くのに数分以上かかってしまったが、その間ドアの向こうにいる人影?は頑として言葉を発さなかった。
インターホンのカメラを覗いたそのには頭から血を流した金髪の少年が、ドアにもたれかかるように座っていた。その姿を確認した瞬間に、少年はこうつぶやいたのだった。
「あの世界から……逃げてきたんだ……」